あの戦争への加藤陽子の分かりやすい総括

加藤陽子の本はこのブログの中でも何冊か紹介してきた。「太平洋戦争への道 1931~1941」という半藤一利さんと保阪正康さんとの鼎談本もあったが、何といっても傑作は「それでも日本人は戦争を選んだ」であった。 

「それでも日本人は戦争を選んだ」はかなり分厚い文庫本であったが、それに比べて本書「とめられなかった戦争」は驚くほど薄い本。だが、この2冊はほとんど兄弟と呼んでもいいくらいに内容的にはかなり重複している部分が多いのである。

この2冊を比較する形で紹介しようと思うが、その前に簡単に加藤陽子のことと本書の概要について触れておきたい。

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加藤陽子さんのこと

加藤陽子は、日本の近現代史、特に日中戦争から太平洋戦争に至る間の昭和の戦争に関する研究の第一人者であり、半藤一利や保坂康利らとは違って、東京大学の教授である。

菅前総理が任命を拒否した日本学術会議のメンバー6人のうちの一人であって、変なことでむしろ有名になってしまったことは前にも紹介しているとおりだ。

このことについて、加藤陽子ご本人は長い間、ずっと沈黙を守ってきたが、昨年の秋、ある雑誌に正式に反論を掲載した。これは中々の読み物である。興味のある方は是非お読みいただくことをお勧めする。 

「とめられなかった戦争」の概要

わずか本文175ページの非常に薄い文庫本。しかもフォントもかなり大きいので、本当に直ぐに読めてしまう一冊である。

それでいて、内容は濃厚であり、加藤陽子の考え方やあの日中戦争や太平洋戦争の本質が非常に分かりやすくまとめられているので、加藤陽子や昭和の戦争などに興味のある方に取っては必読の一冊だ。

2017年2月10日に発行された。今からちょうど5年前に出版された文庫本だが、元々は2011年7月にNHK出版から刊行された「NHKさかのぼり日本史 ②昭和 とめられなかった戦争」が文庫化されたもの。したがって約10年前に世に出た本ということになる。

僕が以前このブログで取り上げた「それでも日本人は戦争を選んだ」を読んで、加藤陽子の素晴らしさや、その内容に興味を持たれた方は、こちらの方も是非ともお読みいただきたい。

歴史好きな高校生(中学生を含む)に対して授業形式の語り口調で書かれた「それでも日本人は戦争を選んだ」は500ページを超える厚い文庫本であったが、こちらは普通の記述であり、短いながらも、加藤陽子の言わんとしていることはストレートに書かれており、非常に分かりやすい。正に直球だ。

どうかこちらも読んでいただき、2冊を併せて読むことで、加藤陽子の主張とあの戦争のことが本当に明確になってくる。

元々は2011年にNHK教育テレビで4回にわたって放送された番組「さかのぼり日本史 昭和 とめられなかった戦争」の内容に添って書かれたものだという。4回の番組のいわばテキストと考えてもらえばいいのだが、それにしても本当に薄い。 

紹介した本の表紙の写真
表紙の写真。帯のコピーが短いながらも端的にポイントを言い得ている。
紹介した本の裏表紙の写真
裏表紙。帯に書かれた4つの疑問が時代を遡る方式で明らかにされていく。

とめられなかった戦争の意味するところ

この本は、その記述の進め方が、ちょっと特殊なので、注意が必要だ。

時代が遡っていくのである。先ず最初に本のタイトルになっている「とめられなかった戦争」について書かれている。

この「とめられなかった」というのは、実は太平洋戦争への突入をとめられなかったということではなく、太平洋戦争に突入後、あの昭和20年(1945年)8月15日の敗戦までに、何度か戦争を途中でとめることができた可能性もあり、そうすべきだったにも拘らず、そのままズルズルと戦争を継続し、あの日本中が焦土と化した最悪の敗戦を迎えたことを言っている。

日中戦争と太平洋戦争の日本人の死者は、民間人も含めると分かっているだけで、310万人にも上るのであるが、その死者はほとんど最後の1年間に集中しているという加藤陽子の鋭い指摘がある。

だから、もっと早く戦争をやめていれば、多くの日本人は死なずに済んで、例えば広島、長崎の原爆や沖縄の地上戦、更に全国あちこちで行われた激しい空襲の被害を受けずに済んだというのである。

あの戦争を途中でとめる絶好のチャンスがあったにも拘らず、それをミスミス見逃し、泥沼の戦争を継続し、最後にあれだけの未曾有の大被害を受けたと主張する。

そのとめられなかった戦争の原因を探究するのが本書の狙いである。


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1年前に戦争を終わらせるべきだったと主張

途中でやめる最大のチャンスとしては、サイパンだったというのが加藤陽子の主張である。

加藤陽子は本書の中で、

『「戦争終結」の可能性という観点から太平洋戦争の過程を振り返って見たとき、1944年(昭和19年)6月に戦われた「マリアナ沖海戦」と、それに続いて7月までおこなわれたサイパン地上戦の、双方の戦いに日本が敗れ、サイパン島を失ったこと、すなわち「サイパン失陥」こそが、決定的ターニングポイントであったと考えています。
(中略)
1945年8月の敗戦以前の時点において、戦争を終結させなければならないと日本側が判断を下すべき機会があったとすれば、敗戦のほぼ1年前、サイパン失陥の時点だった、このときに戦争は終わらせるべきだったと考えています。この機会を逸したことで、日本はより悲惨な戦いを強いられ、敗北を重ね、被害を一挙に増大させていくことになったからです』

と明快に持論を展開する。

サイパン失陥の持つ意味と、どうしてあの時点で戦争を終わらせることができなかったのか、についてはどうか本書を直接読んでいただきたい。非常に分かりやすく解説されており、これは日本人ならばどうしても読んでいただきたいところだ。

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時代が遡っていく特殊な構成

この本はあれだけの未曾有の大被害を生み出した戦争を、どうして途中で止めることもできたのに、止められなかったのか、というメインテーマにズバリ踏み込み、その原因がどこにあったのかということを、その前の歴史を遡っていくという特殊な記述方式となっている。まあ、元々のNHKの番組が「さかのぼり日本史」というタイトルだったわけで、その線に立っているわけなのだが。

時間の経過とは逆に、時が昔へと遡っていくのである。

第1章 敗戦への道 1944年(昭和19年)
第2章 日米開戦 決断と記憶 1941年(昭和16年)
第3章 日中戦争 長期化の誤算 1937年(昭和12年)
第4章 満州事変 暴走の原点 1933年(昭和8年)

こんな流れで、時の経過と逆になっていく。

これにはちょっと驚かされた。

普通はこうはしないだろう。だが、敢えて時代を逆に遡ることによって、物事の本質、あの愚かで悲惨な戦争がどうして起きってしまい、途中で止めることができなかったのかということが、却って明確に浮かび上がってくる。

こんな短い、薄っぺらな本で取り入れられたいわば実験は、見事に成功したのではないか。くどいようだが元々のNHKの番組が「さかのぼり」を売りにしていた番組だったわけだが、本が独立して存在するようになる以上、これは貴重なことだと思う。

僕には非常におもしろく、その効果に刮目させられた。

かけがえのない貴重な一冊 

この本は本当に薄くて、文字も大きく、直ぐに読めてしまう簡単なものにして、その内容の充実たるや、大変なものである。

日本人ならば、どうかこの一冊を手に取っていただき、あの未曾有の悲惨な結果に終わった日中戦争と太平洋戦争に思いを巡らし、二度と戦争の愚を犯さないように各人が肝に銘じてほしいと、心から望むものである。

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