「ブラッドランド」のT・スナイダーが緊急発刊した警告書

先日紹介した衝撃の「ブラッドランド」の著者ティモシー・スナイダーによる緊急発刊の警告書が本書「暴政」だ。本文わずか124ページの薄い新書だが、非常に内容の濃い重要な1冊である。

「ブラッドランド」は上下2巻を合わせると750ページを超える大著で、その目を覆いたくなるあまりにも悲惨な歴史とボリュームとで中々簡単に読み切れるものではないのだが、この「暴政」は打って変わって、直ぐに読めるコンパクトな新書である。

「ブラッドランド」に興味を持ちながらも、少し気後れしてしまっている読者の皆さんには、迷わず本書をお薦めしたい。

著者のティモシー・スナイダーはアメリカ、イエール大学の有名な歴史学者である。まだ52歳の若さであるが、現在世界でも最も注目され、人気のある気鋭の歴史学者。専門は中東欧史とホロコースト

そのスナイダーが、2014年のロシアのプーチン大統領によるウクライナのクリミア半島の一方的な併合と、アメリカでトランプ政権が発足したことを受けて、緊急に出版した警告の書である。

プーチン大統領によるウクライナのクリミア半島の一方的な併合と書くと、あまり歴史と時事問題に関心のない方は、今、5カ月目を迎えている現在のロシアによるウクライナへの侵略戦争と勘違いをしてしまうかもしれないが、そうではない。

分かっている人からは、何を今更、と言われてしまいそうだが、ご批判を承知の上で書かせてもらうと、今のプーチンによるウクライナの侵略戦争と2014年の同じプーチンによる2014年のクリミア半島併合は、別の事件

というよりもこれは非常に重要な点だが、今から約8年前の2014年のプーチンのクリミア半島の一方的併合が、今年の2月に勃発した現在のロシアによる一方的な侵略戦争の引き金と言うか、このクリミア半島の一方的な併合と、今年の一方的な侵略戦争は一本の線で直結している一連の動きなのである。

この説明はいずれ詳しく書かせてもらうとして、この世界を震撼させた2つの「事件」に衝撃を受けたスナイダーが緊急出版した本が本書なのだ。

紹介した本「暴政」の表紙の写真
これが表紙。帯のキャッチコピーが極めてストレートだ。

「暴政」の基本情報

本書はアメリカで、トランプが大統領に就任(2017年1月20日)した直後の2月28日に刊行された。トランプ大統領就任からわずか1カ月後。その前年2016年11月8日に大統領選に勝利し、次期大統領に就任することが決まった頃から執筆が進められていたようである。

日本での出版は2017年7月25日。今からちょうど5年前のことだ。慶應義塾大学出版会。変形新書。訳者は慶應義塾大学名誉教授の池田年穂氏。前に「ブラッドランド」でも触れたが、この池田年穂の日本語訳は非常に評判が悪い。天下の慶應たるものが、英語などといういくらでも優秀な翻訳者がいる業界で、どうしてこんな評判の悪い翻訳者を起用するのか理解できない。

この「暴政」を読む限りでは、幸いギリギリ許容範囲。もっとこなれたリズム感のある日本語にしてほしいが、読めなくもなく、スナイダーの言わんとする趣旨はちゃんと伝わってくる。

タイトルは「暴政」だが、サブタイトルがあって「20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン」である。

このタイトルを読めば、どういう内容か一目瞭然だと思う。

プーチンロシア大統領によるウクライナのクリミア半島の一方的な併合と、自国アメリカのトランプ政権の誕生を受けて、気鋭の歴史学者が急遽書き下ろした、20世紀の歴史を振り返っての、そこから学ぶ20項目のレッスンである。レッスンとは銘打たれているが、警告書に他ならない。

国民(被政者)に向けての警告書

警告書とは言っても、注意してほいのは、スナイダーのプーチンやトランプに対しての警告というのでなく、国民サイド、被政者である一般市民に向けて、「こういう政治と指導者にはくれぐれも気を付けてほしい。日頃からしっかりと注意し、この政治から身と社会を守らなければならない」という、あくまでも国民に向けた警告の書なのである。

スナイダーによる本文は、124ページ。秀逸な解説と訳者あとがきを含めて全体は142ページの薄い本だ。集中して読めば、1〜2時間では無理でも、3〜4時間もあれば読めてしまう。本当に直ぐに読めるので、今日の世界中にはびこる暴政に危機感をお持ちの多くの方に、是非ともお読みいただきたいと思う。

スナイダーの著書の中では、異例の短さを誇る本書。スレイダーに興味を持ちながらも、中々手を出せなくて戸惑っている方に、最適の一冊。

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「20のレッスン」のタイトルはこのとおり

具体的な20のレッスンに先立ってプロローグがある。エピローグは20番目のレッスンと被っているので、プロローグを含めて21項目あることになる。

    プロローグ◆歴史と暴政
1 忖度による服従はするな
2 組織や制度は守れ
3 一党独裁国家に気をつけろ
4 シンボルに責任を持て
5 職業倫理を忘れるな
6 準軍事組織には警戒せよ
7 武器を携行するに際しては思慮深くあれ
8 自分の意思を貫け
9 自分の言葉を大切にしよう
10 真実があるのを信ぜよ
11 自分で調べよ
12 アイコンタクトとちょっとした会話を怠るな
13 「リアル」な世界で政治を実践しよう
14 きとんとした私生活を持とう
15 大義名分には寄付せよ
16 他の国の仲間から学べ
17 危険な言葉には耳をそばだてよ
18 想定外のことが起きても平静さを保て
19 愛国者(ペイトリオット)たれ
20 勇気をふりしぼれ
  エピローグ◆歴史を自由 

紹介した「暴政」の裏表紙の写真。
裏帯に20のレッスンの内容が全て掲載されている。

それぞれのレッスンの長さが均一でないのがいい

21項目のレッスン、それぞれが非常に貴重な至言の数々であるが、そのレッスンの長さが均一でないのが如何にもリアルでいい。

それぞれのレッスンは、先ず最初に4~5行(2行しかないものも)から8~9行のリードのような総論があり、その後に本文が続く。

その本文の長さが、レッスンによって随分と異なるのである。一番短いレッスンは12番の「アイコンタクトとちょっとした会話を怠るな」。これは1ページとホンの数行しかない。全体で16行だけである。

一方で、8ページに及ぶものもある。それはレッスン11番の「自分で調べよ」だ。7ページと言うのは数本あるが、多くは3~4ページ。

いずれも丁寧な「です、ます」調で、言葉を慎重に選びながら、分かりやすさに徹した優しく訴えかけるような文体であり、読む者の心の琴線に響いてくる。

それぞれのレッスンは直ぐに読めるものばかりだが、詩でも読むかのように繰り返し、繰り返し丁寧に読み込むことが必要だ。

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傾聴に値するスナイダーの至言の数々

正に至言の数々と呼ぶのがふさわしい。20のレッスンはその全てが傾聴に値する貴重なものばかりで、ここには数千万人に及ぶ死者を出した2度に及ぶ世界大戦という未曽有の悲惨な歴史を通じての至言の数々が並ぶ。

ここでもその中心になるのはヒトラーとナチスの台頭、そこで引き起こされたホロコーストの悲劇から引き出されたものが多い。後はもちろんソ連のスターリンからの学びである。

それらの主に20世紀の半ばまでの悲惨な歴史、20世紀に民主主義がファシズム、ナチズム、共産主義に屈してきた歴史を振り返りながら、プーチン、トランプなど現在進行形で世界を席巻しつつあるポピュリズムとポピュリスト政治家に今度こそ屈しないためにどうするべきか、その核心を訴えている。

その全てが貴重なものばかりなので、具体的な紹介は難しいが、特に僕が感銘を受けた言葉は、以下のものだ。

レッスン17番の「危険な言葉には耳をそばだてよ」の本文に書いてある以下の下り。

ナチスの「一番の知性」と言われた法哲学者のカール・シュミットが「ファシスト支配」の本質をはっきりと説明した「ほんものの自由を偽りの安全と引き換えにする」という言葉を援用し、

『あなた方に向かって自由を代償にしてはじめて安全を得られるのだと保証する人間たちは、たいていはあなた方にどちらも与えたがらないものです』という言葉に戦慄を覚えた。

もう一つあげておこう。

レッスン9番の「自分の言葉を大切にしよう」のリード部分を示しておく。

『言い回しをほかのみんなと同じようにするのはやめましょう。誰もが言っていることだと思うことを伝えるためだとしても、自分なりの語り口を考え出すことです。努めてインターネットから離れてください。読書をすることです。』

思わずどこかにメモをしたくなるような名言が次々と出てくる。

国末憲人の解説が秀逸で参考になる

巻末の国末憲人の解説が詳細かつ非常に分かりやすいもので秀逸。非常に参考になる。国末憲人は朝日新聞社の記者で、現在は朝日新聞ヨーロッパ総局長を務めている。14ページに及ぶ解説は本当に貴重なものだ。この解説とスナイダーの本文を併せて読むことで、理解はグッと深まることことになる。

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繰り返し読むに値する貴重な名著

本書はかなり短い本だが、そこに書かれている内容は極めて重く、貴重な名言のオンパレードである。これを繰り返し読みことで、現在、全世界を席巻する勢いの権威主義、自国第一主義のポピュリズムに抗して行く必要があるということを痛感させられる。

これらの至言をしっかりと頭と胸に刻み込みたい。

スナイダーはレッスンの最後の20番「勇気をふりしぼれ」の非常に短いリードにこう書いている。

『仮に私たちのうちの誰一人自由のために死ぬ気概がなければ、私たち全員が暴政のもと死すべきさだめとなるのです』

この重い言葉にじっくりと耳を傾けなければならない。その上で今も続くロシアのウクライナへの侵略戦争を見つめ直す必要がある。現代人必読の一冊。

 

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