目 次
紹介してきたシューベルト作品の特徴は?
まだまだ続くシューベルトの紹介だ。
僕が取り上げてきたシューベルト作品は、死の直前に異常なまでに創作力が高まった最後の作品群、これは「弦楽五重奏曲」「歌曲集 白鳥の歌」そして前回(昨日)紹介の「ピアノソナタ第19番~21番」の5曲あった。
それ以外に、めちゃくちゃ暗い「弦楽四重奏曲第14番 死と乙女」、めちゃくちゃ明るくて陽気な「ピアノ五重奏曲 ます」と「交響曲第8(9)番 ザ・グレート」だった。
このラインナップを見ただけでも、シューベルトの極端な喜怒哀楽が浮き彫りになる。
底知れない絶望感と屈託のない陽気さ。この明暗の感情の振幅の幅の広さが他の作曲家のレベルと、まるでかけ離れている。それがシューベルトという作曲家の本質だと考えている。
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明暗のバランス良く安心して聴ける最も美しいシューベルトの曲は?
シューベルトという作曲家はあまりにも感情の起伏が激し過ぎて、めちゃくちゃ暗いか、めちゃくちゃ明るいか、どっちかに属する作品ばかりのような気さえする。
そんな中にあって、「明暗のバランスが良くて、精神的に安心して聴くことのできる最も美しい曲」は何だろう?と考えた時に、迷わず浮上するのが「アルペジオーネ・ソナタ」だった。
これは本当に素晴らしい曲だ。優美で美しく、どこまでも流麗な音楽が奏でられる。極端な暗さや絶望感は皆無だし、一方で底抜けに明るい屈託のない音楽というわけでもない。
明暗のバランスが非常に良く取れた、何とも美しくて、チャーミングな曲なのである。
シューベルトファンなら知らない人は、もちろんいない。
僕の知人の中にも、この曲が大好きだという方が何人かいる。
クラシック音楽ファンなら大概は知っているだろうが、シューベルトの全作品の中でも、最も良く知られたという作品の範疇には入らずに、2番手グループに入ってくる作品ではないだろうか。
あるいは「名前は聞いたことがあるが、実際にはあまり聴いたことがない」という音楽の筆頭に上がってくる作品かもしれない。
そんな音楽ファンに、僕が自信を持って紹介するシューベルトが「アルペジオーネ・ソナタ」。
本当にいい曲で、これを聴けば誰だってこの曲を、そしてシューベルトを大好きになってしまうというちょっと隠れた名曲なのである。
アルペジオーネとは一体、何なのか?
愛称の「アルペジオーネ」とは一体、何なのか?
実は、アルペジオーネというのは、今日では全く廃れてしまった楽器の名前なのである。
つまりこの曲は、シューベルトがアルペジオーネというちょっと特殊な楽器のために作曲したもので、そこで「アルペジオーネ・ソナタ」という名前が付いたわけだ。
アルペジオーネという楽器は、下の写真を見てもらえば分かるようにチェロに良く似た弦楽器だが、ギターのようにフレットが付いているのが特徴。
どうやらシューベルトはアルペジオーネという楽器が発明された翌年に作曲したらしい。シューベルトの知人にアルペジオーネの演奏に通じていた人がいて、その人物から委嘱されたようだ。
結局このアルペジオーネという楽器はその後もあまり演奏されることはなく、姿を消してしまって、今日では全く演奏されることがない。
そこで、シューベルトがアルペジオーネのために作曲された音楽は、今日ではチェロで演奏されることが通例となっている。
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チェロで演奏することの困難さ
今日ではチェロで演奏されることが通例とは言っても、楽器が異なる以上、実際には様々な演奏上の困難があり、チェロで弾きこなすことは決して容易ではないらしい。
決定的な違いはアルペジオーネは6本の弦があるが、チェロは4弦しかないため、アルペジオーネに比べて音域が狭いという点だ。
そこでアーティキュレーションを手直しする必要があるのと、フレットが付いていることで高音域の演奏が容易なアルペジオーネに対して、チェロはそうはいかず、演奏するに当たっては様々な対策が必要になるらしい。
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今日ではチェロの重要なレパートリーに
そんな演奏上の困難はあるのだが、この曲はチェロの大切なレパートリーとして完全に定着している。「チェロとピアノのためのソナタ」というわけだ。
チェロという楽器はありとあらゆる楽器の中でも最も人気の高い楽器の一つであり、そのために書かれた大作曲家による曲も非常に多い。
そのチェロのために作曲された曲の中で究極の作品は、バッハによる「無伴奏チェロ組曲」ということになるのだが、これは無伴奏、つまりチェロという楽器1台だけで演奏される信じ難い究極の作品。
普通は弦楽器のための作品は、チェロとピアノの二重奏となる。この演奏形態がチェロ・ソナタと呼ばれるもので、古今東西で有名な作品がいくつか作曲されているが、ヴァイオリンと比べると圧倒的に少ない。
大作曲家によるチェロソナタは、ベートーヴェンの5曲を筆頭に、ブラームスの2曲、その他にはメンデルスゾーン、グリーグ、ショパン、サン・サーンス2曲、フォーレ2曲、ドビュッシー、プーランク、プロコフィエフ、ラフマニノフ、ショスタコーヴィチ、ブリテンなど錚々たる名前が並ぶことは並ぶのだが、それら以上に、このシューベルトの本来はアルペジオーネという違う楽器のために作曲された曲が、チェロの大切にして極めて重要なレパートリーになっているわけだ。
世界中の著名なチェリストが競う合うようにアルペジオーネ・ソナタを録音している。
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あの「死と乙女」と同時期に作曲された!?
シューベルトがアルペジオーネ・ソナタを作曲したのは1824年の11月だとされている。時にシューベルトは27歳。亡くなるちょうど4年前である。
この作曲年代を聞いて、えッと思うのは、このブログでも取り上げたある有名な作品と同時期に作曲されたものだったのだ。
それがあの弦楽四重奏曲第14番の「死と乙女」なのである。弦楽四重奏曲「死と乙女」といえば、究極の暗さと絶望感に彩られた救いのない音楽だった。シューベルトの病的なまでの暗く絶望的な曲。
一方で、僕は冒頭でも書いたように、極端なまでに明と暗の振幅の幅が大きいシューベルトの作品にあって、このアルペジオーネ・ソナタは珍しい位に明暗のバランスが取れた平穏な曲だと言ったわけだ。
それが同じ時期に作曲されていたことは、僕にとっては全く意外だった。
1824年の3月と11月、8カ月の隔たり
詳しく調べると、同じ1824年の作曲とは言っても「死と乙女」の方が3月、「アルペジオーネ・ソナタ」の方は11月に作曲されたという。この8カ月の隔たりは大きいというべきだろう。
シューベルトのように非常に若くして夭折してしまった人にとって、数カ月という期間は、常人にとっての数年間にも比肩するものなのではないだろうか。
特にシューベルトのようにわずかな期間に驚異的な進化を遂げていった天才にとっては、8カ月という期間はかなり長い、かなり隔たっているというべきではないか。
少なくても、先に作曲されたのが「死と乙女」の方だと分かって少しホッとした。
あれだけの青春の苦悩というか救い難い絶望感を音にしてしまったシューベルトは、あれを書いたことで少し踏ん切りがついたと言うか、苦悩から少し脱却することができたのでないかと思いたいのである。
その証こそが、このアルペジオーネ・ソナタにある平穏さと優しさではないだろうか?
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「アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D 821」の概要
1824年の11月に作曲された。一般的なソナタにならって全3楽章からなる。全体で演奏時間が26分~29分と30分足らずの、シューベルトとしてはかなり短めな作品となる。
第1楽章 アレグロ・モデラート 約13分半(ロストロポーヴィチ盤)約12分(マイスキー盤)
第2楽章 アダージョ 約4分半(ロストロポーヴィチ盤・マイスキー盤)
第3楽章 アレグレット 約10分半(ロストロポーヴィチ盤)約9分半(マイスキー盤)
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アルペジオーネ・ソナタの類まれな魅力!
とにかく冒頭から最後まで全体を通じて、優しい歌に満ち溢れた何とも魅力的な音楽となっている。そして元々チェロのために作曲された曲ではないにも拘わらず、聴いているとチェロのという楽器の魅力が充満していて、本当に聴いていて平穏な優しい感情が体中に染み渡るのが感じられる、稀有な音楽なのだ。
聴いていてこれだけ幸福な気持ちになれる音楽というものは、シューベルトにあってはもちろん、古今東西の音楽の中にあっても、他に見出すことができないように思えてしまう。
約半分の時間を費やす第1楽章が絶品
曲の冒頭、ピアノによって静かに奏でられる少し諦念の混じった悲しげな前奏を聴くだけで曲に引き込まれる。これがイ短調の響きだ。
その後にいかにも優美にして柔和なチェロが朗々とメロディを歌い上げるを聴くと、たちまちこの曲の魅力に身も心も奪われてしまう。この旋律の何とも抗しがたい魅力的なこと!
実に良く歌うチェロ。チェロとピアノによる時にユーモアを含んだ軽妙なやり取りに思わずこちらも笑みがこぼれてしまいそうだ。二つの楽器によって様々な展開を示しながらも、その都度、冒頭の魅力的なメロディに戻ってくるのが感動を呼ぶ。
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最高に優美で美しい第2楽章
このアダージョが絶品で、ちょっと他では考えられない程の美しさと優しさに満ちた音楽。
冒頭はやはりピアノの前奏に心を奪われる。ほんの15秒程の短い前奏だが、シューベルトの最良の歌曲、例えば「水の上にて歌う」などの前奏を連想させる何ともチャーミングなものだ。
そしてその直後に入ってくるチェロの調べ。これがもうこれ以上は考えられないような高貴にして優しさと慈愛に満ちたもので、完全に聴く者の心を奪ってしまうものだ。僕は聴く度にメロメロになってしまう。
ほんのわずかな短い旋律の中に悲しみと喜び、優しさと慰め、そして聖母の眼差しと愛情が注がれるようなメロディ、一体全体、どうやったら作れるのか!?とただただ感嘆してしまう。
シューベルトの作曲した最高の1ページだと言ってしまいたくなる。
軽やかで洒脱な第3楽章
第3楽章も魅力が尽きない。アレグレットであり、先の2つの楽章のようなゆったりとした優美さはないが、軽妙にして洒脱というか、実にオシャレな感じがする。軽やかでいながら伸びやかさにも欠けることがない。
絶妙な転調も魅力を増幅させる。
最後に静かに幕を下ろすような落ち着いた終わり方が、非常に心に沁みてくる。これは本当にかけがえのない名曲だとしみじみと思わせてくれる瞬間だ。
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ロストロポーヴィチの演奏で幸福感に浸る
ロストロポーヴィチの演奏があまりにも素晴らしい。これがあれば他には何もなくていい!と言ってしまいたくなるほど満足できる演奏だ。
完璧な演奏技術を基に、実にスケールの大きな演奏を繰り広げてくれる。優美にして美しく、そちろんいかにもロストロポーヴィチらしい力強さと大きさにも事欠かない。
シューベルトの音楽にしては器が大きく過ぎるという感じもしなくもないが、このチェロはそのおおらかさと優美さで聴く者をどこまでも優しく包み込んでくれるかのよう。
ピアノを弾いているのは、何とあの20世紀のイギリスが生んだ世界的な大作曲家のベンジャミン・ブリテンである。
ブリテンはイギリスが生んだ唯一の大作曲家というに留まらず、20世紀を代表する世界屈指の大作曲家の一人だった。
そのブリテンが指揮者としてはもちろん、ピアニストとしても著名な存在だったことは、もっと知られていい。
ここでも、巨匠ロストロポーヴィチと実に素晴らしい演奏を聞かせてくれる。
本当にこれは素晴らしいCDである。
聴いていてこんなに幸福感に浸れる音楽と演奏は、本当に滅多にない。
最高のシューベルトがここにある。
まだ聴いたことのない方は、どうか聴いてほしい。
人生にこの音楽があるだけで、どれだけ救われることか。
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シューベルト:アルペジオーネ・ソナタ シューマン:民謡風の5つの小品 ドビュッシー:チェロ・ソナタ [ ロストロポーヴィチ ブリテン ]
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