目 次
戦争と人間で苦悩し、絶望の中で巡り合った救済の書
アインシュタインとフロイトによる「ひとはなぜ戦争をするのか」というテーマの世紀の往復書簡を紹介するに当たって、僕は自らの若き日に陥った戦争と人間に対する苦悩と絶望について、かなり詳細に書かせてもらった。
あの時の僕自身の絶望感から自暴自棄に陥る中で巡り会ったかけがえのない本のことも、一言触れさせてもらったわけだが、それが手塚治虫の「火の鳥」の第2作「未来編」だったということは前回書いたとおり。
「火の鳥」の「未来編」は、この熱々たけちゃんブログの中でも何度も触れさせてもらった手塚治虫の最高傑作に他ならない。こんな誰でも良く知っている極めて有名な漫画が、当時の僕を救ってくれたなどと言うのもおこがましい話しだと思うが、実際にあの時、この作品に巡り合ったことで、苦悩のどん底にあった僕は、あの手塚治虫も全く同じことでもがき、苦しみ、何とか解決の糸口を模索していることが痛いほど分かったし、手塚治虫が本書の中で示してくれた世界観と哲学に、僕は100%共感できて、暗い気持ちはかなり楽になったことは間違いない。
そして、これを契機に昔から大好きだった手塚治虫に更に没頭し、夢中となり、今日に至るという特別に思い入れのある作品なのである。今回はズバリこれを紹介させてもらう。
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「火の鳥」シリーズの最高傑作にして手塚治虫の頂点
苦悩と絶望のどん底にいた僕を救済してくれたなんて話しは、この未曽有の名作・傑作を前にしては、全くどうでもいい話しである。
この漫画、作品のとんでもない問題提起と示された世界観と哲学。発想のスケールの大きさと気宇壮大さ。それを見事な絵で表現し尽してしまう創造力が、もうとてつもないのである。どこまでも壮大なストーリーに、30億年の地球の歴史をもう一度ゼロから繰り返させるというあまりにも悠久な時間の扱い。全く一人の漫画家、一人の人間が書いたものとは思えない奇跡の1冊と言うしかない。
手塚治虫のライフワークと言われた全10篇ある「火の鳥」シリーズのことは、【「人間ども集まれ!」のテーマは「火の鳥」の「生命編」に引き継がれ、蘇る!~手塚治虫を語り尽くす⑧】( https://www.atsutake.com/tezuka-hinotori-seimeihen/ )に、まとめて書いているが、この第2作「未来編」はシリーズ中の最高傑作であることはもちろん、膨大な手塚治虫作品の中でも頂点を極めた作品である。何度も書いてきたが、手塚治虫という人は数多の名作・傑作を世に遺したが、その中のベストスリーを選ぶとしたら、この火の鳥の「未来編」と、同じく火の鳥の「鳳凰編」。そしてあの「アドルフに告ぐ」になることは間違いない。とにかくありとあらゆる面から、人知(人智)を超えた作品と呼ぶしかない。
とにかく実際に読んでほしい!直ぐに読める
この作品では壮大なスケールと想像を絶する悠久の時間が描かれるのだが、それほど長い作品ではなく、「火の鳥」シリーズにはもっと長いものがたくさんあって、短いとは言わないまでもかなりコンパクトにまとまったものだ。総ページ数は285ページ。決して長いものではない。
しょせん漫画には違いなく、少し集中して読めば、多分2~3時間でも読み切ることが可能だろう。だから、もしまだ読んだことがないという、ある意味で幸運な人(これからあの感動を新たに味わえるという幸せ!)がいるのなら、とにかく先ずは騙されたと思って、実際に読んでほしいと切にお願いしたい。
読んでさえくれれば、何の解説も必要ない。どんな解説よりも、この作品を体験してもらうことだ。これは漫画。絵とセリフで語られる物語。手塚治虫の漫画は映画を観ることとほとんど一緒なので、いわば2時間から3時間程度の映画を観てもらうことと何の違いもない。
どうか実際に読んでほしい。今、直ぐに。
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人類の滅亡と再生。正しい進化を切望する祈りの書
それでも解説じみたことを書くとすれば、先ずはこんなストーリーだ。
35世紀の未来。地球は急速に死にかかり、人類は地下での生活を余儀なくされていたが、愚かな支配者がコンピューターの言いなりになって核戦争を始めてしまい、人類とあらゆる生物は完全に滅亡してしまう。
あらゆる命が死に絶えてしまった地球上で、火の鳥の力によって死ぬことができなくなった一人の青年が、約30億年もずっと死ねずに、地球上での生命の歴史の繰り返しを目撃し続けることになる。
そして最後に、遂に登場してきた新しい人類に、「今度の人間は間違わないでほしい」と切に祈るのだ。
これは正しい進化、互いに殺し合うことのない、戦争の惨禍を繰り返さないように切望する祈りの書に他ならない。
本当に胸が詰まり、感動が収まらない。良くぞこんなドラマを考え付いたものだ。正に天才の仕事。常人には到底想像もつかない未曽有のドラマが驚愕のうちに展開する。
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火の鳥「未来編」の基本情報
「手塚治虫を語り尽くす」シリーズのいつもの例にしたがって、一応基本情報を掲げておく。
連載は1967年12月~1968年9月までの10カ月間。手塚治虫39歳から40歳にかけて。鉄腕アトムの長期間に及ぶ連載が終了した頃であり、正に手塚治虫の絶頂期と呼んでいい時期だ。掲載雑誌はCOM。前に紹介した大問題作「人間ども集まれ!」の連載終了の5カ月後から書き始められ、あの大人気作「どろろ」とほぼ並行して書かれた作品である。脂が乗っていた時期だ。
40歳にして遂に最高傑作が書かれたわけである。
手塚治虫自身の絶望と唯一の希望の光なのでは
僕はこの作品を何回読んだか分からない。事ある毎に繰り返し読み続け、その度に深い感動と感銘に包まれる。本当によくぞこんな途方もないスケールの作品を書けたものだ。いつ読んでもそのストーリー構成の見事さと漫画としてのおもしろさにも舌を巻かれるのだが、この作品には手塚治虫の思想と世界観の全てが凝縮されている。
そして、鉄腕アトムを始め、膨大な少年漫画で明るい未来を描き続けてきた手塚治虫だったが、その天才を持ってすれば、この世の戦争や殺し合い、暗い未来に思いが馳せられるのは当然だったのではなかろうか。自信が信じ続けた科学技術や医学の未来と将来像は、もはや行き場を失って、手塚治虫自身もこの人間社会と科学技術の行く末を、不安な思いで、絶望に駆られながら見守っていたはずだ。
そんな手塚治虫のギリギリのせめぎ合い、苦悩がこの「未来編」から読み取れるのである。相当な絶望と人間に対する不信感がなければ、ここまでの世界は描けない。今の人間はどうしようもないから、一旦、全人類は自らの作り出した水爆によって絶滅してもらう。そしてもう一度、最初の生命の誕生からやり直してもらって、今度の人間は間違わないでほしいと願わざるを得ない。
ノイローゼ寸前になっていた僕が考えた世界観と、奇しくも一緒だったわけである。
当時の僕は、この漫画で描かれたように、いっそのこと人類は一度全て滅んでほしい。今のままの人間は生きるに値しないなどとやくざなことを真剣に考えていたのだ。
あの苦悩の中で巡り会った手塚治虫の「未来編」は僕の思いの代弁となった。この漫画で僕は完全に救われた思いがしたのである。
誤解があってはいけないので念のために書くが、僕が手塚治虫と同じことを考えていたということを自慢げに言いたいわけではもちろんない。勝手に自暴自棄な空想を広げていたとある青年が、この漫画の中に自分と同質の苦悩を感じ、救われたという話しである。
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ここで描かれる壮絶な世界観と哲学
ここに描かれるのは、壮絶な愛であり、壮絶な憎しみであり、壮絶な孤独との戦いだ。
愛のドラマには胸が裂かれる。主人公山之辺マサトのささやかながらも切実な愛。火の鳥シリーズの実質的な主人公である猿田(博士)の身を裂かれるような壮絶な愛。そしてロックの歪んだ愛と憎しみ。これは多様な愛と憎悪を描いたドラマとしても第1級品だ。
そしてその愛憎を通じて描かれる命の大切さ。生命の尊さ。どうして人間はこの生命をぞんざいに扱うのか。手塚治虫の怒りが伝わってくる。人間以外の生命体に対する温かい眼差しも手塚治虫ならではのもの。
そんな中でも、僕が最も感動させられるのは、孤独について。ここで描かれる孤独感はもう想像を絶している。死ぬことが絶対にできないということ。永遠に死ねないということがどういうことを意味するのか!?それを徹底的に、ここまでやるのかと一切の妥協をせずにトコトン追求し、極めていく。そら恐ろしくなるばかり。
そして、もう一つ衝撃を受けるのは、神の存在について。手塚治虫が考える宗教の本質。神の誕生だ。最初にこの作品を読んだ時、僕はその想像を絶する考え方に言葉を失い、一方で目から鱗が落ちるかのように実に良く理解できて、その手塚治虫的な発想に衝撃を受けて、しばらく身動きができなかった。天才はこういう発想をするのか!?一言、凄い。凄すぎる。
この人は本当に人間なんだろうか?人間の姿を借りた宇宙人。正に手塚治虫自身が神のように思えたものだ。
これ以上の作品はどんな芸術の中にも存在しないのでは
この火の鳥「未来編」が手塚治虫の頂点、最高傑作であることは明白だ。僕は自分が深く関わる様々な芸術の中でも、これほどの作品はほとんどない、古今東西のありとあらゆる芸術、人類が創造した物の中で、これ以上のものを見つけるのは難しい、そう考えるに至っている。
これほどのスケールと悠久の時間。たぐい稀な世界観と切実なる願いと祈り。傑出した表現力。
これに匹敵する作品が他のどこにあるだろうか?文学ではハッキリ言って存在しないと思う。ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」が好敵手かもしれないが、僕としては「未来編」の方が深く、感動的だと思う。
音楽ではバッハの「平均律クラヴィーア曲集」が何とか肩を並べられそうな気がするが、どうだろうか。
映画では、スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」が唯一、比肩できそうな気がする。
そんなわけで、これは古今東西で、人類が創造した最高の作品であり、一方で全人類への大胆な挑戦の書とも呼べるものだ。もし、これを読んでいないとすると、本当に残念なこと。今からでも遅くはない。直ぐに読んでほしい。簡単に直ぐに読めるのだ!
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地球上のあらゆる若者たちに読んでほしい
僕は以前からズッと考えていることがある。この手塚治虫の火の鳥「未来編」を、世界中のありとあらゆる学校で必須のテキストとして採用できないかということだ。
ありとあらゆる国と地域の中学生・高校生たち、10代後半の子供たちに教科書として読んでほしい、そう願わずにいられない。そうすればもっと命の尊さや愛の力、そして戦争の愚かさ、平和の大切さを考えてもらえそうな気がする。
およそこの作品を読んで、心を強く揺さぶられない人は、想像できないのである。
今からでもそんな活動をしてみようかな、と真剣に思ったりしている。
さあ、読もう。既に読んだことがある方も、もう一度じっくりと読んでみよう。
これはきっと大変な体験となるはずである。
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