手塚治虫渾身の傑作SF 

手塚治虫のどちらかというと隠れた名作、傑作を紹介してきたが、大切な作品が後回しになっていたので、遅ればせながら今回取り上げたい。「鳥人大系」である。

これは手塚治虫の熱心なファンならば、当然良く知っているSFの大傑作だ。漫画の名作というよりも本書はあの福島正実が主宰していた有名なSF専門誌の「SFマガジン」に連載されていたことが大きい。正に世のSFファンを唸らせた力作だったのだ。

手塚治虫自身も本書の「あとがき」に、「たった7ページの仕事でも、掲載誌がマニア向けなだけこっちの情勢も大変で、ずいぶんしめきりをおくらせました」と書いている。

描き続けるのに相当に苦労した手塚治虫渾身のSF大作と言っていいだろう。

講談社の手塚治虫漫画全集の「鳥人大系」。現在では手に入らない。
講談社の手塚治虫漫画全集の「鳥人大系」。こちらは現在では手に入らない。後にこれが文庫化されたが、現在はそちらも絶版。あり得ないスキャンダル!辛うじて電子書籍では入手できる。

エピソードの連作形式で超人類の歴史を描く

内容の素晴らしさはいうまでもないが、この作品は少し全体の構成が変わっている。そこがこの作品の最大の特徴と言っていい。

手塚治虫自身が「あとがき」の中で、『ブラッドベリの「火星年代記」と、シマックの「都市」の、ご多分にもれず、かなり熱烈な愛好者でした。漫画でひとつ、あのようなエピソードの連作形式で、超人類の歴史をえがきたいと思っていた』と言っているが、これがまさに本書の魅力。

手塚治虫自身が明確に言い放つ「超人類の歴史をえがきたい」との思い。手塚治虫が堂々とこう言うからには相当な力作であることが想像できる。

その「超人類の歴史」については、後でゆっくりと触れることとして、先ず最初に触れなければならないことは、その物語を伝えるに当たっての表現方式である。全体の構成だ。

一つひとつのエピソードは繋がっておらず、それぞれが独立したエピソードとなっているのに、全体として物語は大きく前に進んでいるというユニークな構造になっている。

その個々のエピソードがそれぞれにめちゃくちゃおもしろく、それだけでゆうに一本の長編漫画が書けそうな物ばかりなのである。

しかも機械的にそれぞれのエピソードが常に同じ長さというわけでもなく、長短バラバラ、舞台背景もアメリカとヨーロッパが中心としながらも日本もあると言った具合に、極めて千差万別。これがいかにも手塚治虫の天才たる所以か。とにかく非常にバラエティに富んでいる。

僕はどのエピソードを読んでも非常に印象に残り、読んだ後に尾を引いて困った。

実に贅沢な濃厚な作り。

これは手塚治虫の代表作の一本に数えていいものもっと高く評価されて然るべきものだ。

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「鳥人大系」の基本情報

掲載雑誌は上述のとおり「SFマガジン」。「SFマガジン」といえば隔月刊となったとはいうものの今日でもまだ発行され続けている早川書房の伝説的なSF専門誌である。

最初に世に出たのが1960年の2月。もうかれこれ60年以上に渡って出版され続けているお化けのような存在だ。初代編集長の福島正実は良く知られた存在だ。

「鳥人大系」はそんな雑誌に1971年3月から1975年2月までの何と丸4年間の長期に渡って連載され続けた。

「SFマガジン」は連載当時は月刊誌であった。後の著名な少年漫画誌のような週刊ではなく月刊。

大都社から出版されていた「鳥人大系」の大判サイズの写真
大都社から出版されていた「鳥人大系」の大判サイズ。

2巻が1冊に収められている貴重な本。この厚みが嬉しい。もちろん現在は入手不可能。

月に7頁ずつで長編完成までに4年間

何度も引用させてもらっている「あとがき」で、手塚治虫自身も「一か月分がトビラを入れてたったの7ページですから、一冊分たまるまで、なんと蟻の歩みのように遅々たるものでした」。

この後に、先述の「たった7ページの仕事でも、掲載誌がマニア向けなだけこっちの情勢も大変で、ずいぶんしめきりをおくらせた云々と続くのである。

という次第で、講談社の手塚治虫漫画全集にして上下2巻にまとまるまでに丸4年間もかかったというわけだ。1編の作品の連載が丸4年間かかったというのは、一部の大長編を除いて手塚治虫としては極めて異例なことだ。

連載中の4年間は手塚にとって大激動期

ちなみに連載が始まった1971年3月は、あの「人間昆虫記」を書き終えた直後である。他にも僕がこのブログの「手塚治虫を語り尽くす」シリーズで取り上げた作品との関係でいうと、「火の鳥」は「未来編」「鳳凰編」も発表済みであり、「アポロのうた」「ボンバ!」はもちろん短編集の「空気の底」「ザ・クレーター」も連載が終了している。

あの名作「きりひと讃歌」は終盤にさしかかり(1971年11月で完)、「アラバスター」はほぼ同時に連載されていた。

いずれにしてもこの頃の手塚治虫は黒手塚の真っ最中で、暗く絶望的な作品ばかりを連発していた不遇の時代(「冬の時代」)であった。

一方で連載が終了した1975年2月は、非常に長かった「冬の時代」が終わって大復活を遂げた後である。あの復活の狼煙である「ブラックジャック」の少年チャンピオンへの連載は1973年11月からスタートしている。

「鳥人大系」連載の4年間は手塚治虫にとって非常に劇的な時期だった。正に大激動期。

この連載の間に手塚治虫は遂に華々しい復活を遂げているのである。

逆に言えば手塚治虫の最も脂の乗っていた最盛期と言ってもいい重要な4年間に、ずっと連載されていたわけである。

正に渾身の一作になったのは、そんな背景があることを忘れてはならないポイントだろう。

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どんなストーリーなのか

冒頭で書いたように一つの繋がったストーリーが展開されるわけではない。

個別のエピソードが前後の脈絡と関係なく続きながらも、全体として大きなストーリーが語られていく。 

その大きなストーリーとは、ヒッチコックの「鳥」のように、ある日、鳥が人を襲ってくるという衝撃の幕開けから始まる。

「鳥」が何かを食べたことで、知的に発達し、一方で文化が爛熟する中で生命力を失いつつあった人類は、鳥たちに襲われて衰退していく。

鳥は、鳥人として人類を支配。遂に人類は滅亡し、生き残ったi一部の者たちも鳥に飼育される家畜や奴隷となってしまう。

人類に変わって地球の支配者になった鳥人たちは、やがて肉食系と草食系とに分かれて権力闘争に明け暮れるようになり、奇しくも人類と同じ歴史をなぞるようになって、遂に・・・。

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それぞれのエピソードの濃密さが秀逸

全体は19のエピソードから構成されている。基本的には7ページで1つのエピソードが語られ、最初のうちは7ページペースが守られていくが、やがて随分長いエピソードも出てきて、結果的には長短バラバラ。それが却ってこの作品をかけがえのないものにしている。

7ページの短いエピソードの一方で、50ページを超えるエピソードもあって、天才ならではの変幻自在

短いエピソードにも強烈なインパクトを受けるものも多いが、長いエピソードはいずれも力作揃い。

それだけで大長編となりそうな濃密なストーリーが多い

それぞれのエピソードは次のエピソードには全く引き継がれることなく、登場人物も登場鳥人も、エピソード毎に完結する。

それでいて、大きなストーリーは底辺で繋がったいるあたり、本当に見事な語り口だ。

手塚治虫の他の長編で、この手法が取られなかったことが不思議ないくらい、この手法には魅力を感じる。

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手塚治虫の世界観が縦横無尽に繰り広げられる

「鳥人」は「超人」に通じることは言うまでもないだろう。

しかも「鳥」だ。手塚治虫にとって「鳥」は「火の鳥」に代表されるように最も重要な生命体とも言える存在。

その鳥を描くに、人類に成り代わって地球の支配者となる鳥に対して、それなりのリスペクトを伴いながらもかなり辛辣ではある。

鳥も人間を真似してしまう皮肉

手塚治虫が大切にしているその「鳥」が結局、「超人類」には成り切れないばかりか、むしろ愚かな人間と同じ道を辿ってしまう。

行き詰って滅亡してしまった人類と同じ歴史を辿るというシニカルな展開だ。

鳥人は超人にはなり得なかったという鳥人たちの歴史が語られるのだが、人類に変わって地球の支配者となった鳥が、結局は人類の歴史を繰り返すという皮肉は、もちろん人類への不信がなければ描けるものではない

そもそも情け容赦ない人間観が大前提

手塚治虫の哲学の前提として、人類への不信、人間に対する深い不信と絶望がある。

だからこそ、一旦は鳥たちによって人類は滅亡してしまう。ところが、勝った鳥たちは滅したはずの人類たちの呪縛を受けたかのように人類と同じ歴史を辿り始める

これは、つまり人類が二度否定されるだけではなく、生きとし生けるものの宿命はどうしてもこうなってしまうという、手塚治虫の生命体そのものに対する絶望的な世界観があるのかもしれない。

かなり残酷でシニカル

各エピソードはかなり残酷でシニカルなものが多い。人類のダメさ加減と鳥人たちのダメさ加減、それを描くに妥協はない。全く容赦ない。その冷徹さには驚かされるばかりだ。

救いのない絶望的なエピソードも多く、これはやっぱり黒手塚、手塚ノワールの一作」と言って間違いない作品だ。

鳥人社会で生き延びた人間が辿る悲惨

「鳥人大系」の中では、既に滅んでしまったはずの人類が、かつての支配者の生き残りとして鳥人たちの家畜や奴隷として描かれるエピソードが何編かあって、それがいずれも大変な問題作というか傑作が多い。

どうしてもその人間たちにエールを送りたくなってしまうのだが、さすがに鳥人たちよりも高度な知恵を駆使しながら、鳥人たちを追い込むと見せて、そうは楽観的な展開を見せてくれない

この辺りが手塚治虫の作家としてのすごい点だ。人類はダメなので鳥にとって変わられた。それだけに生き残った人類に向けられた目も、相当に厳しい。

強烈なエピソードが続出し、いつまでも脳裏から離れられなくなる。

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火の鳥「未来編」に通じる渾身の問題作

ここで想い出されるのが手塚治虫のライフワークであるあの「火の鳥」だ。

その中でも屈指の名作である「未来編」には良く似たエピソードが出て来る。

火の鳥「未来編」のワイド版。素晴らしい1冊。一家に一冊。家宝です。
「未来編」の復刻オリジナル版。これは今ではもう手に入らない。

 

核戦争によって滅んだ人類。地球上の全ての生命体が死滅し、地球はかつての数十億年前の歴史をゼロから繰り返すことになる。

やがて海の中に生命体が出現し、我々がよく知っている地球と生命体の歴史が繰り返されることになるのだが、途中でその歴史が異なる進化を遂げてナメクジが地球を支配し、高度なナメクジ文化を築き上げる。

そして人類と同じレベルの文明を出現させるのだが、結局は滅んでしまう。

あの「未来編」の話しと「鳥人大系」は瓜二つと言ってもいいだろう。

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無条件におもしろい大変な労作

これを読まないと手塚治虫を語れない。

「鳥人大系」は間違いなく手塚治虫の代表作と呼ばれるべき作品である。あの天才手塚治虫が1カ月にわずか7ページしか与えられずに、それでもレベルの高い読者を意識して、簡単には描けずにいつも締め切りを大幅に遅らせながらも4年間に渡って連載を続けた大変な労作だ。

手塚治虫の知恵とアイデア、哲学と思想の全てが込められた名作である。

知らなかった方、読んだことのない方は、是非ともこの機会に手に取ってほしい。改めて手塚治虫の才能に感嘆させられることになる。

そしてこれは無条件におもしろい超一級のエンタテインメントであることも忘れずに書いておく。

 

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☟ 興味を持たれた方は、どうかこちらからご購入ください。

何たるスキャンダル!この渾身の傑作が現在、紙では出ていない。講談社の手塚治虫文庫全集がこの「鳥人大系」が絶版となっている。

但し、辛うじて電子書籍では読めるので、ご安心してほしい。それにしても紙で読めないとは本当に嘆かわしい。

電子書籍は、いつものとおり2種類出ている。

1.講談社版 1巻 880円(税込)。


鳥人大系 手塚治虫文庫全集【電子書籍】[ 手塚治虫 ]

2.手塚プロダクション版 2巻 330円×2(税込)。


鳥人大系 1【電子書籍】[ 手塚治虫 ]


鳥人大系 2【電子書籍】[ 手塚治虫 ]

 

☟ 手塚治虫の「火の鳥」の「未来編」はこちら。

1,100円(税込)。送料無料。


火の鳥(2(未来編)) [ 手塚治虫 ]

◎ 文庫本はこちら。
 だが、できるだけ上の大判サイズで読んでほしい。値段も大差がないので、絶対に上記ワイド版を購入してもらうのがお勧めだ。迫力と迫真性がまるで違う。手塚治虫も漫画の文庫化を反対していたことは非常に有名な話し。

968円(税込)。送料無料。


火の鳥2 未来編 (角川文庫) [ 手塚 治虫 ]

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