目 次
これは画期的なすごい本
すごい本だとつくづく思う。圧倒され、感動し、考えさせられ、そして何よりもめちゃくちゃおもしろかく、とにかく夢中になって読んでしまう。深い感銘に身を包まれる。
加藤陽子の『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』のことだ。この本のことについては、以前ちょっと触れたことがある。
加藤陽子と半藤一利、保阪正康との鼎談を収めた「太平洋戦争への道」を取り上げたときだ。加藤陽子を紹介する際に、その代表作として掲げている。
本当にすごい本。画期的な素晴らしい内容の本だと声を大にして推薦したい。
僕は2回読んだ
この本が出たのは2009年のこと。ソフトカバーの単行本だった。
第9回小林秀雄賞を受賞したこともあって新聞書評に盛んに取り上げられるなど、かなり話題になったものなので、僕は直ぐに購入して、読み始めた。
そのうち新潮文庫になってそちらも書店に山積みになった。文庫本独自のあとがきも加わったので、こちらも慌てて購入し、その文庫の方で読み終えた。もう5年以上も前の話しである。
非常に深い感銘を受け、以来、僕は加藤陽子を心からズッと敬服してきた。
今回、この名著をブログで紹介するに当たって、もう一度、丁寧に読み返してみた。
やっぱりすごい。滅多にない「歴史的」な名著だとあらためて痛感させられた。
いずれ、更にもう一回読みたいと思っている。
加藤陽子のこと
「太平洋戦争への道」を紹介したブログ記事の中でも紹介したが、あらためて紹介する。
加藤陽子は日本の近現代史、特に昭和史の第一人者。東大の学者である。東京大学大学院人文社会系研究科教授。現在61歳。
特に加藤陽子が一躍有名になったのは、本書『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』だった。
菅総理から任命拒否された学術会議メンバーの一人
加藤陽子が一躍有名になったのは、この名著の作者ということだけではなく、今月末で退陣が決まっている菅総理が任命を拒否した例の学術会議のメンバーの一員だったことだ。
菅総理から任命を拒否された6名の研究者の一人が、この加藤陽子だった。
僕は本書を読んで、すっかり心服・敬服していたので、時の総理大臣から学術会議の会員を拒否されたと知って、愕然としたことを思い出す。
真意は定かではないが、安保法制に反対したことを理由に、日本の近現代史におけるこんな傑出した慧眼の持ち主を、時の総理が拒否したとするのなら、とんでもないことだ。
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どんな本なのか
簡単に言えば、日本の近現代史を専門とする加藤陽子が、明治以降のちょうど10年毎に繰り返された大きな戦争を取り上げ、当時の時代背景を踏まえながら、どうしてそれらの戦争は起きて、その結果、日本はどうなっていったのかを、多方面から分析し、解説した本ということになるのだが、そのシチュエーションが非常に変わっていて、おもしろい。
先ずこの本は、加藤陽子による歴史の授業を再現したものであることに注目だ。
その授業というのが、かなり特殊な設定。加藤は東大の教授なのだが、その東大における講義を本にしたものではない。実は加藤には東大での講義をテキストにした本も出ているのだが、本書はそうではない。
歴史好きな中高生相手に行った特別授業
これは何と中高生に対して行った授業を再現したもので、その点がこの本の価値を大いに高めたことは間違いない。
正確に言うとこうなる。
歴史オタクというか、歴史が大好きな中高生を相手に行った授業。ある中高一貫校の歴史研究部のメンバーを相手に集中的に行った特別授業の再現だ。
神奈川県にある進学校としても良く知られた栄光学園。その歴史研究部の17名(高校生14名・中学生3名)を相手に、年末の休みを利用して行われた5日間に及ぶ特別授業だった。
日本の近現代の戦争を、中高生相手に縦横無尽に語った特別授業を本をした。こうして稀有な名著が誕生したのである。
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本書の全体の構成は
これはかなり分厚い本である。ページ数は約500ページある。解説まで含めて498ページ。加藤陽子の本文は484ページだ。
興奮の序章に続いて、明治以降の日本が行った5つの戦争について授業が展開されていく。その5つの戦争というのは、もちろん以下のとおり。タイトルに添えられた副題がいかにもすごい。
1章 日清戦争 「侵略・被侵略」では見えてこないもの
2章 日露戦争 朝鮮か満州か、それが問題
3章 第一次世界大戦 日本が抱いた主観的な挫折
4章 満州事変と日中戦争 日本切腹、中国介錯論
5章 太平洋戦争 戦死者の死に場所を教えられなかった国
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科学としての歴史を訴える
歴史は暗記ものでも、単に覚えるものでもない。科学、社会科学なのだというのが加藤陽子の主張である。
どうしてそう言えるのかを古今東西の様々な歴史的事例を引き合いに出して説明、検証する序章に、先ずはものすごい衝撃を受けることになる。
この序章の読み応えはちょっと半端なく、ワクワクドキドキの連続で、正に目から鱗の連続となること必至。
歴史に詳しい人程、この冒頭部分から衝撃を受け、今まで自分が知っていた歴史感を根底からひっくり返されるような衝撃的な体験を味わうことになる。
歴史は繋がっているということ。過去の歴史に影響を受けて、現在の決断を下し、未来を決定する。そんな具合に有機的に繋がっている歴史。
そのあたりを論証するものとして、加藤陽子から具体的な事例を示されると、本当に開いた口が塞がらない程の衝撃を受けると共に、なるほどそういうことだったのかと、しみじみと人の世の習い、人類の歴史の深淵さに思いを巡らすことになる。
序章で具体的に紹介された事例に震撼
この序章にはビックリする話しが次々と紹介される。ある歴史的な事実が、後の人々に教訓を与え、その教訓を活かそうとすることで、却ってマズイ決断を引き出してしまうというジレンマと歴史的なカラクリを暴いていく。過去の歴史が現在に影響を与えた例である。
とにかくそれが興奮を抑えられない程にめちゃくちゃおもしろい。震撼させられる。
ナポレオンを恐れて、スターリンを選んでしまった
これはイギリスの著名な歴史学者のE・H・カーが挙げているケースである。一つの事件は全く関係のないように見える他の事件に影響を与え、教訓をもたらすものだと言う例だ。
ロシア革命(1917年)が実現した後、レーニンが死んで後継者を選ぶ際に、革命を推し進めたボリシェビキは、圧倒的な軍事的功績があり、政治的才能もカリスマ的な指導力もあったトロツキーを避けて、軍事的なリーダーシップを全く持たなかった大人しいスターリンを選んだのは、実はあのナポレオンの存在が影響を与えたという。
「トロツキーは、第二のナポレオンになる可能性がある。よって、グルジアから出てきた田舎者のスターリンを選んだ方が安全だ」と。
軍事的功労者はナポレオン化する。トロツキーが第二のナポレオンになることをソ連共産党が恐れたと言うのだ。
トロツキーはナポレオンの二の舞になる。ヨーロッパ中を戦争に巻き込み、皇帝という独裁者になったナポレオンが再来しないようにしたかったというわけだ。スターリンのどこが安全だったのか!?
第二のナポレオンの出現を恐れるあまり、スターリンという史上最悪の独裁者にして異常な殺戮魔を生んでしまったという皮肉。
統帥権独立で、西郷隆盛が日本の敗戦を導いた
鹿島茂の「ドーダの西郷隆盛論」の紹介の際に触れた話しは、この加藤陽子の本から引用させてもらったものだった。
日本が軍部の独走を許し、最終的に未曾有の敗戦を迎えることになった最大の要因の一つであった統帥権独立という考え方は、西郷隆盛との西南戦争に懲りた山縣有朋が考え出したものだ。
西郷との戦いの教訓が大きく影響し、軍事面での指導者と政治面での指導者を分けておいたほうが国家のために安全だ、との発想だったのだが、その統帥権独立が昭和に入って軍部の暴走を許し、やがて国を亡ぼす敗戦に至ったということ。
西南戦争に勝った官軍を最終的には完膚なきまでに討ち滅ぼした、という意味では、西郷隆盛は西南戦争には負けたが、真の勝利者だったのかもしれないという話し。
だが、国が滅んでしまっては元も子もないということは言うまでもない。
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覚えるのではなく、考える歴史
こんなワクワクドキドキする事例を紹介しながら、歴史を学ぶことのおもしろさと重要性、考える歴史の必要性を中高生に訴えていく。
単に事実を追いかけるのではく、考える
これらの戦争の歴史を、単に事実に即して追いかけ、説明と解説を加えるという授業ではない。
どうしてそういう事態が起きたのか?その背景に何があったのか?その時、国民は何を考えていたのか?
それを生徒に問いかけていくスタイルが貫かれる。
加藤は授業中に、頻繁に生徒たちに質問をする。但し、知識を聞くことは全くない。知識を求めるのではなく、考えさせる。
どうしてなのか?理由として何が考えられるのか?
簡単に答えられない質問がすごい
ものすごい質問ばかりだ。
知識を聞かれるわけではないので、その当時の歴史的な背景や世界情勢を総合的に理解していないと簡単には答えられない。
実に深い問題の核心部分を鋭く突いてくるあたり、さすがは東大の名物教授と言うべきか。本当に脱帽させられる。
僕のような歴史マニア、歴史オタクでも簡単には答えられない。う〜んと考え込んでしまうことがしばしばだった。
こんな素晴らしい歴史の授業を体験できた栄光学園の生徒たちは、何と貴重な体験をすることができたのだろう。羨ましい限りである。
非常に難しい質問ばかりが投げかけられるのに、栄光学園の生徒たちは実に良く対応し、しっかりと考えて答えている。
時に加藤陽子自身も想定していない深い回答をする生徒もいて、これには教師の加藤陽子だけではなく、読んでいる方もビックだ。
生徒たちの答えの全てに親切、丁寧に答える加藤先生。生徒の回答に誠実に向き合い、丁寧に説明を加えていく姿はちょっと感動的だ。いい先生なのである。
これは本当に素晴らしい授業。ワクワクするような滅多にない授業。こんな授業は、子供たちにとって一生忘れられない貴重な体験になるだろうと思わずにいられない。
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レベルの高さと詳しさに圧倒される
その加藤先生と中高生の生徒たちとのやりとりが、本当に興味深い。歴史の授業はかくありたいという理想的なものだ。
ここで、くれぐれも誤解のないようにお願いしたいことがある。
相手が中高生だということで、あくまでもそのレベル、子供向けのもので、一般社会人には簡単過ぎるとか、大人が読むには値しないなどとは、決して思わないようにしてほしい。
もし、そのように思う読者がいるのなら、それは大いなる誤解というものだ。
栄光学園という超進学校の歴史部の中高生。みんな歴史オタクで、その詳しいこと、詳しいこと。見くびってはならない。
加藤陽子の解説と説明も、実にレベルの高いもので、この本はどこまでも深く、詳しく、考えるための歴史書となっている。
僕が知らなかったことや、考えてもみなかったことが満載で、そのレベルの高さには舌を巻いてしまう。
明治以降の日本が繰り返した5つの戦争。その本質と核心に鋭く迫る500ページの大作だ。
そして抜群のおもしろさ
深く詳しいと言うと、敬遠する向きもあるかもしれない。中高生に説明、解説している授業の再現なので、もちろん全体に渡って話し言葉。目の前で名物教師が歴史の解説をしてくれるイメージで間違いない。
非常に分かりやすく、簡単な言葉を使いながら、難しい歴史を丁寧かつどこまでも分かり易く、語ってくれる。
分かりやすい言葉で難しい歴史を紐解く。その醍醐味は実際に読んでもらってのお楽しみにしていただこう。
本当におもしろい。ワクワクドキドキしっぱなしの500ページ。本当に貴重な読書体験となるはずである。
中高生が体験した素晴らしい授業を読んで追体験することができるのだ。
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加藤が目指す歴史家の本分とは
最後(文庫版あとがき)に加藤陽子は言う。
「過去を正確に描くことでより良き未来の創造に加担するという、歴史家の本分」だと。
その歴史家の本分を存分に発揮した本書は日本人必読の名著となった。
一人でも多くの日本人に是非とも読んでいただきたい。いや日本人なら絶対に読まなければならない、これはそんな滅多にない貴重な一冊だ。
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