遂に間宮芳生が亡くなってしまった

遂に、あの間宮芳生が亡くなってしまった。

今朝(2024.12.13)訃報を確認した。ショックを受けた。遂にこの日を迎えてしまったか、というのが正直な気持ちである。享年95歳という天寿全うされたのだが。

間宮芳生と言って、すぐにピンとくる人はそう多くはないだろう。日本が生んだ世界に誇る大作曲家である。

間宮芳生は、「まみやみちお」と読む。「みちお」と正確に読める人はクラシック音楽界、特に合唱界に席を置く人たちに限られてしまうかもしれない。

とはいっても、間宮芳生は著名なアニメ映画(「火垂るの墓」)や大河ドラマ(「竜馬がゆく」)の音楽も作曲していたので、一般的にもそれなりに知られた存在かもしれない。

先日の田中信昭に続く合唱界に大きな貢献をした巨人の相次ぐ訃報に、衝撃を受けると同時に、確実に一つの時代が終わりを告げたことを痛感させられ、胸が塞ぎ込む。

言葉に尽くし難い大貢献をした合唱指揮者と合唱曲に革命を起こした天才作曲家。この田中信昭と間宮芳生のお二人は合唱指揮者と作曲家として、非常に深く関わった同志でもあった。

間宮芳生が作曲した傑作群を田中信昭が初演し、繰り返し演奏し、レコーディングも行ってきたという関係である。

その2人が相次いで逝去。

田中信昭は96歳。今回の間宮芳生は95歳。お二人揃って天寿を全うした大往生には違いないが、本当に寂しくて、やりきれない。

間宮芳生を良く知らない人には、朝日新聞に掲載された訃報記事を読んでいただくことが、一番イマージしやすいと思う。先ずはここから始めさせてもらう。

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朝日新聞に掲載された訃報記事

タイトル 『間宮芳生さん死去 作曲家「火垂るの墓」 95歳』 

「日本古来の民謡や世界の民族音楽を取り入れた楽曲で知られる、作曲家の間宮芳生(まみや・みちお)さんが11日、肺炎で死去した。95歳だった。通夜は17日午後6時、葬儀は18日午前11時30分から東京都目黒区下目黒3の19の1の羅漢会館で。

北海道旭川市生まれ。独学で作曲を学び、東京音楽学校(現東京芸大)に進む。1953年に外山雄三、林光と3人で作曲家グループ「山羊の会」を結成。日本各地の囃子言葉を素材にした「合唱のためのコンポジション第1番」のほか、アフリカや北欧の音楽、前衛ジャズなども採り入れた多彩な楽曲を手がけた。

放送用オペラ「鳴神」(74年)は欧州のコンクール「ザルツブルグテレビオペラ賞」でグランプリになり、のちに市川團十郎の演出で舞台で上演された。09年、倉橋由美子の近未来小説が原則のオペラ「ポポイ」を書き、自らの指揮で上演。高畑勲監督の映画「火垂るの墓」や大河ドラマ「竜馬がゆく」など映画やテレビドラマの音楽も多く手がけた。95年に開館した静岡音楽館AOIの初代芸術監督。文筆家としても活躍し、朝日新聞で02年11月まで約30年間音楽評を執筆した。

間宮芳生の訃報を伝える朝日新聞の記事
間宮芳生の訃報を伝える朝日新聞の記事。例の松本の後輩が送ってきてくれたもの。僕は現在、新聞は購読していない。
間宮芳生の写真
間宮芳生の写真
間宮芳生の晩年の写真
間宮芳生の晩年の写真。

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17曲もある「合唱のためのコンポジション」

間宮芳生はとにかく「合唱のためのコンポジション」の人だ。僕にとってはもちろん、僕のような「合唱のためのコンポジション」を熱愛しているマニアに限らず、客観的に見ても間宮芳生の代表作は最終的には全部で第17番まで作曲された「合唱のためのコンポジション」シリーズにとどめをさすことは、間違いない。

全17曲にも及ぶ「合唱のためのコンポジション」は、あくまでも「合唱のための」なので、その合唱には混声合唱もあれば男声合唱もあり、女声合唱も児童合唱もあるというバラエティーに富んだラインナップとなる。

間宮芳生の合唱のためのコンポジション全17曲の一覧表
間宮芳生の「合唱のためのコンポジション」全17曲の一覧表。中々壮観である。

 

「合唱のためのコンポジション」はどんな曲なのか。

それを知ってもらうために、僕自身が高校時代に実際に体験した『間宮芳生の「合唱のためのコンポジション」との劇的な出会いと衝撃』から、書かせてもらう。

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高2で体験した間宮芳生の音楽の衝撃

それは高校2年のときだった。

どういう経緯で、あんなことになったのか、その理由は全く覚えていないのだが、高校生だった僕はある日、間宮芳生の「合唱のためのコンポジション第1番」、「混声合唱のためのコンポジション」のレコードを聴いたのだった。

3枚組のLPボックスの解説書からの写真
3枚組のLPボックスの解説書からの写真。6曲のコンポジションの全体像が良く分かる。
3枚組のLPボックスの解説書からの写真。6曲のコンポジションの録音の詳細データ
3枚組のLPボックスの解説書からの写真。6曲のコンポジションの録音の詳細データ。

3枚組のLPボックスを聴く

当時はもちろんLPレコードだ。CDが世に誕生するずっと前の話し。

高校の音楽室に置いてあったレコードコレクションの中に、3枚組の間宮芳生の「合唱のためのコンポジション」という立派なレコードがあったのだ。

その1枚目のLPの表面に針を下ろす。

「えっ?!何だこれは。一体全体これは何なんだろう?」という衝撃に我が耳を疑った。

自分が想像していた合唱曲とは、全く似ても似つかない訳の分からない音楽だった。

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「第1番」に釘付けになる

1曲目(第1楽章)は男声合唱で、冒頭から男たちの不協和音丸出しの叫び声とも唸り声ともつかぬ絞り出すような声が響き渡る。

これはどっからどう聴いても江戸の「木やり」そのものだった。こういうものを合唱曲というのだろうか?曲のタイトルは横文字で「コンポジション」というのに、流れてきた曲は、合唱曲とは到底考えられない男たちが声を朗々と響き渡らす伝統的な木やりだったのだ。

更に驚かされたのは2曲目(第2楽章)である。ここからは女性の声も加わって、混声となる。冒頭から衝撃的な音が流れてきた!

合唱のためのコンポジション第1番の第2楽章の冒頭部の楽譜の写真
合唱のためのコンポジション第1番の第2楽章の冒頭部分。
合唱のためのコンポジション第1番の第2楽章の楽譜の続き部分の写真
合唱のためのコンポジション第1番の第2楽章の続き。

 

「バン、バラン。バン、バラン。バラテレテレクデン、バラン」ときた。歌詞がなくてカタカナの意味不明な言葉。「ツァッ!ツァッ!」という音程のない擬制音まで飛び出してきた。

驚いて呆気に取られていると、次には歌詞はないのだが、聞き覚えのある何とも哀愁を帯びた子守歌のような優しいメロディが流れ出してきた。実に美しい。心が洗われる。

ところが、それも束の間、徐々に雰囲気が変わってきて、男性の地声による掛け声に続いて、今度は細かいリズムが次から次へと刺激的に飛び出してきて、やがてリズムの乱舞となる。

これはもう高校生に馴染みのある歌詞の付いたハモる合唱曲の姿は微塵もない現代音楽というか、前衛音楽だった。

それでいて、明らかに日本の音素材。歌ではなくて、音素材。擬音やわけの分からない言葉のオンパレードだった。

歌詞もないし、奇声に近い意味のない掛け声が頻繁に出てくる。

日本の伝統音楽というか民族音楽がベースになっているが、いわゆる民謡というわけでもない。

合唱のためのコンポジション第1番の第2楽章の楽譜の更なる続き部分の写真
合唱のためのコンポジション第1番の第2楽章の楽譜の更なる続き部分。音程のない掛け声の表記が当時は斬新だった。

 

3曲目(第3楽章)は、一聴して心を奪われてしまう哀愁と郷愁とノスタルジックに溢れた美しい子守歌がゆったりと流れてきた。

合唱のためのコンポジション第1番の第2楽章の最終ページと第3楽章の冒頭部分の楽譜の写真
合唱のためのコンポジション第1番の第2楽章の最終ページと第3楽章の冒頭部分の楽譜。

 

ところが、それも突然、曲想が変わって女声によるリズミカルなわらべうたとなる。キレがあっていかにもかわいらしい。最後には最初の心奪われる子守歌が戻ってくるという心憎さ。

4曲目(第4楽章)が、一番の衝撃だった。これはもうどこまでもエネルギーに満ち溢れた音と掛け声とリズムの狂乱だった。

だが、日本人だったら誰が聴いても身体の中の血が騒ぎだすような、日本人、いや人間の存在の原点に訴えかけるような圧倒的な音と声の洪水だった。

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間宮芳生の「コンポジション」の革命

民謡なら日本人の郷愁に訴えかける分かりやすいメロディがあって、もちろん歌詞が付いている。ところが、ここにはメロディはあることはあるのだが、素材として用いられているだけで、そのメロディが展開して行くわけではない。

剥き出しの生の人々の声と叫び。そんな感じがした。

脳天から楔を打ち込まれるような衝撃を受けた。完全に釘付けになった。

作曲者の間宮芳生が命名した「合唱のためのコンポジション」という意味が、少し腑に落ちる気もした。

これは常識的な意味での合唱曲ではなくて、新たに全く新しい発想によってオリジナルに生み出された前衛音楽、もっと言えば「実験音楽」だったのだ。そのタイトルが「合唱のためのコンポジション」、つまり合唱のための新たな作曲という宣言だったのだろう。

そもそも発声法が全く異なっていた。

ヨーロッパや日本の従来の合唱曲に求められてきた伝統的な発声とも無縁の新しい声が鳴り響いていた。

間宮芳生の天才に脱帽

合唱という概念で、こんな斬新な曲を作ることができる間宮芳生の天才に、脱帽するしかなかった。

それにしても当時高校2年生だった松本の田舎の高校生には、あまりにも奇妙奇天烈、世界をひっ切り返しかねない危険な音楽だったと、今になって思わなくもない。

衝撃を受けた直後から、意外なことに僕の心も感性も完全にこの全く新しい発想による合唱曲に夢中になってしまった

僕はこの音楽に完全に心を奪われた。繰り返し聴いているうちに、最初の衝撃はいつの間にか消え、むしろ僕はこの音楽の中毒になってしまう。そう。本当に中毒だった。

一度、その魅力に開眼してしまうと、一気にのめり込んでしまう。繰り返し聴き続け、この曲は僕にとって最も重要な愛してやまない合唱作品となっていく。

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「コンポジション第1番」初演の評判は

ちなみにこの「合唱のためのコンポジション」第1番「混声合唱のためのコンポジション」は、実験音楽と呼ぶべき前衛音楽だったわけだが、これが例の東京混声合唱団によって初演(著名指揮者の岩城宏之が指揮)されると、大変な話題となって、初演は大好評裏に終わったという。

前衛として一部で訝しく思われる一方で、「おもしろ過ぎる」と受けまくったそうだ。

それはそうだろう。全ての偏見と先入観を捨てて、素直にこの音楽に耳を傾ければ、おもしろいと感じて当然だ。日本人の血が騒いで収まらなくなるような音楽だったのだから。

僕も初演を聴いた多くの聴衆と同様に、最初は戸惑いながらも、直ぐにその作品の魅力に心を奪われ、夢中になってしまったというわけだ。 

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三善晃と間宮芳生を同時に体験した

ほぼ同じタイミングで僕は、三善晃の「嫁ぐ娘に」と「三つの抒情」にも心を奪われた。

間宮芳生との三善晃という、曲風が似ても似つかない全く真逆の合唱曲のどちらにもハマってしまった。

片や、最高に洗練された日本語の詩に付けられた美の頂点に位置するかのような繊細極まりない音楽。詩の高まりがそのままうねるように音楽として高揚して、心が打ち震えてしまう超絶的なハーモニーとなって聴く者の感性を刺激してやまない蕩けるような音楽。ヨーロッパ音楽の頂点を極めたようなひたすら美しい合唱曲

片や、歌詞もなくて囃子言葉と擬音とリズムだけで、聴く者を恍惚とさせてしまう圧倒的なバイタリティを誇りながらも、その一方で魂に染み入る哀感極まりない日本的な旋律が随所に現れ、日本人の心の琴線に響く音楽。

両者は全く別の方向に向かいながらも、合唱曲というものが持ち得た究極の美しさと感動の2つのピークを形成した。

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至福のひと時をもたらす最高の音楽体験

高校時代の僕は信州の松本の田舎で、それらに耽溺していた。来る日も来る日もこの2人の革命的な合唱曲を聴きまくり、心を奪われていた。

それが三善晃と間宮芳生だったのだ。この天才2人による全く異次元の新しい合唱曲を聴くことは、僕にとって最高の音楽体験となった。至福のひと時だった。

僕のその後の合唱に対する考え、音楽に対する考えが、すっかり変わってしまった。

あれから50年が経過した今になって、しみじみと思う。何と恵まれた合唱曲との出会いだったのかと

その後、世界に冠たる日本の合唱曲の頂点を築き続けたのはこの三善晃と間宮芳生の二人であったことを考えると、正直ビックリしてしまう。

三善晃と間宮芳生は日本が生んだ世界に誇る合唱界の神とも呼ぶべき異次元の存在である。

二人は奇しくも完全に同世代人。

残した合唱曲は全く異なるものだったが、共にその独自性と類を見ない美しさと表現力で、日本の合唱作品を未曽有の高みに押し上げた

僕はこの二人に高校時代に巡り合い、その音楽に日々耽溺し、その後50年間、ずっと変わらなかった。

少し誇らしげに言いたくなる。自分の耳の良さ、鑑賞眼の確かさは間違いなかったと。

話しを間宮芳生に戻そう。

 

【第2楽章】に続く

 

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先ずは、5曲が収められた合唱のためのコンポジションのCD。

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