スメタナを色々と聴き込む中で

前にも書いたが、僕はスメタナが大好きだ。特にその室内楽に強く惹かれている。

既に紹介した弦楽四重奏曲の第1番「わが生涯より」を熱愛しており、それがきっかけになって様々なスメタナの作品に親しんできた。

スメタナのカラーの肖像画
スメタナのカラーの肖像画。
スメタナの写真。比較的若い頃だと思われる。
スメタナの写真。比較的若い頃だと思われる。

 

「モルダウ」で有名な「わが祖国」もいいが、スメタナはやっぱりオペラを聴かなければダメだと痛感させられている。

良く知られた「売られた花嫁」はもちろん大変な名曲だが、スメタナには9曲のオペラがあるのに、ほとんど知られていない。何とも残念なことだ。

先日、遂にスメタナのオペラ全集という垂涎のCDがチェコで発売され、僕も直ぐに購入。現在じっくりと聴き始めているところだ。

どうしてこんなに素晴らしい作品群が埋もれてしまっているのか?不思議でならない。いずれ近い将来「スメタナ・ルネサンス」が巻き起こる日を信じて、丁寧に聴き込んでいきたい。

オペラは別格として、僕が好きなスメタナはやっぱり室内楽になってしまう。

弦楽四重奏曲「わが生涯より」があまりにもいい曲で、僕の感性にピッタリとフィットするので、他の室内楽作品も気になってならない。

そんな経緯で巡り合った曲が、今回紹介するピアノ三重奏曲 ト短調 作品15というわけだ。

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スメタナのピアノ三重奏曲が凄い

このスメタナの唯一のピアノ三重奏曲はもの凄い音楽である。僕は弦楽四重奏曲の「わが生涯より」との出会いと全く同様に、このピアノトリオを一聴するなり、たちまち聴き惚れて、この曲を熱愛することになった。

何とも強烈な音楽で、初めて聴いたときに、雷に打たれたかのように大変な衝撃を受けた。

スメタナと僕は、一聴してたちまち心を鷲づかみにされて恋に落ちた、そんな出会いばかりなのである。弦楽四重奏曲もピアノ三重奏曲もどちらも全く同じように、聴いて直ぐに恋に落ちた。そんな一目(一聴)惚れの音楽となっている。

一般的にはほとんど知られていないが

多分、この曲は一般的にはほとんど知られておらず、熱心なクラシック音楽ファンにとっても、中々聴く機会のない秘曲のような存在だ。

だが、実際にほとんど知られていないというだけであり、しっかりと聴いてもらったら、多くの音楽ファンはこの曲に心を奪われないわけにはいかない、一部のマニアではなく、多くの音楽ファンの心を虜にする名曲中の名曲だと信じて疑わない。

涙なしでは聴くことのできない感動的な音楽である。

現在、入手可能なチェコトリオによるスメタナのピアノトリオとドヴォルザークの「ドゥムキ―」のCDのジャケット写真
現在入手可能なチェコトリオによるスメタナのピアノトリオとドヴォルザークの「ドゥムキ―」のCDのジャケット写真。
同CDの裏ジャケット写真、3人の奏者の写真。
同CDの裏ジャケット。3人の奏者の写真。

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ピアノ三重奏曲について(おさらい)

ピアノ三重奏曲は、クラシック音楽における室内楽の一つの演奏形態で、ヴァイオリンとチェロとピアノの3つの楽器で演奏される楽曲である。ピアノトリオと呼ばれることも多い。

この3つの楽器によるアンサンブルは大作曲家の食指をそれほど動かさなかったのか、現在、名作として残されている作品は、長い音楽史を通じてそれ程多くはない。以下の主なものを列挙する。

モーツァルト(6曲)、ベートーヴェンの(「大公」他7曲)、シューベルト(2曲)、メンデルスゾーン(2曲)、ブラームス(3曲)、チャイコフスキー「偉大な芸術家の思い出のために」、フォーレ、ドビュッシー、ラヴェル、ショスタコーヴィチなど。
もちろんこれに今回紹介するスメタナとドヴォルザーク(4曲)を加えなければならない。

そうは言ったものの、これを見ると錚々たるラインナップのように思える。

実は、それぞれの曲はその作曲家ににとってそれほど重要なポジションを占めていない、ということがポイントなのだ。

実内楽というと、どうしても弦楽四重奏曲が究極の高みとして評価されているし、ピアノを伴った室内楽作品としては、ヴァイオリンソナタ、チェロソナタに後塵を拝してしまう。

ところが、僕はこのピアノ三重奏曲という形態が大好きで、色々と聴いてきたが、その中でも最高の傑作が、スメタナの作品15ではないかとひそかに確信している。

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スメタナ作曲「ピアノ三重奏曲」の概要

スメタナは1824年に生まれ、1884年に亡くなった。享年60歳。晩年は重い梅毒に侵され、聴覚を完全に失い、狂気のうちに亡くなっている。

ピアノ三重奏曲は、スメタナの若き日の傑作である。

作品15。作曲されたのは1855年。スメタナ31歳の時の作品。まだ初期の作品で、スメタナはこのピアノトリオで第一級の作曲家として認められることになる。

全体は3楽章からなり、演奏時間は約30分弱である。

スメタナの写真
スメタナの写真
スメタナの写真
スメタナの写真

娘の死が作曲のきっかけ

この曲を一聴するなり、これは何か大変な悲しみと苦悩を訴える音楽だということは、直ぐに痛感させられる。

この哀切の訴えは尋常ではない。誰にだって分かる。

この曲は、実はスメタナの娘の死に際して作られたものだ。その娘の死というのが、とんでもないことで、スメタナはこの作品を作曲する前の30歳前後に二人の娘を相次いで亡くしている。

直接のきっかけは長女の死だった。1855年9月に4歳の長女が猩紅熱で亡くなってしまう。その前年に次女を2歳で亡くしたばかりだった。

この曲は亡くなった娘の悲しい思い出が結晶したものである。長女の死からわずか2カ月半経った11月に完成された。

長女が亡くなった当時、スメタナの妻は4番目の娘を妊娠していたが、この4女もわずか8カ月しか生きられなかった。こうしてスメタナの娘は3人とも幼少で亡くなってしまう

スメタナを襲った不幸な嵐に言葉を失ってしまう。身を裂かれる思いだっただろう。スメタナは何とも不幸な人だった。

ちなみにスメタナには子供が4人いて、いずれも娘ばかり。そのうちの3人が立て続けに亡くなったということになる。成人したのは3女一人だけだった。

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切々と心に迫る強烈な慟哭を聴く

全3楽章の全てが超一級の素晴らしい音楽で埋め尽くされている。そしてどこにも無駄がない真に驚嘆すべき作品だ。あのリストが絶賛したことが伝わっている。

幼い娘を相次いで亡くすというとんでもない失意のどん底にあって、良くぞここまでの力作を作曲したものだと、スメタナの強靭な精神力に感動させられる。

そしてその中から生み出された音楽が稀有の傑作、類まれな名作となった。

計り知れない怒りと絶望、憤怒の思いを、この悲痛な音楽に結実させ、何とかスメタナは耐え抜いた。涙なくして聴けない音楽である。

第1楽章 約11分半

何と言っても凄いのがこの第1楽章であることは言うまでもない。特に冒頭のヴァイオリンのソロが圧巻だ。正に悲痛な悲しみと憤怒の思いが音になって聴く者を圧倒する。

僕は「慟哭」以外の何物でもないと感じるが、とにかく聴き手の心の一番奥深くに突き刺さって来る音楽だ。

大切な点は、この悲しみや憤怒の思いはスメタナの個人的なものでありながら、誰が聴いても非常に理解しやすく分かりやすいもので、どんな人の心にもストレートに響く、極めて汎用性の高いものであることだ。

万人に共通する悲しみと怒り、絶望の思いを音にしてくれた。誰が聴いても共感できる音になっている。そんな音楽であることが素晴らしい。

第1楽章冒頭部分の楽譜
第1楽章冒頭部分の楽譜。これが慟哭する冒頭のヴァイオリンのメロディ。

 

この非常に息の長い悲痛なヴァイオリンによる叫びと慟哭が、他の楽器に手渡されていく。

やがて非常に優しく愛らしいメロディが流れてくる。これは亡き娘の面影であろうか。だが、それも束の間で、悲しみはいつまでも途切れることがない。

第2楽章 約9分

ピアノが雄弁に歌い出し、ヴァイオリンが奏でる優しい調べは亡き娘と優しい会話をしているようだ。第2楽章は全般的にこの優しさと温かさに支配されている。

曲の中盤、約5分程経過後に思わずハッとさせられる素晴らしいパッセージが出現する。突然の「ゲネラルパウゼ」。音楽が止まって、音がなくなってしまう。

そして、その直後の新たな展開。これには聴く度に鳥肌が立つ。感動の瞬間だ。

心憎いばかりに音楽的。本当にスメタナという人は、音楽のちょっとした絶妙なニュアンス、感動のツボを実に良く理解していた

第3楽章 約9分

これがまた凄い音楽だ。娘の死に打ちひしがれ、慟哭するしかなかったスメタナが、この終楽章では、何とかしてそこから立ち上がろうと試みる。

苦しみと悲しみを何とか乗り越えようとする身を裂かれるような苦闘が、そのまま音楽として、音として鳴り響く。

約10分の中に、様々な思いが交錯して、次々と色々な要素の音楽が現われてくる。讃美歌のような非常に美しい調べが奏でられる一方で、葬送行進曲のような足を引きずる重い曲想と目まぐるしい。娘の面影も繰り返し出て来る。

逡巡しながらも何とか生きて行こうともがく姿の活写。そして最後にはギリギリのところで自分を奮い立たせようとする感動的な音楽だ。

気軽には聴けない音楽だが、これ以上聴きごたえのある音楽はないと断言したくなる濃密な音楽だ。心に大きな傷を抱えた人、絶望に打ちひしがれている人に、是非とも聴いていただきたいと願わずにいられない。

きっと言葉にできない励ましを感じることができるはずだ。

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この曲でスメタナを見直してほしい

多くのクラシックファンにとって、スメタナの名前は広く知れ渡っている。ボヘミアの国民楽派の音楽の礎を築き、ドヴォルザークにバトンを渡した、そんな評価だろう。

曲として知られているのは「モルダウ」。そんな寂しい状況だ。オペラ「売られた花嫁」の名前は良く知られているが、実際には聴いたことはもちろんない。

それが日本でのスメタナのイメージである。

いくら何でもひど過ぎる。スメタナはもっともっと知られていい大作曲家で、その音楽は非常に分かりやすく人の感情に素直に訴えかけてくる感動的なものである。

弦楽四重奏曲第1番の「わが生涯より」。そして今回紹介したピアノ三重奏曲

今回のピアノトリオに、愛称が付いていればもっと広く知られ、愛聴されたことは間違いないだろう。その点は本当に残念だ。

敢えて愛称を付けるとしたら、やっぱり「慟哭」しかありえないのではないだろうか。あまりにもそのものズバリ過ぎるだろうか。

この2曲をちゃんと聴いてもらえれば、スメタナが如何に聴く者の感情にストレートに訴えかける魅力的な音楽を作曲したか良く分かる。

みんな好きにならずにいられなくなる。

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ドヴォルザークの「ドゥムキー」も名曲だ

後輩ドヴォルザークの「ドゥムキー」も素晴らしい名曲だ。

ドヴォルザークはピアノトリオを4曲残しているが、これが第4番。作品90。

ドヴォルザークには室内楽の名曲も非常に多いが、有名な弦楽四重奏曲の「アメリカ」よりも、こちらの方がずっといい曲だと思う。

深刻な悲愴感と陽気な快活さが交互に現れる奇妙な音楽。

冒頭の深刻な悲劇的な響きが、その直後には屈託のない快活な陽気な音楽に様変わり。それが曲を通じて繰り返される。

ソナタ形式が全く用いられていないことが特徴。したがって非常に分かりやすい明解な音楽となる。暗と明の繰り返しが、「禍福は糾える縄の如し」のようで、聴いていて、何とも不思議な気分になってくる。

これが人生か、という達観に至りそう(笑)。

遊び心とユーモアにも溢れ、実に愛すべきいい曲だと思う。この曲ももっと知られていい。

ドヴォルザークの写真
ドヴォルザークの写真
ドヴォルザークの写真
ドヴォルザークの写真

 

ドヴォルザークの最高の室内楽曲であるばかりか、全作品の中でも屈指の名曲だと断言したい。

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熱々の素晴らしい演奏に酔い痴れたい

この曲には過去に素晴らしい名盤が何枚もあったが、それらは現在、全て廃盤となってしまって入手できない。今回スメタナのピアノトリオを紹介するに当たって、困ったなと思案していたところ、新しい録音で素晴らしい演奏に巡り合った。

チェコトリオによる演奏だ。

非常に熱のこもった情熱的な演奏で、僕は大いに気に入っている。スメタナもドヴォルザークもどちらも絶品だ。

スメタナの冒頭のヴァイオリンによる哀切を極めた慟哭は、本当に胸に迫ってくる。3者のバランスも申し分なく、これを聴いてもらえれば曲の良さを味わうには十分だと、自信を持ってお勧めしたい。

本当にいいCDだ。

 

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1,640円(税込)。送料290円。
送料がかかるが、この名盤がこの値段で買えるのは貴重。但し、輸入盤なので注意が必要だ。


スメタナ&ドヴォルザーク:ピアノ三重奏曲集

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