【第1楽章】からの続き
目 次
間宮芳生の合唱曲を狂ったように聴き漁る
その当時、間宮芳生の「合唱のためのコンポジション」は6曲作られていて、その全ての演奏が例の3枚組のLPボックスに収められていた。
間宮芳生が作曲した6曲全ての「合唱のためのコンポジション」を、好きなだけ自由に聴くことができたのだ。
このLPボックスは当時としてはものすごい快挙だったと思う。このレコーディングを敢行したビクターの大英断にはどんなに感謝しても感謝し切れない。
僕はこの3枚のLPレコードを連日のようにむさぼるように聴きまくった。
6曲の全てが日本の音素材を使って、間宮芳生が自由にデフォルメした前衛音楽だった。
6曲のそれぞれは、一曲一曲が独自の個性を誇っているが、一口で言えば、民謡やわらべ歌などの日本の伝統音楽を音素材に、それを徹底的にデフォルメし、想像を絶する独創性で合唱音楽として再構築したものである。
用いられる音素材は、民謡を基本に木やり、囃子言葉、わらべ歌など、日本の伝統音楽の全ての要素が包含されている。
だが、それはただ単に新規性を狙って斬新なアイデアで音楽界と合唱界に一泡吹かせてやろうといったものではなく、第一級の音楽性と芸術性に満ち溢れ、聴く者を虜にしてしまう未曾有の音楽だった。
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「コンポジション」の音楽の魅力の源は
特に感じたのは、こんなに斬新な手法を用いながらも、その作品はとてつもない歌心に溢れ、歌う合唱メンバーをワクワクドキドキさせて離さない、歌っていて非常に気持ちのいい音楽だったということだ。
合唱という音楽活動の原点、人と人との結びつきに関する最も重要な原点に立ち返らせ、歌う喜び、これは悦びと表記すべきだろうかーを満足させる、大変な快感に満ちた音楽体験となるような音楽だったのだ。
その音楽はどこまでも前衛で、歌詞もない破天荒なものだった。
ところが、実際に歌ってみると、なまじ歌詞のある邦人の合唱曲よりももっと生理的な感動に満ち溢れ、歌うものを夢中にさせ、虜にしてしまうのだった。
間宮芳生の「合唱のためのコンポジション」は、あんなに実験精神に満ちた前衛音楽だったのに、歌っていて無条件に楽しくワクワクする、そういう音楽だったことが重要だ。
作曲家の頭の中で理論的に考え出された研究の成果ではなく、あくまでも歌の原点に立ち返って、複数の人間が声を合わせて歌ったり、叫んだり、掛け声を出したり、狂騒したりする音楽だったのだ。
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第5番「鳥獣戯画」に圧倒されてしまう
最大の衝撃作にして、しかもめちゃくちゃおもしろかったのは、第5番の「鳥獣戯画」だった。
これには卒倒させられた。初めて聴いた時の衝撃は今も忘れられない。
こんな表現が許されるのか。これが音楽なのか。これが合唱曲なのか。これが「合唱のためのコンポジション」という芸術作品なのか。
ここにあるのは日本の古い仏教音楽とジャズと狂騒。表現のためには何の制限も設けないエネルギーのるつぼ。興奮のるつぼ。
笑い声、叫び声が頻繁に出てくる。
あの「鳥獣戯画」を音で表現しただけに、全編に繰り広げられるユーモア感覚には驚かされるばかりだ。
そして猥雑さ。楽譜には「もっと卑猥に」などという指定まである。
当時の田舎の高校生には、刺激が強過ぎた。
こんな音楽を作曲してしまった間宮芳生という日本人作曲家に畏敬の念を抱き、今日に至っている。
本当にすごい音楽だと思った。これをやってのけた間宮芳生を真の天才だと確信した。
繰り返しレコードを聴いて、聴く度に衝撃と興奮、そして戦慄を禁じ得なかった。
ちなみにこれだけの破天荒なとんでもない作品でありながら、この作品の評価は頗る高く、世界に誇るべき傑作、問題作にして至高の名作と大絶賛された。
更に驚くべきことは、日本中の多くの実力派の混声合唱団に刺激を与え、トップレベルにある多くの混声合唱団が、この曲に挑戦し始めたことだ。
日本のトップクラスのアマチュア合唱団の一度は挑むべき試金石となり、多くの合唱団がこの曲に挑んだ。
僕もライブで何度も聴いているし、CDもその後、かなり出た。僕の手元には現在、4種類の「鳥獣戯画」のCDがある。
そして岩城宏之が指揮した3枚組のLPレコードの演奏を含めると、音源としては5種類の演奏が手元にあることになる。
いずれもエネルギーとバイタリティ、ユーモアに満ち溢れた素晴らしい演奏ばかりだが、実は一番古い演奏の岩城宏之のLPの演奏が他を圧している。文句なしの最高の演奏。これを今日、聴くことができないことは何という損失だろう。
これは聴く人も演じる(歌うとは言いにくい)人も、どちらをも夢中にさせてしまう強烈なまでに危険な音楽だった。
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「合唱のためのコンポジション」の全体像
間宮芳生のライフワークとなり、最終的には第17番まで作曲された「合唱のためのコンポジション」は、間宮芳生の作曲人生を通じて作曲され続けた。
合唱界に衝撃を与え、僕もすっかりハマってしまった第1番「混声合唱のためのコンポジション」が作曲されたのが、1958年。昭和33年。間宮芳生は29歳だった。
全国の大学グリークラブで競うように演奏され、大ヒットした第3番「男声合唱のためのコンポジション」が作曲されたのが、第1番から5年後の1963年。昭和38年。
そして世界に衝撃を与えた最高傑作の第5番の「鳥獣戯画」は、1966年。昭和41年。
実は、僕が一番気に入っている男声合唱のための第6番は、「鳥獣戯画」から2年後の1968年、昭和43年のことだ。
最初の衝撃だった第1番の1958年から第6番の1968年まで、足かけ11年。
間宮芳生は約10年かけて一気に「コンポジション」シリーズ全6曲を世に送り出してきたわけだ。
そしてこの6曲が一挙に3枚組のLPボックスとしてビクターから刊行されたのである。
この3枚組LPボックスは明治百年記念芸術祭に参加しており、刊行はもちろん1968年。ということは第6番が作曲された年である。
今、振り返ってみるに、これは舌を巻いてしまうほど凄いことであった。
前衛音楽というか現代音楽に他ならない異端と言うべき合唱曲のシリーズがあって、それは一部では熱狂的に支持され、芸術性も非常に高く評価されていたが、第1番と第3番の2曲こそ、勇猛果敢な混声合唱団や大学グリークラブによって歌われていたが、一般の合唱団にとってはまだまだ雲の上の作品と言うか、悪く言えば訳の分からない実験作品とみなされていた時代である。
そんな時代に、立派な3枚組LPボックスが世に出たことに驚嘆せざるを得ない。
しかもこのLPボックスには信じられない程充実した解説書が付いていた。これは第一級の研究書と言ってもいい代物。
高度成長期の昭和という時代の凄まじいエネルギーと言うか、採算なんて取れっこない芸術への探求心の旺盛さに、畏敬の念を禁じ得ない。
ちなみに三善晃の「三つの抒情」と「嫁ぐ娘に」が作曲されたのは1962年である。この至高の名曲2曲が同じ年に作曲されたというのも驚くべきことだが、間宮芳生の「合唱のためのコンポジション」との関係で言うと、第3番が作曲された前年、第2番が作曲された年である。
この時代に日本で作曲された合唱曲のレベルの高さ、日本の合唱界に燦然と輝く金字塔が1958年~1963年頃に競い合うように立て続けに世に出たことは、偶然とは思えない。
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その後のコンポジション作曲
第6番を作曲し終え、同年全6曲を収めた立派なLPボックスまで刊行されたといって、ここで間宮芳生の「コンポジション」作曲が止まってしまったわけではない。
その後も着々と定期的に作曲され続け、また新たな金字塔としての第10番「オンゴー・オーニ」が世に出たのが、1981年。昭和56年。
その後も数年置きに作曲は続けられ、最後の第17番は2007年、平成19年のことである。間宮芳生は78歳だった。
つまり間宮芳生のライフワークである「合唱のためのコンポジション」は、1958年から2007年までちょうど50年間に渡って作曲され続け、全17曲が誕生した。
作曲者29歳から78歳までの50年間に及ぶ大プロジェクトであった。
古今東西の大作曲家の中にあっても、50年間に渡って同じジャンルの作品を作曲し続けた例を、僕は簡単には全く思いつかない。
77歳の天寿を全うしたハイドンは、交響曲を生涯に渡って106曲も作曲し、20歳代半ばから60歳代までの40年間に及んでいる。
新しいところではショスタコーヴィチだ。ショスタコーヴィチの交響曲は全部で15曲残っている。
第1番が1925年に作曲。最後の第15番の作曲は1971年なので、46年間の長きに及んでいる。
ショスタコーヴィチの交響曲が46年間に渡って作曲され続け、全部で15曲というのは、間宮芳生の50年間で17曲の「合唱によるコンポジション」とかなり似ている作曲状況である。
ちなみにショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲は、交響曲と同じ15曲あるのだが、第1番が1938年、第15番が1974年なので36年間ということになる。
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「コンポジション」全集のCD録音を熱望
今回の訃報が届く前から僕は間宮芳生の「合唱のためのコンポジション」全17曲の全集のレコーディングを熱望していた。
第6番が1968年に作曲された同年に、早くも全6曲のLP全集があれだけ立派な、解説書も研究書並みの充実度で刊行されたというのに、その後は「コンポジション」の全集化という動きは全くなかった。
そもそもこれだけCDが普及し、ありとあらゆるLPがCD化される時代になったというのに、あのLP3枚組の「コンポジション」はいつまで経ってもCDに復刻されることがなかった。
ビクターからは「日本の合唱曲全集」と銘打って、日本の代表的な合唱曲が続々とCD化されているが、間宮芳生の「合唱のためのコンポジション」がこのシリーズに欠かせないのはもちろんだが、全集の形にはならず、あくまでも1枚もののCDとして出ただけだった。
旧盤には3曲しか入っておらず、「さすがにこれは酷いな」と思っていたところ、新シリーズには5曲収録されたが、17曲の中の5曲どまり。
僕が強く願ったあの3枚組のLP全体がCDとして復刻されることは遂になかった。
新シリーズのCDに収録された5曲は、第1番、第3番、第4番「子供の領分」、第6番、第10番「オンゴー・オーニ」。
1・3・6、特に第6番が収められたことは評価したいが、シリーズを通じての最高傑作である第5番の「鳥獣戯画」と、実は大変な感動的な名曲である第2番が収められていない。
第2番は秘曲中の秘曲なので、無理だとしても、最高傑作の「鳥獣戯画」を外したことは見識を疑いたくなる。本当に残念だという以上に、怒りが収まらない。
僕は、かつて、あの3枚組LPボックスのCD復刻を、直々にビクターまで電話して訴えたことがある。
「どうしてあんな素晴らしいものをそっくりCDとして復刻してくれないんだ」と。
担当の方は、あのLPボックスの素晴らしさと間宮芳生の「合唱のためのコンポジション」の価値は認めてくれたが、もちろんそこで約束などしてくれないことは、こっちだって分かっている。
熱心なファンの存在を知ってもらいたかったのである。
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間宮芳生は日本のバルトーク
間宮芳生の音楽は、あのバルトークに最も近いと言っていいだろう。
ハンガリーの民謡や民族音楽を収集し、それを元にあの傑作群を作曲した20世紀を代表する大作曲家のバルトーク。
バルトークの最高傑作である不滅の6曲の弦楽四重奏曲を聴くと、彼がどのようにハンガリーの音素材を活用し、自らの作品に活かしていったのかが克明に分かるが、同じことを、間宮芳生は合唱のためのコンポジションで実践した。
日本の民謡、囃し言葉などの音素材を自由にデフォルメし、再構築した。
全くオリジナルの革新的な音楽が誕生すると共に、元々の音素材の魂、心はそのまま引き継がれている点が素晴らしい。
【第3楽章】に続く
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