目 次
「ポッペアの戴冠」のことは書き尽くしたが
前回の記事で、僕が愛して止まないモンテヴェルディの最高傑作「ポッペアの戴冠」のことは書き尽くした。文字数にして1万字を超えている。
モンテヴェルディと「ポッペアの戴冠」について知りたい、内容を確認したいという方は、前回の記事「 モンテヴェルディ「ポッペアの戴冠」~75歳のモンテヴェルディが作曲した最強・最高のオペラに震撼!~アーノンクール=ポネルの超名盤が格安にて再発売!」をお読みいただきたい。
今回は全世界で最近発売されたばかりの、ガーディナーによるモンテヴェルディ生誕450周年を記念して開催された「モンテヴェルディ・チクルス」の映像を紹介したい。
「ポッペアの戴冠」について、あれだけ長い記事を読んでいただいた直後だけに、記憶の鮮明なうちに同じ作品の別の演奏、しかも飛びっきり新しい最新映像をご覧になっていただきたいのである。
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「ポッペアの戴冠」のポイントおさらい
詳しくは前回の記事をお読みいただくとして、ここでは必要最低限のポイントをおさらいしておく。
「ポッペアの戴冠」は、バロック音楽を生み出した天才モンテヴェルディが死の前年75歳で作った最後のオペラである。
1742年に初演。大バッハが活躍する150年前、日本ではあの天草四郎の「島原の乱」の直後に作曲された作品である。
そんな今から約400年も前に作られた大昔のオペラなのだが、内容は史上有名な暴君ネロと情婦ポッペアの邪悪な恋を描き、邪魔者を排除して、ポッペアがネロの皇后に収まるという極めて現代的なもの。正義が滅びて悪が勝利するストーリーだ。
市民革命前の17世紀にあってこのような勧善懲悪ではない、人と社会の理不尽さと権力欲に取り憑かれた邪悪な愛欲を描いた極めて異例な問題作。
悪の勝利を描くこの未曾有の台本に天才モンテヴェルディが、75年の生涯で培った揺るぎない人間洞察と、自身の持てるありとあらゆる作曲技法を傾注して完成させた4時間近い大作。
音楽史上、最高のオペラの一本とされているが、この音楽に比肩できる作品はあの大バッハの最高傑作「マタイ受難曲」しかない、と僕は考えている。
この作品のどこがすごいのか
悪の勝利という妥協のない世界を、モンテヴェルディが持てる力の全てを注ぎ込んで完成させたこの畢生の大作は、音楽的には激しい不協和音と頻繁に登場する半音階進行、そしてライトモティーフなど200年後の革新作曲家ワーグナーが試みた様々な作曲技法が先取りされており、驚嘆する他はない。
それだけではなく、この作品は官能性を全面に打ち出した稀有な音楽だ。権力欲と打算に満ちた邪悪な愛欲を、これ以上考えられないエロス満載で描き切る。とんでもない官能的な音と演技を要求する問題作。エロスの極致と言ってもいい。
音楽でここまでいかがわしい男女の愛欲を赤裸々に描いていいのか?と思ってしまうレベル。
人間の本質を描くのに、何の妥協も忖度もしなかった芸術家としての信念と矜持を貫き通した前例のない作品だ。
17世紀に誕生した奇跡的な芸術と呼ぶしかない。それを作り上げたのは、75歳という当時は考えられない高齢者だった。
モンテヴェルディは音楽史上最高の天才で、人間離れした怪物としか思えない存在なのである。
ガーディナーの新譜はどうなのか?
「ポッペアの戴冠」とモンテヴェルディの素晴らしさを知ってもらうには、前回紹介のアーノンクール指揮、ポネル演出のDVDを観てもらうしかないのだが、つい先日、世界最高のモンテヴェルディ指揮者であるガーディナーの上演記録がブルーレイになって販売されたばかりなので、引き続き紹介させてもらう。
これはモンテヴェルディ生誕450年を祝して2017年にガーディナーが取り組んだモンテヴェルディのオペラ連続公演企画「Monteverdi450」の中の一作。
2017年4月から10月にかけて世界16都市を巡る演奏ツアーを行い、特にヴェネツィア、ベルリン、パリ、シカゴ、ニューヨークなど9都市ではモンテヴェルディの3つのオペラのツィクルスを上演するという快挙を成し遂げた。
このブルーレイに収められた映像は、そのツアーの一環としてモンテヴェルディのゆかりの地であるヴェネツィアのフェリーチェ歌劇場で上演された際の記録である。
この中の「オルフェオ」は、もう既に紹介している。
モンテヴェルディの世界最高の指揮者であるガーディナーは、モンテヴェルディのオペラ録音を以前にも残しているが、上演記録としてのライヴ映像は初めてのこと。このディスクは輸入盤なのだが、日本語字幕が付いている点が何とも嬉しい。
大変な人気を誇る「ポッペアの戴冠」だけに、現在僕の手元には前回も写真で紹介したように15種類の映像が揃っているが、これが最新映像だ。
ガーディナーが以前アルヒーフレーベルから出した「ポッペアの戴冠のCD」が世界中で大絶賛されただけに、今回のライヴ映像の出来栄えに期待がかかるが、果たしてどうだったのか?
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アーノンクールとポネルには及ばないが、名演!
結論的にはどうしたってアーノンクールとポネルには敵わない。遠く及ばないと言ってしまってもいい。
だが、だからガーディナーの最新映像がダメだというわけでは、決してない。
アーノンクールとポネル盤があまりにも素晴らしい空前絶後の演奏なのだ。
今回のガーディナーの最新盤は、特別に目を見張るすごいものではないが、手作り感と親しみ易さがあって、その演奏は聴くほどに魅力が増してくる。
目を奪う派手さはないが、モンテヴェルディの音楽そのものの魅力を、ありのままに引き出した非常に捨てがたい魅力に溢れていると評価したい。
手作り感と親近感に心が弾む
ヨーロッパでも屈指の歴史を誇るフェリーチェ歌劇場だが、今回の演奏で驚かされるのは、舞台の上で歌って演技をする歌手陣と、オーケストラと指揮者が同じ舞台に一緒に立つという斬新な演出が、こんな大きな有名なホールながらも手作り感と親近感が伝わってきて、非常に好感が持てる。
このようなオペラ上演は「演奏会形式」と呼ばれるが、今回のガーディナーの上演を演奏会形式と呼ぶべきなのか?
ちょっと違うような気がする。
演奏会形式でのオペラ上演というのは、舞台などの設定をせずに、普通のクラシックのコンサートのように、歌手はオーケストラの前に陣取って、演技を伴わずに歌だけを歌うというものだ。
それに比べると、今回のガーディナーの演奏は、一般のオペラ上演にかなり近い。舞台の設定こそないが、歌手はオペラの内容に相応しい衣装を身に着けて、ちゃんとアクションを伴った演技までしっかりとやっている。
舞台セットがなく、歌手たちは指揮者・オーケストラと同じ壇上で歌い、演技するのだが、これはこれでむしろ一つのオペラ上演の形ではないだろうか。却って新鮮な感じさえする。
まさにライヴ感覚満載と言うべきで、身構えることもなく、オペラの世界が非常に身近に感じられる。この魅力は捨て難い。
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モンテヴェルディのオペラは拍手で音楽が中断することがない
前回のアーノンクール=ポネル盤の紹介で、「ポッペアの戴冠」のことは全て語り尽くしたと書いたが、それはとんでもないことだった。肝心なことをいくつも書き漏らしていたことに気が付く。
今回の上演は3時間を優に超えるライヴ上演だが、オペラ上演に付き物の拍手は、全体を通じてただの一度もない。
オペラの上演では、長い聴かせどころの有名なアリアなどが歌われた後は、決まって盛大な拍手が起きるのが通例だ。
僕はオペラ上演の、この演奏途中で入る拍手が嫌でたまらない。
それを音楽が中断されるとして嫌い、オペラの大改革を成し遂げた作曲家こそが、あのリヒャルト・ワーグナーその人である。
オペラの誕生から大改革まで
オペラはモンテヴェルディが初めて作ったということは繰り返し書いてきた。
その最初にオペラという音楽様式を確立したモンテヴェルディが、オペラの可能性を究極まで推し進め、初めてオペラを創造した人物が、その後、誰も凌駕できない究極の傑作まで作ってしまった。それが他ならぬ「ポッペアの戴冠」なのである。
だが、そうは言っても、オペラはその後、様々な天才たちによって作曲され、数多の名作が世に誕生した。
モーツァルトがその頂点の一つを形成するが、他にもロッシーニ、ヴェルディなど天才的なオペラ作曲家が出現した。
19世紀にそんなオペラを究極の高みに引き上げ、大改革を推し進めたのがリヒャルト・ワーグナーだった。
聴かせ所のアリアがオペラをダメに?
モンテヴェルディ亡き後、オペラにはアリアという聴かせどころの歌が現れ、このアリアが歌い終わると会場の聴衆が盛んな拍手を送り、喝采するのが習わしとなった。
モンテヴェルディが生み出したオペラにはアリアも語り部分のレチタティーヴォもなく、両者は渾然一体となって、例の自由自在に変幻する音楽の源泉にもなっていたわけだ。だから、モンテヴェルディのオペラには曲中に拍手が起きることはあり得ない。
それなのに、その後は変わってしまって、オペラはショーの体裁を帯びていく。
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ワーグナーはモンテヴェルディにそっくり?
それを嫌ったのがワーグナーだった。ワーグナーはオペラの大改革を遂行した音楽史上の革命家なのである。
ワーグナーの楽劇にはアリアはない。そうすることで、拍手が起きることも回避できた。
もしかしたら、ワーグナーのオペラ改革はオペラを最初に作り出したモンテヴェルディの原点に帰ったに過ぎないのかもしれない。
逆に言えば、最初のオペラ作曲家モンテヴェルディは、200年後のオペラの課題と限界を、当初から認識していた可能性すらある。
ワーグナーは、モンテヴェルディに回帰した。ワーグナーが生み出した半音階進行やライトモティーフは、全てモンテヴェルディが初めから使っていた技法なのである。
今回のガーディナー盤を聴くと、そのあたりのモンテヴェルディの音楽が200年後のワーグナーの改革オペラに極めて近い世界であることを実感できる。
歌と語りを二分するのではなく、歌も語りも渾然一体となって、ドラマそのものを伝える。音楽はあくまでも伝えようとするドラマ、テーマの表現に貢献し、決してショーにはなっていないのだ。
正しくそれがモンテヴェルディの「語りの音楽」に他ならないとも言える。
最初にオペラを生み出した作曲家が、その後の大改革者の音楽まで予言していたという空恐ろしい事実に、僕はやっぱり震撼させられてしまう。
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歌手陣はどうなのか?
概して素晴らしい歌と演技を披露してくれて、満喫できる。
だが、皇帝ネロ(ネローネ)は、一目するなり韓国人だと分かる顔立ち(決して偏見ではない、念のため)で、調べると韓国出身のカウンターテナーと判明。カンミン・ジャスティン・キムという新進気鋭の期待の歌手だと分かった。
確かに歌は上手い。大したものである。歌も演技にも不満はないのだが、どこからどう見ても韓国人であり、到底ローマ皇帝には見えない。ここはやっぱりヨーロッパ人を起用して欲しかったと残念でならない。
もう一人、悲劇の皇后オクタヴィアはあまりにも貫禄十分の太めの歌手で、歌唱力は申し分ないが、ネロから追放される悲劇のヒロインとして涙を誘う要素が希薄だ。
ポッペアは風貌、歌唱力共に抜群なのだが、もう少しセクシーな衣装をまとえなかったものか。首元までしっかり詰まったドレスはいただけない。この点は正直言って大きな減点。
ドロドロの愛欲をどこまでも官能的に描くオペラなのだから、品行方正な衣装は困りものだ(笑)。
セネカはアーノンクール盤のマッティ・サルミネンがあまりにも凄すぎるので、割りを受けてしまうが、大いに健闘、悪くはない。
少し貶し過ぎてしまったかもしれない。愛してやまないモンテヴェルディとポッペアの戴冠。指揮は世界最高と言われるモンテヴェルディのスペシャリスト、ガーディナーによる渾身の演奏だとすれば、どうしたって評価のハードルは高くなってしまう。
立派な素晴らしい演奏であることは間違いない。アーノンクール=ポネル盤と二つをじっくりと味わっていただくのがベスト。
日本語字幕付きの映像は、この2種類しか世に存在しない。どうかご自身の目と耳で確かめてほしい。
モンテヴェルディと「ポッペアの戴冠」の素晴らしさを、この機会にどうか知っていただきたいものだ。
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