今度はズバリ独裁者列伝だ

2021年から2022年にかけての年末年始に集中的に読み切った3冊の本の最後は、前回取り上げた「危ない読書」の佐藤優だ。

久々に佐藤優の新刊を読んで、悪書の紹介は非常に役に立ち、楽しめたことに気を良くして僕は、引き続きもう一冊、佐藤優を正月に読んだわけだ。それが「悪の処世術」というこれまた新刊の新書である。

内容はズバリ独裁者列伝。悪書紹介の「危ない読書」は、あくまでも本の紹介であり、その著者が独裁者であるケースも多かったのだが、今度はズバリ独裁者そのものの素顔と生き様に迫って、佐藤優が世紀の独裁者たちを斬る!

そんな本がおもしろくないわけがない。夢中になって一気に読んでしまった。

紹介した新書の表紙の写真
これが表紙の写真だ。お馴染みの指導者たち(独裁者たち)の写真が印象的だ。

佐藤優という「知の怪物」

佐藤優のことは、前回の「危ない読書」で書いたばかりなので、そちらをお読みいただきたいが、大切なポイントは、佐藤優がちょっとお目にかかれない大変な読書家であり、その類い稀な読書で身につけた知識と教養が並外れていること。

その上、この「知の巨人(怪物)」は、大変な文章力の持ち主で、しかも呆れ果てるほどに次から次へとノンフィクションや評論、自己啓発本の違いを書きまくっていることだ。そのエネルギーは常人の及ぶところではない。

これにはすごいと驚嘆するしかない。ちょっとクセが強いので、敬遠する向きも多いと思われるが、精読に値する貴重な作家である。変な偏見と先入観で佐藤優を経緯することは非常にもったいない。

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取り上げられた11人の独裁者

この本で取り上げられた独裁者は11人である。紹介されている順番どおりに列挙する。いずれも20世紀と今世紀の名だたる独裁者たちである。中々壮観だ。

第一章 ウラジーミル・プーチン ~「ロシアの皇帝」が貫く義理人情

第二章 習 近平 ~圧倒的な権力と恐怖支配

第三章 ドナルド・トランプ ~「下品力」を武器に大衆を味方に

第四章 金 正恩 ~先代とは異なる狡猾さと豪腕

第五章 バッシャール・アル・アサド ~”したたかな独裁者”のリアリズム

第六章 エンベル・ホッジャ ~アルバニアに君臨した”史上最強”の独裁者

第七章 アドルフ・ヒトラー ~誰も真似できない「ニヒリズム独裁」

第八章 毛 沢東 ~「神話」を生み出すプラグマティズム

第九章 ヨシフ・スターリン ~実直な職業革命家の「理想の世界」

第十章 カダフィ大佐 ~新しい国づくりと自滅の末路

第十一章 金 日成 ~「愛」を実践しようとした建国の父

紹介した新書の裏表紙の写真。帯に11人の独裁者名前が列挙されている
非常に分かりやすく簡潔にまとめられた解説。帯には紹介された11人の名前が列挙されている。

本書の全体の構成等

この本は、昨年(2021年)5月24日に発行され、僕の手元にあるものは7月27日に発行された第2刷である。前回の「危ない読書」より4カ月ほど早く出版されているが、まだ新しい本である。

紹介されている「独裁者」は全11人であるが、本書のページ数は284ページ。このページ数を11人で割れば1人当たりのページ数は直ぐに割り出せる。

但し、「はじめに」と目次も総ページ数に入っているので、多少前後はあるが、1人の独裁者については平均して約24ページを費やしていることになる。「危ない読書」の悪書1冊当たりの2倍近くの分量はあって、一人についてそれなりに詳しく紹介されている。本1冊の紹介と独裁者の素顔と生き様の全体像の紹介とが一緒の長さになるわけはない。

これでもまだ少なすぎる、短すぎると言わなければならないが、まあそれなりに重要な部分は伝わってくることが可能ではある。

ちなみに一人の独裁者に対する紹介ページ数は平均すると24ページになるが、本書では人によって長短の差があって、最後の金日成は13ページしかないが、スターリンには27ページが費やされている。

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本書を通じて佐藤優が訴えたいこと

数人のどうしても触れておきたい独裁者を除き、ここで個々の独裁者を取り上げるつもりはない。かなり有名な人物ばかりだし、それは本書を読んで、直接佐藤優の解説を楽しんでいただきたい。

ここでは、これらの独裁者の紹介を通じて佐藤優が言いたいこと、本書全体を通じて、訴えようとしている核心部分について触れておきたい。

「はじめに」から直接引用しておく。

「(前略)私たちの社会が繰り返し乗り越えようとして乗り越えられずにいる壁、民主主義システムの綻びが大きくなり始めた今、
20世紀の妖怪たちが息を吹き返そうとしている。独裁への誘惑が強まりつつあることに警戒が必要だ。

 独裁者の求心力は、個人から生まれるのではない。個人の求心力を都合よく利用する集団と、その求心力に巻き込まれてしまいたいと熱望する人々が、独裁者をつくり出すのである。

 誰もが自由を享受しながら等しく幸せになれる社会を、私たちはいまだに実現できていない。自由を貫けば社会不安のリスクが高まり格差が進む。平等を追求すれば、社会不安は軽減されるが自由は抑制される。自由と平等をいかに両立させることができるのか。

 名だたる独裁者たちの手腕をひもときながら、本書で繰り返したてた問いである。本書がその答えを見出す一助になれば幸いである」と結んでいる。

シリアのアサドのこと  

今回、最もおもしろく、役に立ったのがあのシリアの独裁者アサド大統領である。これを読んで、僕はアサドのことを何を知らなかったばかりか、シリアのことはその歴史的な背景などそれなりに知っているつもりであったが、細かいことはほとんど何も知らなかったと痛感させられ、いたく猛省を迫られた。

現在まだ56歳のバッシャール・アル・アサドは、2000年に前大統領であった父親ハーフィズ・アサドの死に伴って、その権力を引き継いだ。30代前半の若さであった。バッシャール・アル・アサドは父の後継者になるつもりはなく、ダマスカスの大学の医学部を卒業後、イギリスで眼科医として働いていた。父の後を継ぐはずだった兄が急死したため、急遽大統領の後継者とならざるを得ず、シリアに戻ったのである。

アサド自身は進歩的な教育を受け、西側的価値観の中で生きる青年だった。ところが、結局は父と同じように血塗られた強権的な支配をしなければならなかった。そこにシリアという国が抱えていた悲劇というか、歴史的な不条理があったのだ。簡単に説明しておく。

アサドらシリアのパワーエリートはイスラム教徒の中でも少数派のアラウィ派である。アラウィ派はイランなどに代表されるシーア派に属するのだが、実はキリスト教やシリアの土着宗教の影響を強く受けたメッカ巡業も行わない土着的な宗教なのだ。

元々シリアはスンナ派が人口の約8割と圧倒的多数を占めており、シーア派、アラウィ派はわずかに12%程度に過ぎない。そんな少数部族であるアラウィ派がなぜシリアの権力を握っているかと言えば、第一次世界大戦後のフランスの統治政策が原因だった。フランスは被差別民として社会の底辺にいたアラウィ派を優遇し、彼らを指導層に据えて委任統治を図った。当時の帝国主義的な植民地政策という大国の身勝手な統治の影響が今日まで残っているわけだ。

アサドの父、ハーフィズ・アサド大統領の時代、アラウィ派以外の勢力は徹底的に弾圧され、アラウィ派による独裁国家が築かれた。しかし、ポイントはもう一つある。独裁国家といっても、圧倒的な少数派であるアラウィ派はシリア北西部の山岳地帯と首都ダマスカス周辺のみを支配地域として固めたに過ぎなかった。スンナ派などの他の部族の地域は完全に切り捨てて、アラウィ派によるアラウィ派のための国づくりをしたのである。

アサドはこの父の方法論を引き継いだ。「アサド政権の成り立ちからして、そもそもシリア全土を支配することは不可能だったのである」。

佐藤優は「アサドの特徴は自分の力を過信しないところにある。アサドは、自分の力が弱いということをよく理解した独裁者だ。そのため、諸外国のパワーゲームを利用することに長けている」という。

こうしてロシアの軍事力、政治力を最大限に利用するなど、他国の思惑を巧みに利用しながら、もう10年以上に渡って続いている激しい内戦の中、延命を図り続けている。非常に興味の尽きない一編であった。

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アルバニアのホッジャのことはもっと知られていい

もう一人は、アルバニアのエンベル・ホッジャである。佐藤優自身が、本書のはしがきの冒頭からいきなり「20世紀の独裁者の中で一番興味を持っている」と強調している究極の独裁者である。

第二次世界大戦後、東欧諸国が軒並みソ連の衛星国家となる中で、アルバニアは最もスターリンの考え方に忠実に、断固として妥協のない社会主義国家の建設を目指し、頑なにその路線を守り続けたことはあまりにも有名だ。

スターリンと対立していたチトー率いるユーゴスラビアと激しく敵対し、スターリンの死後、フルシチョフがスターリン批判を展開した後は、ソ連とも手を切って、フルシチョフに真っ向から楯突いた。アルバニアは頑なに共産主義国家を維持するために、鎖国政策を取ったことも良く知られている。

そんなことは、相当に堅固な意志を持った指導者(独裁者)がいないと実現できるものではない。その強烈な指導者がエンベル・ホッジャというわけだ。ホッジャがいればこそ、あの独特の鎖国国家アルバニアが存在し得た。

ホッジャの肖像画
エンベル・ホッジャ

長く鎖国政策を取っていたため、アルバニアのことは日本ではあまり知られておらず、ホッジャのこともほとんど情報がなかったというのが実情だ。

そんな独自路線を頑なまでに貫いた知られざる強烈な独裁者ホッジャのことを、佐藤優が詳細に紹介してくれる。

ホッジャの写真
いかにも柔和で、優しい表情だが。

今回の11人の独裁者の中でも、最も読み応えのある部分だったと言っていい。

佐藤優は、はしがきでいきなりここまで書いている。

「(前略)1944年に新生アルバニアの首相に就任すると、理想の共産主義国家の建設に邁進する。鉄の意志でマルクス・レーニン主義を貫き、スターリンの方法論に忠実であろうとしたホッジャは、そこからブレたと見るや、大国のソ連や中国と大げんかすることも躊躇しなかった。いかなる「修正主義者」たちの存在も許さず、かつての同志ですら抹殺し尽した。アルバニアの人民の自由を徹底体に奪い、信仰心をも取り上げて、「世界初の無神論国家」をつくりあげた。事実上の鎖国状態を保ちながら平等を実現させて、決して人民を飢えさせることのない国を守り続けたのだ」。

ホッジャの切手
切手にもなったホッジャ

本当に強烈な他に例をみない独裁者。そのソ連や中国に対して行った大げんかの有り様や「無神論国家」建設の詳細は本書を読んでいただこう。実に興味が尽きない。

ヒトラーとスターリン 

誰がどう見ても歴史上、最悪の独裁者はヒトラーとスターリンということで異論のある人はいないだろう。

この二人はほぼ同時代人。極右と極左という思想的には対極にありながら、やっていることは全く一緒という信じられないような同類項である。

この極右と極左という両極端な立ち位置にいながら、第二次世界大戦開戦の直前に独ソ不可侵条約を締結して、二人は手を握り合って、開戦後にはポーランドを始め、東欧諸国をやりたい放題に蹂躙。お互いにやるだけやってから、やおら究極の敵として、当初の予定どおりに独ソ戦に突入したわけだ。

この独ソ戦でどれだけの死者が出たかご存知だろうか?
民間人の犠牲を含めると、双方でザッと約4,000万人が死んでいるとされる。ソ連側が2,000~3,000万人、ドイツ側が600~1,000万人。

もう天文学的な数の死者数である。ソ連の軍人・民間人の死者数は第二次世界大戦における全ての交戦国の中で最も多いことはもちろん、人類史上の全ての戦争・紛争の中で最大の死者数を計上している。

ソ連側の被害が甚大だったわけだが、戦争中盤から連合国側に擦り寄って、過去のヒトラーと一緒にやりたい放題やったことは全て棚上げにして、さもナチスドイツを倒したのはソ連だぞ、みたいな対応を取った欺瞞と偽善の塊であるソ連とスターリンは本当に酷過ぎると思うので、あれだけの凄まじい死者が出ても、身から出たサビじゃないか、とつい酷いことを言ってみたくなる。

ヒトラーはドイツを滅ぼし、自らも自殺に追い込まれ、悲惨な最後を遂げることになったが、スターリンは戦後も戦勝国のリーダーとしてデカイ顔をし続け、民主主義のリーダー然としていたことは、中々許せるものではない。

スターリンの凄まじいばかりの大粛清

スターリンを巡っては、この独ソ戦の死者数だけではなく、やはりあの大粛清が衝撃的だ。

スターリンの写真①
ヨシフ・スターリンの良く知られた写真。

僕にはこれだけは理解できない。ヒトラーはユダヤ人の大虐殺をあれだけ実行し、それはもちろん許し難い殺戮、ジェノサイドそのものを繰り広げたが、それでも自国のドイツ人は殺さなかった。レームの粛清など多少はあったが、周りの部下を端から殺すようなこともなかった。

一方のスターリン。その大粛清は言葉を失うほど凄まじい。

正確な数は未だにハッキリしていないが、数百万人では済まない数の人間がスターリンの大粛清の犠牲になった。ソ連建国の功労者達だけではなく、スターリンの周囲にいた身近な部下たちも、片っ端から死刑にした。

独ソ戦が始まった当時、ソ連側があまりにも劣勢に立たされたのは、軍の幹部クラス、実力派の将軍達がもう端から殺されていて、名だたる軍人がほとんど残っておらず、軍隊の体をなしていなかったからだというのがどうやら真相らしい、とは恐れ入る。

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佐藤優の見解に同意できず。どう考えてもおかしい

そんな狂気の沙汰のスターリンの大粛清はどうして引き起こされたのか?

それに対して、何故か佐藤優は甘いばかりか、スターリンの肩を持つような評価をしている。その点が、どうしても納得できず、気になってならない。

佐藤優は、本書で先ず、この未曽有の大粛清の件に対するタイトルに『理想実現のために必要だった「弾圧」』と表記していることがそもそも気に入らない。

そしてこう書くのである。「(中略)わずか数年で、銃殺刑や収容所送りなどによって数百万人が命を落したといわれるスターリン指揮下での大粛清。しかしスターリンは、個人的怨恨や嗜虐的趣味などで弾圧と粛清を繰り返したのではない。あくまでも社会の意識を操作し、社会主義体制下の下でソ連を維持するための手段としての弾圧だった」。

スターリンの写真②
これも良く知られた写真である。

これはハッキリ言ってどうなのだろう。あの大粛清はソ連という社会主義の国を守るためには仕方がなかったとでも言いたいのだろうか。人の命よりもソ連という社会主義の国家を守ることの方が大切だったと弁護しているのだろうか?

僕はそんなことは到底容認できないし、それを佐藤優が良しとするならば、少しどうかと思う。この人には付いていけないと考えてしまうのである。

人の命よりも重要な国や思想があるわけがない。国や思想を守るためにはその国に住む同胞を数百万単位で殺戮しても許されると佐藤優が考えているのなら、僕はもうこの人とはハッキリと訣別しなければならないな、と残念ながら思わざるをえなかった。

更にこんな文章が続くのある。

スターリンには個人的な名誉欲も権力志向もなかった。暮らしぶりはきわめて質素であった。ひとえに、未来の共産主義世界革命の拠点としてのソ連を維持すると言う目的実現のためのやむなく独裁者という孤独の椅子に座ったにすぎず、自己陶酔とも無縁だった。(中略)猜疑心に凝り固まった、ひたすらに真面目な職業革命家であり、真面目に誠実に美しい社会を目指したのである。そこにスターリン主義の悲劇がある」

本当にそうだったのだろうか?おい、おい、ほんとかよ!?嘘を言うな!と言いたくなってしまう。

どう考えてもおかしい。佐藤優はなぜここまでスターリンの肩を持つのだろうか?これを読んで、僕はすっかり佐藤優が嫌になってしまった。

佐藤優はあらためて言うまでもなく、旧ソ連の最後の時代に現地で活躍した第一線の優秀な外交官であり、ソ連が崩壊する姿を現地で目の当たりにしてきたソ連の専門家である。ソ連に関しての佐藤優の発言は重い。そういう人物がスターリンを擁護するのはあまりにも影響力が大きいし、「知の怪物」のスターリン評価がこういう内容だと、佐藤優の発言や思想、哲学に今後は大いに疑問符が付きかねない。

佐藤優の様々な本をズッと読み続けてきたが、これは僕の中では受け入れられない。長年の熱心な愛読者としては本当に残念なことだ。深く失望させられた。

全くやり切れない今の世界情勢

それにしても、ヒトラーやスターリン、毛沢東などという歴史上これ以上はない典型的な独裁者と並んでいる多くの名前は、現在もなお権力の座にあって独裁者として君臨している者ばかりだ。

ロシアのプーチン。中国の習近平。そして北朝鮮の金正恩などなど。トランプだって復活してくるかもしれない。
21世紀に入って、世界は更に個人崇拝と独裁が強まったようにさえ見える。

全くやり切れない。今の世界情勢を見渡すと本当に落ち込んでしまうのである。ウクライナ情勢も非常に心配だ。

 

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