目 次
久々の手塚治虫はお気に入りの「シュマリ」
手塚治虫作品を紹介するシリーズ「手塚治虫を語り尽くす」がしばらく空いてしまった。3カ月振りとなる。それに当たってはとっておきの大作を取り上げたい。
「シュマリ」である。これは僕の大のお気に入り作品。かなり長い。あの「アドルフに告ぐ」とほぼ同じ長さの力作だ。
僕はこのシリーズで、主に手塚治虫が長い低迷期から抜け出そうともがく中で、ビッグコミックに連載された一連の青年・大人向け作品を集中的に取り上げてきた。
「きりひと讃歌」「奇子」「ばるぼら」と3本紹介した後、中断してしまっていた。ビッグコミックへの連載は、「ばるぼら」の後も何本もあったのだ。
その「ばるぼら」に続いて発表されたのが「シュマリ」というわけだ。
スポンサーリンク
初めて読んだときから心を奪われた
ビッグコミックに連載された一連の青年・大人向け作品は、この世の悪と不条理、人間の暗く救い難い本質を、全く妥協することなく徹底的に抉り、描き出すところに特徴があった。「きりひと讃歌」も「奇子」もどうしようなく暗く、絶望に満ち溢れていた。「ばるぼら」だってそうだ。
だが、今回紹介の「シュマリ」にはそこまでの暗さや深い絶望はない。何か一つ吹っ切れた感があって、とにかく読んでいてめちゃくちゃおもしろく、興奮必至の一大大河ロマンとなっているのが嬉しい。
僕は「シュマリ」を何回も繰り返し読んでいるが、初めて読んだ時から非常に気に入って、深く感動したことが忘れられない。
今回、ブログを書くに当たってまた読み返したが、やっぱり途方もなくおもしろく、感動は少しも衰えることはなかった。
やっぱり手塚治虫はつくづく天才だなと痛感させられた次第。
「シュマリ」の基本情報
「ばるぼら」に続いてのビッグコミックへの連載。
期間は1974年6月10日~76年4月25日。約2年弱の連載だ。手塚治虫は46歳から48歳にかけてだった。
手塚治虫の「長い冬の時代」はもう終わりを告げており、復活の狼煙を上げたあの「ブラック・ジャック」の連載は、既に始まっていた。
「ブラック・ジャック」の連載開始は「シュマリ」の連載に先立つ1973年11月19日のこと。
ということは、この「シュマリ」は「ブラック・ジャック」連載開始のちょうど半年後からスタートしたことになる。正に手塚治虫が復活を遂げた真っただ中に連載が開始されたわけだ。最も脂の乗り切った最盛期に書かれた作品なのである。
「ばるぼら」終了直後に「シュマリ」連載開始
この「シュマリ」を紹介しても、やっぱり手塚治虫の桁外れの能力と才能について語ることになってしまう。
あの傑作「ばるぼら」の連載が終了したのは1973年の5月25日。そして次の「シュマリ」の連載開始は、2週間後の6月10日からだった。
毎度も話題にしてきたが、ビッグコミック誌は週刊ではなく、隔週刊。つまり2週間に1回の発行だ。
ということは、手塚治虫は「ばるぼら」が終了した後、1回も休むことなく、その次の号から「シュマリ」の連載を開始したことになる。
長期連載物が終了したら、しばらくはゆっくり休みながら、次の作品の構想を練る。それが普通だ。それなのに手塚治虫は、前作の連載が終わるなり、そのまま一回も休まずに新連載をスタートさせる。
「ばるぼら」も「シュマリ」も手塚治虫の完全なオリジナルストーリー。こんな離れ業をどうやったら実現できるのだろうか?本当に信じられない。
「ブラック・ジャック」「三つ目がとおる」と同時連載
それだけではない。「シュマリ」は手塚治虫が完全復活を果たした「ブラック・ジャック」と同時に連載されていたことは前述のとおりだが、手塚治虫にはこの時代、「ブラック・ジャック」に勝るとも劣らない人気を博し、読者を夢中にさせたもう一本の大長編が連載されていた。あの「三つ目がとおる」である。
あの頃の学生は少年チャンピオンに連載中の「ブラック・ジャック」と少年マガジンに連載中の「三つ目がとおる」、この手塚治虫の2作品に熱を上げ、夢中になって毎週毎週、首を長くして雑誌の発行を待っていたものだ。
この驚嘆すべき2作品と同時に連載されていた「シュマリ」が、おもしろくないはずがない。それにしても手塚治虫は何という人だろうか。
スポンサーリンク
どんなストーリーなのか?
舞台はまだ全くの未開地であった明治初期の北海道。
戊辰戦争の最後を飾る函館での五稜郭の戦いが終わった直後の未開の北海道まで仇を求めてやってきた主人公のシュマリ。
シュマリという名はアイヌに付けてもらったもので、彼はアイヌではない。東京(江戸)に住んでいた旗本だ。
超人的な剣の使い手であるシュマリは、妻が駆け落ちした相手の男を追いかけて、北海道までやって来た。目的は二人を探し出して、男を斬り殺し、妻を取り戻すこと。
何故、妻はシュマリの元を去ったのか?
シュマリは男を見つけ出し、妻を取り戻すことができるのか?
曲がったことが大嫌いな熱血漢のシュマリは、アイヌとは交流を続けながらも、行く先々でトラブルに巻き込まれ、アイヌを守るためやむなく包帯を巻いて封印している凄腕の右手を使って、悪漢どもを次々に斬ってしまう。
未開の北海道の大地で繰り広げられる壮大なスケールの逃避行と捜索。愛憎に満ちた空前の一大アクション巨編である。
時代にあらがい続けた男の生き様に圧倒される
シュマリは典型的なラスト・サムライ。新しい時代、文明開花に付いていけない時代に取り残された男である。
だが、そんな頑固で融通の利かない時代錯誤の野生児とでも呼ぶべきサムライが、何とも魅力的なのだ。僕はシュマリが大好きでたまらない。
手塚治虫の作品の中には心を奪われる魅力的なキャラクターが無数にいるが、シュマリはあのブラック・ジャック=間黒男に匹敵する最高のキャラクターの一人ではないだろうか。
ブラック・ジャックほど孤高でもなく、屈折した暗い過去を秘めているわけでもないのがいい。
男が惚れる男。シュマリを取り巻く人間の中に特別な過去を秘めた「人斬り十兵衛」と呼ばれる、これまた魅力的な男が出てくるのだが、その十兵衛がシュマリにすっかり惚れ込んで、命懸けでズッと行動を共にするのは、実に良く理解できるのだ。
時代にあらがい続けた傑物と呼ぶべきシュマリの、頑固ながらも無骨に筋を通した生き様に圧倒される。
自然の猛威に立ち向かう不屈の魂
どうしようもない頑固者でありながら、一度決めたことはどんな困難があっても決して諦めず、初心を貫き通す姿に惚れ惚れさせられる。
ここに描かれるのは言語に尽くし難い自然の猛威と過酷な環境。そんな中、酷寒に耐え抜き、開墾困難な痩せた原野に牧場を作ろうと苦闘する男の物語。
その不屈の魂に脱帽するしかない。
スポンサーリンク
魅力的なキャラクターが続々と登場
主人公のシュマリを筆頭に、登場人物は驚くほど魅力的なキャラクターばかり。シュマリと行動を共にする十兵衛の魅力はもう別格であり、その正体を知った時には思わず感無量、涙が込み上げてくる。アッと驚く実在の人物で、これは感動必至だ。
シュマリを捨てて別の男に走った妻の妙の苦悩も、良く伝わってくる。
北海道に自らの王国を築こうと、シュマリと確執を繰り広げる野心家の太財一族も、憎々しくも、独自の魅力を放つ。シュマリに惚れ込んだ負けん気の強い娘の峯が特にいい。その複雑な女心と言うか、屈折した感情に胸打たれる。
「シュマリ」では、手塚治虫が描き出す大人の女たちの屈折した感情表現と行動が大きな注目点だ。
北海道の大地への憧れとアイヌへのリスペクト
この物語の真の主人公は北海道の大地そのものかもしれない。いかにも北海道というスケールの大きな絵が印象に残るのだが、何と手塚治虫は、ほとんど北海道のことは知らないのだという。全てが想像の中で描かれたようだが、それにしては生々しくリアルだ。正に北海道の原風景である。
そして終始一貫してアイヌへのリスペクトに貫かれているのが、何より嬉しい。
実はこのシュマリ。当初はアイヌと内地人の混血の青年という設定だった。アイヌを主人公とした一大ロマンを考えていたようだが、アイヌの団体からも様々な指摘や忠告があり、とても中途半端なものは描けないと断念し、どたん場で設定を大幅に変更したという。
手塚治虫は当初の計画が果たされず、不満を抱えていたようで、「あとがき」に次のようにはっきりと書いている。
「で、結局完成した作品がこれです。シュマリはたいへんあいまいな性格の、ぼく自身乗らないヒーローになりました」と。
手塚治虫自身の言葉は重いが、書かれた作品は作者の思いを離れて、力強く独り歩きをしている。僕はハッキリと断言する。
だが、こうして作られた「シュマリ」は十分に魅力的だ。
スポンサーリンク
めちゃくちゃおもしろく興奮必至
本当にこのシュマリ、めちゃくちゃおもしろいのだ。読んでいて血が騒ぎ、胸躍る最高のエンタテイメントと断言したい。
この読みだしたら止まらない波乱万丈のおもしろさは、ストーリーテラーとしての手塚治虫の真骨頂。これはもう黙ってこの世界に身を投じるしかない。
あのビッグコミックでの連載である。ここには「きりひと讃歌」や「奇子」に通じる暗さや、人間の本質への絶望、社会に対する激しい怒りや不満ももちろん色濃く漂っているが、この2作に比べれば、手塚治虫自身の深い絶望や怒りが吹っ切れたのか、本当にそれほど深刻ではない。
「シュマリ」は、手塚治虫自身の長い苦闘の果てにたどり着いた達観を元に、ある意味で娯楽に徹していて、徹頭徹尾楽しく読めてしまう。それがたまらない魅力となっている。
ひたすら貫き通した不器用な愛の物語でもある
この血騒ぎ、胸躍るアクション大作は、実はシュマリのひたすらな愛、その愚直なまでの不器用な愛の物語でもある。
妙への思いを引っ張り過ぎだとか、サムライなのに未練がましいとか、シュマリが貫いた愛には色々と批判もできそうだが、いつも単純な一目惚れから始まる手塚治虫のモノトーン的な恋愛描写より、僕はよっぽどこっちの方が好きだ。
頑固な男の愚直な愛。それに振り回される愛され続けた女と、その「身代わり」となって苦悩し、それでもまた愛さずにはいられなかったもう一人の女の、数十年に及ぶ愛憎劇には、やっぱり深い感銘を受ける。
愛あり、激しい殺陣やアクションあり、壮絶な戦いあり、自然災害あり、熱い男同士の絆あり、アイヌ問題あり、権力闘争あり、労働問題あり、更に富国強兵への問題意識ありと、あまりにも欲張り過ぎて、詰め込み過ぎた作品なのかもしれない。
前述のとおり手塚治虫自身はこの作品に不満を持っていたようだが、どうしてどうして、ファンは多い。
あの夢枕獏が手塚治虫のベストスリーのうちの一作だと解説の中で書いている。
僕もベストテンからははみ出してしまいそうだが、「シュマリ」は本当に好きだ。
どうかこの手塚治虫が最も脂の乗り切った時期に書かれためちゃくちゃおもしろい大作を楽しんでほしい。
☟ 興味を持たれた方は、是非ともこちらからご購入ください。
文庫本は2種類(それぞれ上下2巻)。電子書籍でも読めます。
角川文庫:1,034円(税込)×2
講談社手塚治虫文庫全集:1,045円(税込)×2 いずれも送料無料。
【電子書籍】
手塚プロダクション版:330円(税込)×4巻
講談社版:880円(税込)×2巻
シュマリ 手塚治虫文庫全集(1)【電子書籍】[ 手塚治虫 ]
シュマリ 手塚治虫文庫全集(2)【電子書籍】[ 手塚治虫 ]
スポンサーリンク