「社会を変えるには」に深く感銘を受ける

小熊英二のことは以前からずっと気になっていた。大きな書店に行くと、小熊英二のやたらと分厚い、それでいて少し地味なハードカバーが陣取っているのがいつも気になるのである。何と言っても目を引くのは、「1968」という上下2巻の分厚い本。正確に記すと「1968【上】」「1968【下】」の2冊で、「若者たちの叛乱とその背景」というサブタイトルが付いている。

あの僕が乗り遅れた1968年の未曽有の学生運動を描いた2冊の分厚い本。本当に周囲を圧倒する異様に厚い本だ。

僕が妙に気になったのは、その肩書きの表記だった。これだけの分厚い2冊だと、本のタイトルに書かれた著者名に、○○大学教授とか何か肩書きなり社会的な立場がパッと見て分かるように表記されていると思うのだが、そんなものはどこにもない。ただ小熊英二とだけ書いてある。そしてOguma Eiji とだけ。

これが何だか妙に気になった。これだけの分厚い本を出版しながら、名前だけ表記していることに、ある意味で僕は強烈なメッセージとして受け止めた。こういう学術的な厚い研究書や専門書なら、大学教授の肩書などが付くのが普通なのに、どうして個人名だけなんだろうと。

言うまでもなく、小熊英二は慶應大学の教授である。だが、敢えてその肩書きは本の表紙などには出さずに、名前だけを表記する。潔いというか、自信というか。少なくとも僕はそこに、決して動じない忖度なしの強い意志を感じたのだ。

英語のイニシャルもOguma Eiji であって、Eiji Ogumaではない。こんな辺りにもご本人の拘りというか、意志を感じてしまうのだが、僕の考え過ぎだろうか。

元々学生運動の歴史にも興味を持っていた僕は、この本を購入して読めば良かったのだが、本当に厚いのである。
上巻だけでも軽く1,000ページを突破し、値段的にも7,500円近くもする本にうかつに手を出せない。こんなものを買い込んで、おもしろくなかったら、どうするんだ!?という心配もあった。

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ずっと気になっていた存在

こうして書店に行くといつも迷いながらも、他にも読まなければならない本、読みたい本が山のようにあって、避けてきた小熊英二なのであった。

でも、やはり気になって仕方がない。後ろ髪を引かれるというか、ずっと気になっていた。

一方で、数十年間に渡ってずっとフォローしてきた立花隆が亡くなってしまって、新刊が出ることはもうなくなった。半藤一利さんもほぼ同時期に亡くなってしまった。かなり読み込んできた佐藤優は、例のスターリン擁護の記述を読んで以来、袂を分かっていることもあり、現在、僕には夢中になって読み込む作家や著述家がいなかったのである。

僕が夢中になれる大きな作家、著述家を求めていたせいもあったのだろう。

分厚い本ばかりで薄い本がほとんどないという点は、困った作家(著作家)だと思いながらも、非常におこがましい話しではあるが、どうしても文章が長くなってしまう自分自身(笑)を顧みるに、小熊英二に多少の親近感を感じ、僕は小熊英二の本をいずれ読まなければならないな、とうすうす感じ始めていた。

そこで、色々と小熊英二の著作物を調べてみた。著書は実にたくさん出ていた。ところがいずれも「1968」同様に分厚なハードカバーばかりであることが判明。そんな中に、数冊だけ新書が出版されていたのだ。

まごうことなき名著

その中の1冊が、今回紹介する「社会を変えるには」だったのである。

新書と言っても実に分厚い新書。優に500ページを超える大作だった。それでも小熊英二の作品の中では短い方だということも分かり、読んでみることにした。

紹介した新書を立てて、斜めから撮影した写真
新書とは言っても、かなり分厚いことが良く分かるだろう。
紹介した本の表紙の写真
これが表紙の写真。隠れたベストセラーのようだ。

 

さすがに読み終えるには時間がかかった。だが、こうして読み終えた今、実に深い感銘を受けている

素晴らしい1冊、これはまごうことなき名著だと確信している。いいものを読ませてもらったと心から満足している。 

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「社会を変えるには」の基本情報

講談社現代新書の1冊。2012年8月20日第1刷発行。僕の購入した版は2021年6月21日発行の第10刷である。

新書とは言ってもあまり見かけない程の非常に分厚い本で、著者の「おわりに」も含めて、517ページもある。発行された翌年の2013年には「新書大賞」を受賞した評価の高い1冊である。

紹介した本を立てて、写した写真。かなり厚いことが分かる。
立てて撮影するとこんな感じである。相当に厚い。

 

「社会を変えるには」とは、かなり大胆なタイトルだと思う。どんなことが書かれているのだろうか?タイトルの如く、本当にこの社会を変えるにはどうしたらいいのか、ということを様々な角度から考察した非常に真面目な誠実な1冊である。

「はじめに」で著者の小熊英二はこう書いている。その中から一部を引用する。

「いまの社会を変えたい気持ちはある。政治家にまかせておけばいいとは思っていない。だけど政治にかかわっても変わらないと思うから参加しない。しかし一方で、デモがおきているのをみると、もしかしたらかわるのかもしれないとも思う。こういう気分であるということが、何となくうかがえます。
 この状況をどうとらえることができるでしょうか。社会は変わるのでしょうか。変えるにはどうしたらいいでしょうか。本書では、そういうことをお話しします。
 デモをやったら社会は変わるのでしょうか。
(中略)
 いま日本でおきていることがどういうことなのか。社会を変えるというのはどういうことなのか。歴史的、社会構造的、あるいは思想的に考えてみようというのが、本書の全体の趣旨です」

こんな具合である。

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本書の全体の構成

全体は7つの章から成っている。それに「はじめに」と「おわりに」が付いているという構成だ。

第1章 日本社会はいまどこにいるのか

第2章 社会運動の変遷

第3章 戦後日本の社会運動

第4章 民主主義とは

第5章 近代自由民主主義とその限界

第6章 異なるあり方への思索

第7章 社会を変えるには

これを見るとどのようなことが書かれているのか、おおよその見当がつくというものだ。

非常に興味深いタイトルが並んでいる。

紹介した本を立てて、斜めから撮影した写真
かなり分厚いボリューミーな新書である。

 

今の日本の社会の現状から入り、歴史を紐解き、そして民主主義の本質を考える。その民主主義が近代史においてどのような変遷をたどり、限界はどこにあったのかを探る。そしてその限界を突破するに当たって、新しい方策、新しい思想、新しい運動を考えていく必要がある。

そうやって、現状と歴史、あるべき姿などを総合的に捉えて、最後は、本書のタイトルになっている「社会を変えるには」どうしたらいいのだろうか、という最終結論というか、進むべき方向性について小熊英二の考えが提示されるという構成である。

これが500ページ超に渡って延々と繰り広げられる様は、圧巻と言うしかない。

小熊英二のこと

本書の扉に掲載されている小熊英二のプロフィールをそのまま転用させていただく。それが一番正確だろう。

1962年、東京生まれ。1987年東京大学農学部卒業。出版社勤務を経て、1998年、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了。現在、慶應義塾大学総合政策学部教授。

著書に『1968』『〈民主〉と〈愛国〉』『〈日本人〉の境界』『単一民族神話の起源』『増補改訂 日本という国』『私たちはいまどこにいるのか―小熊英二時評集』、共著に『「東北」再生』、編著に『辺境からはじまる―東京/東北論』など。

本書に記載されているのはそれだけだが、少し調べてみると、高校は都立立川高校で、名古屋大学理学部物理学科を中退し、その後、東大の農学部を卒業。出版社というのは岩波書店のことで、雑誌『世界』編集部に在籍したが、営業に異動となったことを契機に休職し、上記東大の大学院に進学したとのことである。

文筆以外にも多彩な顔

小熊英二は一言で言うと、社会学者となるようだ。専門としているのは歴史社会学とされている。

この人はかなりユニークな人物で、プライベートではギタリストということである。

Quikion(キキオン)というバンドを3人で組んでいて、小熊はギターとブズーキを担当しているという。インディーズ・アルバムを6枚ほど出しているというから驚きだ。

そして、小熊は本書の中でも触れられているのだが、実際に自ら積極的に様々なデモに参加しており、この世界ではかなり知られた存在のようだ。2011年に原発廃止運動のデモが国会周辺で高まった際には、その記録の重要性を唱えて、自ら監督を務めたドキュメンタリー映画「首相官邸の前で」を作製している。

お堅い学者のイメージが強いのだが、実際の小熊英二は「行動する人」のようであり、中々多彩なユニークな人物のようだ。その点でも興味が尽きない。

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本書の文章は非常に読みやすい

一読して僕が痛切に感じたのは、この本はとにかくめちゃくちゃ読みやすい本だということだった。書かれていることは決して平易なことではなく、かなり論理的で堅苦しい内容も多いのだが、不思議な位に読みやすい。

また、書いてある内容はほとんどが納得できることばかりで、小熊の論理展開には何の無理もこじ付けもなく、なるほどと思いながら、スラスラと読めてしまう。

先ずは、小熊英二の文章が読みやすく、分かりやすいということに尽きる。

全体は非常に丁寧な「です、ます」調で貫かれ、初心者にも、中学生や高校生などの若い人にも十分に理解できるように、いわば敷居をかなり低くして、丁寧に書いていることが痛い程伝わってくる。

そこで思い出すのが、僕が夢中になっているあの立花隆だ。

立花隆の文章も、曖昧さを徹底的に排除した分かりやすさが真骨頂だった。立花隆は「難しいことを誰にも理解できるように分かりやすく書く」ということを常に心がけていたようだが、全く同じことを小熊英二の文章にも感じている。

これは実に貴重なことである。

難しいことを分かりやすく書く。難しいことを難しく書くことはやさしい。どうせ分からないだけだ。

難しい内容を、誰でも理解できるようにやさしく分かりやすく書くことが貴重なのである。もちろん内容が正確であることは絶対条件なのだが、そもそも小熊英二には、その点は問題ないと断言できそうだ。

読んでいて頭が良くなったように感じる

それだけに、小熊英二の本書の文章を読むと、読んでいて、自分の頭がすごく良くなったようにさえ感じてしまう。これはすごいことだ。

書いてあることが、非常に良く理解できるということである。

内容が難しくて理解できないということが、どこにもない。理解できないような難解なことは、どこにも書かれていない。

本当の理解の有無はともかく、読者にそう感じさせることは稀有なことではなかろうか。

曖昧さもなく、とにかく分かりやすく読みやすい。本当に貴重な一冊だ。

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民主主義の本質を探る

そもそも民主主義とは何なのか。代表を選ぶとはどういうことなのか。  

本書では、この民主主義の本質論に相当な文量が割かれている。

小熊英二は、古代の民主主義や「代表」の話しを展開し、今日我々が考える近代自由民主主義がどのように出てきたのか、近代の基本的な思想である理性、科学、政治学、経済学などの考え方を細かく検証し、それがどのように「代議制」の自由民主主義に結実していったのか、更に、それが現代ではどうして行き詰まってしまったのかを丁寧にじっくりと紐解いていくのである。

分かりやすい平易な言葉と文章を用いながら、それでいて解剖学的な精緻さで、それを一つひとつ分析していく様は、心地いいほど。

代議制の自由民主主義を活性化するための方策

行き詰った代議制の自由民主主義をなんとか活性化するために、どんなことができるのかという思想が、色々と紹介される。この部分はかなりレベルが高い。ドイツのハイゼンベルクの不確定性原理フッサールの現象学、構築主義などの解説が展開される。ここでも分かりやすさが身上だ。特にフッサールの現象学については、かなり分かりやすい具体例を用いながら初心者にも分かるようにかみ砕いて解説されている。

ブレアのブレーンだったギデンズの理論

かなりの文量を割いて、紹介、解説されるのが、イギリスの労働党のトニー・ブレアが首相だった当時のブレーンだったアンソニー・ギデンズの理論である。

これはかなり詳細に解説され、検証されるのだが、実に興味深いものだ。

そのエッセンスを少し紹介しておく。

ギデンズは伝統を重視する右派とも、社会主義や福祉国家を唱える左派とも異なる「第三の道」を提唱した。

ギデンズの考えでは、近代化には「単純な近代化」と「再帰的近代化」があり、「再帰的近代化」というのは、全てが再帰的になる、つまり作り作られる度合いが高まり、安定性をなくしていく近代化のかたちだという。ポスト工業化社会になっている現代は、もう単純な近代化の時代ではないとして、従来の左派と右派がどうして行き詰まるか、ギデンズの理論が展開される中で、「第三の道」が唱えられるわけだが、ここはかなり難しい部分ではる。

だが、その分、非常に興味深い部分でもあり、ここはどうか実際に読んでいただきたいところだ。

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社会を変えるには、何をしなければならないか

これらの様々な面からの分析と検証を踏まえ、最後に小熊英二から具体的な提案がなされる。

エンディングとして小熊英二は強調する。

『動くこと、活動すること、他人とともに「社会を作る」ことは、楽しいことです。すてきな社会や、すてきな家庭や、すてきな政治は、待っていても、とりかえても、現れません。自分で作るしかないのです』として、

『社会を変えるには、あなたが変わること。あなたが変わるには、あなたが動くこと』と締めくくる。

これが結論ではあるのだが、この結論だけ目にして、な~んだと言うなかれ!この結論だけを読めば、ある意味でありきたりで、分かり切ったことだということになりかねないが、ここに至るまでの小熊英二の論理展開と極めて多方面からの考察の過程こそが本書の肝である。

どうかこの非常に読みやすく分かりやすい小熊英二の文章を直接、実際に読んでいただき、現代社会にあって民主主義とは何なのか、それがどうして価値があるのか、価値があるような国民の意見や思いが政治に届き、反映される民主主義を貫くにはどうしたらいいのかを、この機会にじっくりと考えていただくことを切に希望する。

小熊英二に開眼。他の著作を次々と読み始める

今回の「社会を変えるには」を読んで、僕は小熊英二の魅力にすっかり夢中になってしまった。

非常に深い感銘を受けたので、これを契機に彼の分厚い大作を始め、何冊か新書も出ているので、これを端から読んでみようと決意を新たにしたところだ。新書とは言っても今回同様に分厚いものが多いのだが。

もしかしたら、立花隆の代わりになってくれるような期待させ抱かせる。立花隆ロスの穴を埋めてくれることは間違いなさそうだ。

このブログを読んでくださった皆さんも、先ずは今回紹介させてもらった「社会を変えるには」を読んでいただきたいと思う。
本書を読んで、小熊英二を知ってほしい。非常に役に立つ素晴らしい1冊だ。

 

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