目 次
何の事前情報もなく観た映画が、実は
僕の中で「観なければ」と課題となっていた映画を漸く観ることができた。1昨年に公開された映画であり、とっくにディスクにもなり、レンタルもされていたので、その気になればいつでも観ることができたのだが、何故か観ないまま大切にしてきた映画。
ようやく観ることができた。「期待どおり」の素晴らしい映画だった。僕はこの映画については、極力、事前情報と先入観を封印して、何の知識もないまま臨んだ。昨年のキネマ旬報ベストテンで上位につけていたことは知っていたのだが。
そして何といっても我がギンレイホールでも上映されていたのだ。ほぼ1年前、昨年のGW明けだった。コロナ禍にあって、どうしても観に行くことができなかった。あの頃は長きに渡ってずっとギンレイホールに通えない日々(実は現在でもそうなのだが)が続いていて、予告編ももちろん観ていなかった。
こうして僕自身は何の事前情報もなく、いきなり映画を観たのだが、今回、映画を紹介するに当たって触れないわけにはいかず、最初から核心部分を言ってしまう。これは珠玉の愛の映画なのだが、その愛は女性同士の愛、つまり女性の同性愛、レズビアンを描いた映画なのだ。
最近はこの手のLGBTを描いた映画が本当に増えてきた。特に量産されているのは男同士、つまりゲイの映画。本当に多い。ギンレイホールでも何本も観た。同性愛ではなくトランスジェンダーを描いた作品も含めると本当に驚くほど多くなっている。
実は、僕はこの手の映画は苦手だったのだ。特にゲイを描いた映画は本当に好きになれない。名作との誉れ高い「ブロークバック・マウンテン」など色々と観たが、どうしても好きになれない。
レズビアンを描いた映画もゲイほどではないが、何本かある。僕が観た映画の中では非常に評価の高かった「キャロル」が、世評に違わずかなりいい映画だった。ゲイ映画に比べると抵抗はなかったが、それでもどちらかというとやはり苦手である。今回の「燃ゆる女の肖像」もレズビアンの映画だと分かっていたら、熱心に観ることはなかったかもしれない。
映画の基本情報:「燃ゆる女の肖像」
フランス映画 120分(2時間)
2020年12月4日 日本公開
監督:セリーヌ・シアマ
脚本:セリーヌ・シアマ(カンヌ国際映画祭脚本賞受賞)
出演:ノエミ・メルラン、アデル・エネル、ルアナ・バイラミ、ヴァレリア・ゴリノ 他
受賞:カンヌ国際映画祭 脚本賞&クィア・パルム賞、世界各地で40本以上
2020年キネマ旬報ベストテン第3位 読者選出ベストテン第9位
どんなストーリーなのか
18世紀後半、フランスはブルターニュ地方の孤島を舞台に、その孤島の貴族である伯爵夫人から娘エロイーズの肖像画を描いてほしいと依頼された画家のマリアンヌ。肖像画は今で言えば見合い写真の代わりであり、その肖像画を相手に送り、気に入れば結婚が成立するという仕組みであったが、最近まで修道院にいた娘のエロイーズは結婚を拒んでおり、絵を描かせてくれない。身分と目的を隠し、散歩の相手としてエロイーズに近づき、何とか絵を完成させるが、マリアンヌは正直に真相を伝えたいとエロイーズに絵を見てもらう。ところが、エロイーズからは「これが私?真実が伝わっていない」と貶されてしまう。ショックを受けたマリアンナは・・・。
果たして絵は完成させることができるのか?エロイーズとアリアンヌの関係はどうなるのか?そしてエロイーズの結婚は?
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監督・脚本のセリーヌ・シアマのこと
脚本も書いた監督のセリーヌ・シアマは現在43歳。2作目の「トムボーイ」で注目され、この「燃ゆる女の肖像」が4本目の監督作品となる。フランス期待の今、注目の新進監督の一人だ。
ちなみにレズビアンを公言しているようで、本作の主演の一人(貴族の娘エロイーズ役)であるアデル・エネルと暮らしていたが、映画の撮影前に「友好的に破局」したという。その破局後に、直前まで恋人だった人を主役に他の女優とのレズビアンの映画と撮るという心境は、僕には窺い知れない。そのプロフェッショナル魂に驚嘆してしまう。そしてこれだけの傑作を残すのだから大したものだ。
画家役のノエミ・メルランにぞっこん
画家マリアンヌ役のノエミ・メルランが実に美しい。特別に美人というわけでもないが、存在感が素晴らしく、スラリと伸びた長身とその目力にぞっこん。すっかり心を奪われてしまった。この画家役は彼女の持っている雰囲気にピッタリだと感心してしまう。
実は、ノエミ・メルランは「不実な女と官能詩人」という作品で、惜しげもなく裸身を晒しているというので、どうしてもそちらの方も観たくなってしまう(笑)。ポルノ映画ではないので、念のため。
絵が出来上がっていく過程がスリリング
これは愛の映画、稀有の高みにあるラブストーリーなのだが、絵が出来上がっていく過程を追う美術の映画でもある。芸術の創作過程を追いかける貴重な映画と言えそうだ。
アリアンヌが何もないキャンバスからデッサンを始め、徐々に絵が完成していく過程が、何ともスリリング。非常に丁寧に描かれ、実に興味深い。
肖像画を描くということは、その対象者の内面にまで踏み込んで、しっかりと観察できないと絵として完成しないということが良く分かった。絵の中に魂を吹き込んでいく過程が何ともピリピリとする勝負の場であり、それをトコトン貫いて対象物の内面にまで鋭く迫ると、自ずからそこには愛が誕生する、そこまで迫らないと真実と本質を映し出す絵は完成しない、そう訴えているようにも見える。
逆に言うと、真実を映した絵を描く以上、そこに愛が芽生えるのは当然のことのようにも思えてくる。
稀有な完成度のラブストーリー
元々愛の映画、それもレズビアンを描いた映画だとは夢にも思っていなかった僕は、これはミステリーかサスペンス、いずれにしても謎解きの映画だろうと思って観ていた。
その一方で、こんな丁寧な描かれ方、特に絵を描く側と描かれる側のヒロイン二人の心理の格闘が繊細に描かれるのを見ていて、こんな絵の描かれ方をしていたら、この二人はきっと恋に落ちる、ただならぬ関係に陥るに違いない、などと二人の成り行きを心配していたのである。
何とズバリそれがテーマだったと知って、驚かされると同時に、やっぱりそういうことだったかと妙に得心がいった。
深い愛が芽生えるその一瞬に立ち会ったような気がしてならない、それが監督の狙いでもあったのだろう。
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丁寧に撮られた第一級の傑作
監督のセリーヌ・シアマの力量は大変なものだと思う。とにかく映像の美しさが絶品だ。動きもセリフも少ない静謐極まりない映画なのだが、何度か出てくるブルターニュの海の描写が素晴らしい。静かな海と荒れ狂う海。それがヒロイン二人の内面を反映しているようにも見える。実に美しい海だ。
絵の創作過程、タイトルになっている「燃える女」の情景など、息を飲む美しい映像と、登場人物たちのちょっとした表情の変化など、驚くほど丁寧に描かれた実に繊細な映画なのである。女流監督ならではの繊細さを感じてしまう。
長回しのカメラワークもかなり頻繁に出てきて、こんなに静かな映画なのに、ドキドキさせられる。
祭りで女性たちが歌う合唱曲が絶品
中盤の祭りのシーンに出てくる女性たちが手拍子をしながら歌う合唱曲が実に素晴らしい。これは一体誰の作品なんだろうと気になってならなかったが、この映画のために作曲されたオリジナルだという。
映画のエンディング・ロールでも再度流れるが、現代音楽と古典的な手法がミックスされた本格的な合唱曲で、合唱指揮者でもある僕は、思わず鳥肌が立ってしまった。この曲を聴くだけでもこの映画を観る価値があると言ってしまいたくなる程だ。
「女性の女性による女性のための映画」
この映画には2時間を通じて、登場人物は非常に少なく、主役の二人にメイド役の女性と屋敷の主である伯爵夫人の4人しか登場しないと言っても過言ではない。
ダブルヒロインとも呼べる激しい恋に落ちる2人の女性だけのシーンが延々と続き、それにメイドのソフィが絡み、ほぼ全編を通じてこの3人の女性しか出てこない。
映画の終盤になって「エッ!?この映画、遂に男は全く出てこないのか!?」とあっけにとられ始めたが、最後にホンの少しだけどうでもいい役で男性が出てくる。こんな徹底したほぼ女性しか出てこない映画は初めて観た。
キャストはそんな状態で、シナリオも監督も女性(同一人)。撮影も音楽も女性スタッフばかりで、しかもテーマは、ずばりレズビアン。この映画はまさに「女性の女性による女性のための映画」と言えそうだ。
そういえば、アレクシエーヴィチのあの「戦争は女の顔をしていない」も、ありとあらゆる意味からも女性が全面に出た「女性の女性による女性のための戦争証言集」だったが、こういう事象は時代の要請だろうか。
本当にジェンダー平等ということを身近に感じることが多い時代になった、と痛感させられている。
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ラストシーンの謎と感動(ネタバレ注意)
この映画は非常に落ち着いた静謐な映画。会話も少なく、僕のフランス語能力でもそれなりに聞き取れる程だ。
だが、終盤から急に動きが出てきて、最後の最後、ラストシーンに驚かされることになる。
このラストシーンが何とも謎めいていて、「どういうことなんだ?」とその真意を巡って少し議論があるようだが、僕にとっては、全く難解でも謎でもなく、その真意は痛いほどストレートに伝わってきた。
ここに来て、全ての伏線が見事に繋がったという快感もある。
このラストシーンがあるからこそ、この映画が稀有な名作になり得たと確信を持っている。
愛は崇高で感動的なものだが、一方で儚いものでもある。愛はいくらでも生まれるが、むしろそれが持続することの方がよっぽど難しい。
この映画では、愛の永続性が問われ、その愛の永続性の証に立ち会うことになる。
ヴィヴァルディの「四季」の「夏」が驚くほど効果的に使われていて、いやがおうにも緊張と感動を盛り上げる。
こんな恋愛映画は他にはなかったように思う。男女の普通の恋愛を描いたものの中にも。
本当に素晴らしいラストシーン。
僕は胸が詰まり、涙が止まらなくなった。
このラストシーンのインパクトは、あの映画史上最高のラストシーンと言われている「第三の男」にも匹敵するもの、と言っても決して言い過ぎではないと思う。
強烈で、しかも感動的だ。
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珠玉の愛の映画に心が震える
レズビアンの映画だとは知らずに観た僕だったが、この映画は非常に気に入った。感動した。こういうものを観せられると、愛には男とか女とか、性は関係なく、男同士でも女同士でもそんなことは全くどうでもいいこと、本当にそう思ってしまう。
ギンレイホールでは、この映画は評価が真っ二つに分かれたと聞いている。元々世界中で絶賛された映画であり、ギンレイホールのファンがこの映画の良さが分からないというのは少し悲しい。
ゲイやレズビアンの映画が大の苦手な僕でも、この映画には本当に感動させられた。
愛とは何なのか、しみじみと考えさせられる実にいい映画だったと思う。
愛が誕生するその瞬間にリアルタイムで立ち会う、そんな稀有な体験をさせてもらえる映画なのであった。そして誕生と同時にその永続性の目撃者にもなる。
心が震えた。
これは素晴らしい。男女を問わず一人でも多くの人に観ていただきたい。
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映像的にも非常に美しい映画なので、ここは是非ともブルーレイで鑑賞していただきたいところです。