目 次
待望久しいマクドナー監督の新作映画
遂にマーティン・マクドナー監督の新作映画「イニシェリン島の精霊」を観ることができた。
圧巻のものすごい映画だった。
さすがはマーティン・マクドナーの作品だと感嘆するしかない。
マーティン・マクドナーはあの超弩級の傑作「スリー・ビルボード」の脚本、監督を務めた鬼才である。
僕はあの「スリー・ビルボード」に衝撃を受け、繰り返し何度も観て、非常に感銘を受けた。近年観た映画の中ではダントツの稀有な傑作だと信じて疑わない。
脚本を書き、監督も務めたマーティン・マクドナーにゾッコンとなって、彼の過去の作品を片っ端から観て、益々彼に夢中になってしまった。
ところが、このマーティン・マクドナーの新作が中々作られない。
マクドナーは傑出した脚本家にして監督なのだが、実は元々は映画界の人ではなく、演劇界の天才として広く知られていた人材だったのだ。
つまり劇作家であり、舞台演出家なのである。
正に二刀流というべきか。
演劇の方の仕事が忙しいのか、「スリー・ビルボード」が2017年に作られてから、丸々5年間も待たさせた。
5年間に一本の映画のベースって、あの僕が熱愛しているスタンリー・キューブリック並みではないか。
本当に長く待たされた感がある。
だが、とにかくこうして待ちに待ったマクドナーの新作が誕生し、公開されたことを心を喜びたい。
しかも、これは「スリー・ビルボード」に勝るとも劣らない大変な傑作だったのだ。
嬉しくてたまらない、
と言いながら、この映画は観て嬉しくなるといった類の映画ではないので、注意が必要だ。
観ていて非常に心が痛む、身体も痛むとんでもなく暗く、やり切れない映画である。
それはあの「スリー・ビルボード」も一緒だった。ある意味で「スリー・ビルボード」の続編と言っても過言ではないだろう。時代も舞台も全く異なっているのだが。
映画の基本情報:イニシェリン島の精霊
アイルランド・イギリス・アメリカ合作映画 109分(1時間49分)
公開
2022年10月21日 アイルランド・イギリス・アメリカ
2023年 1月27日 日本
監督・脚本・製作:マーティン・マクドナー
出演:コリン・ファレル、ブレンダン・グリーマン、ケリー・コンドン、バリー・コーガン(キオガン)、ゲイリー・ランドン 他
撮影:ベン・デイヴィス
【受賞】
第79回ベネチア国際映画祭脚本賞、主演男優賞(コリン・ファレル)受賞
第80回ゴールデングローブ賞 作品賞、主演男優賞(コリン・ファレル)、脚本賞受賞(ノミネートは8部門)
第95回アカデミー賞 作品、監督、主演男優(コリン・ファレル)、助演男優(ブレンダン・グリーソン&バリー・コーガン)、助演女優(ケリー・コンドン)他、9部門でノミネート・・・受賞は全て逃した
キネマ旬報ベストテン 2023年外国映画ベストテン第6位 読者選出外国映画ベストテン第5位
世界中で極めて高く評価された傑作
アカデミー賞では何と主要部門に9つのノミネートを受けながら、「エブ・エブ旋風」の前にやられてしまって、オスカーは一つも取ることができなかったことが残念。
とは言っても、ベネチアやゴールデングローブ賞ではしっかり受賞し、イギリス始め、世界中で様々な賞を数多く獲得している。
日本のキネマ旬報ベストテンでは第6位、読者選出ベストテンでは第5位とかなり高く評価されている。
ちなみに5年前の「スリー・ビルボード」は、キネマ旬報ベストテンでは、読者選出を含めて、ぶっちぎりのベストワン2冠を達成していた。
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どんなストーリーなのか
第一次世界大戦が終わり、第二次世界大戦が始まるまでの1920年代半ばという時代を背景に、アイルランドの孤島イニシェリン島で起きる中年の2人の男の諍いとそれがどんどんエスカレートしく様を冷徹に描いていく。
イニシェリン島は、実際にそんな名前があるわけではなく、架空の存在のようだ。
住民は誰でも顔見知りという小さな島。アイルランド本土では、ひっきりなしにイギリス軍とアイルランド人との間で戦闘が起きていて、島までその銃声が聞こえてくる。だが、島民たちはその戦いにはほとんど無関心だ。
島に唯一のパブで一緒に酒を飲む親しい友人同士の中年のパードリックとコラム。
いつものようにパードリックがコラムの家に声をかけに行くと、無視される。こうしてある日突然、パードリックはコラムから拒絶されてしまう。
理由が全く分からないパードリックは、いつもどおりに振る舞うのたが、コラムは「年を取ってこれからのことを考えるとお前のくだらない話しを聞いている時間はない。もう二度と話しかけるな」と思いを伝えが、パードリックにはその意味が理解できない。
それどころか拒絶するコラムとの関係修復に動き出すのだが、それがコラムには耐え難く、「これから先、俺に話しかける度に自分の指を切り落とす」と宣言。「お前が話しかけるのを止めるか、俺の指がなくなるか、いずれかだ」と。
カルムはヴァイオリンの名手で、指を切り落とすことはヴァイオリンが弾けなくなることを意味する。
そこまで言われてもパードリックはカルムを求めてしまう。
そして遂に・・・。
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息を飲む映像美
イニシェリン島の景観が息を飲むほどの美しい。絶海の孤島として、その圧倒的な美しさに忽ち心を奪われてしまう。
本当に美しい。打ち寄せる波。日の出と海に沈んで行く太陽など、この景色を観るだけでも、この映画を観る価値があるというものだ。
イニシェリン島は架空の名前で、実際にはアイルランドの「イニシュモア島」という島とのこと。アイルランド本島からフェリーで渡れるらしい。良くぞこんな素晴らしいところでロケをしてくれたものだ。
この映画ですっかり有名になって、一躍注目されているらいい。
島の景観が美しいだけではなく、この映画の映像美は卓越していて、本当にその圧倒的な美しい映像にため息を吐きっぱなしになる。
そんな中での中年男のやり切れない諍い
そんな美しい自然と景観の中で、中年男2人の諍いが起こって、それがどんどんエスカレートしていく。
パードリックの賢い妹や周囲の人々が心配し、何とか事態を収めようとするが、全ては裏目に出て、火に油を注ぐ結果となっていってしまう。
そして遂に、考えられない事態が現実に起きて、とんでもない悲劇に発展してしまうのである。
元々は親しかった者同士が対立を深めていって、最後は双方共に抜き差しならない関係に陥ってしまう。まるで恋に破れた男がストーカーとなる瞬間を描いたようにも取れるし、中年から高齢に達するに当たって、残りの限られた時間をどうやって過ごし、自らの平穏な充実した人生を送るべきなのかという真摯な人生論、生き方論を迫る作品でもある。
「人はどう生きるべきなのか」「不和はどうして起きるのか」
この究極のテーマを一切の妥協抜きで突き詰めると、こういうドラマができるのかもしれない。
「人はどう生きるべきなのか」。残りの人生が少なくなってきた際に、避けて通れない問題だ。それはそれでいい。ところがそれを意識してある日覚醒してしまった時に、昨日までの友人とどう折り合いを付けていくのか。
「人生どう生きるべきか」は究極の個人の問題。それが個人だけの問題だけでは済まなくなってくる。
相互理解を得ることができなければ、折角覚醒したにも拘わらず、今度は他者との不和が新たに生じ、それは下手をすると殺し合いにまで発展しかねない。
そんな不条理劇をとことん突き詰めた作品とも言える。
中々一筋縄ではいかない複雑に錯綜したドラマではある。
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主役2人以外の脇役の存在感が卓越
主役の2人の主人公を巡って奥の深いドラマが展開されるのだが、この映画で非常に印象に残り、いつまでも気になってならないのは、主役の2人の周りにいる脇役陣なのである。
陰影を持った屈折した登場人物ばかりなのだが、中でも次の2人の存在が、ドラマを更に奥の深いものにしていることは間違いない。
パードリックの妹シボーン
一人はパードリックと同居している実の妹のシボーン。彼女は兄とは違って、大変な読書家であり、島一番の教養の持ち主。ヴァイオリンを弾き、作曲をするコルム以上の知的教養を持ち合わせている。
そのシボーンが兄と親しい友人の諍いを目の当たりにして、どういう行動を取るのか。
この退屈な島で暮らすことの苦痛を誰よりも痛感している彼女にとっても、2人の対立によって自らの人生の意味と生き方を問いただすことを余儀なくされる。
そんな中で彼女はどんな行動を取るのだろうか。
シボーンに恋する発達障害のドミニク
もう一人の重要な役回りは、パードリックと妹のシボーンが何かと面倒をみる「島一番の愚か者」と言われ周囲からバカにされている知恵遅れのドミニク。
父親は島の警察官でありながら、いわゆる悪徳警官で、息子のドミニクにも暴力を振るい続けている。このドミニクが島一番の教養人のシボーンに恋焦がれているのだ。
島一番の愚か者が、島一番の教養人を好きになるという設定そのものが、いかにもマクドナーならではだが、このドミニクの存在は映画の中で、実は非常に大きな存在ではないかと、僕はにらんでいる。
これは観てのお楽しみだ。
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難しい役どころを見事にこなした見事な俳優陣
というわけで、この映画には諍いを起こす中年の主人公二人と、その周辺の二人の重要な脇役が織りなす重厚な人間ドラマと言っていい。
マクドナーは現代演劇界で最も注目されている劇作家でもある。というよりも劇作家と舞台演出の方がメインで、映画は副業みたいなものだ。
それだけに、この4人が織りなす人間ドラマは、実に観ごたえがある。
そして、それらを見事な演技で応えた俳優陣がいずれも素晴らしい。
卓越した4人の演技アンサンブル
4人の演技はいずれも絶品であり、この全く無駄のない張り詰めた人間ドラマを更に、格調高く盛り上げる。
この4人が昨年のアカデミー賞で揃ってオスカーにノミネートされたことをみても、そのレベルの高さが分かろうというものだ。惜しくも受賞を逃したが、本当に超一級の舞台を見るかのような4人の名優たちによる見事なアンサンブルに酔い痴れる。
元々、この4人はマクドナーの過去の映画や、舞台で一緒に仕事をしてきた昔からの仲間、言ってみれば「マクドナー一座」の面々なのである。
特に、いつもの精悍な頼り甲斐のある役柄を一新し、少し知性は劣っても、純朴で優しい人柄を前面に打ち出し、親友から絶縁された悲しみと戸惑いを実に繊細に表現しているパードリック役のコリン・ファレルが絶品だ。
そんないい人が、あるきっかけで豹変してしまうあたりの鬼気迫る演技には圧倒される。
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音楽の使い方の傑出さに脱帽
冒頭で流れる音楽はアイルランドの民族音楽だろうか。それが非常に美しい女声合唱で、これを聴くなり一気にアイルランドの孤島に引き込まれる。
その後もブラームスなどのあまり知られていないクラシックの名曲をふんだんに用いて、いかにも格調が高い。
この映画は、超一級の芸術作品そのものと言ってもいいだろう。
その上、そこに展開されるドラマは堂々たる濃厚な人間ドラマであって、本当に贅沢な映画だと感嘆してしまう。
オリジナルの映画音楽も、いかにもドラマを盛り上げる質の高いものだ。
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作品宣伝のあまりの低レベルに呆れ果てる
このブルーレイは今月に入って発売されたばかりの新品である。発売されて1カ月も経っていない。
それにしてもいかにも手抜きの酷いディスクだと思う。この作品の素晴らしさと、一人でも多くの映画ファンにこの作品を観てもらおうとする熱意が微塵も感じられない。
正直言って、怒りが収まらない。
先ずは、このブルーレイの裏ジャケットの作品解説があまりにもレベルが低過ぎる。
この解説を実際に見ていただこう。
この解説には、驚くべきことに、あの名作「スリー・ビルボード」の監督の待望の新作であることが一言もないばかりか、ベネチア国際映画祭で脚本賞や主演男優賞に輝き、ゴールデングローブ賞で主要部門を独占受賞を果たし、アカデミー賞で主要9部門にノミネートされたことも、全く一言もない。
こんな解説ってあり得るだろうか。このやる気のない営業にはただただ呆れ果てる。こんな解説に良くぞ許可が出たものだと思ってしまう。
こんなディスクを販売してはダメだ
全く映画を理解していない人間の仕事、そして一番腹が立つことは、この映画を一人でも多くの映画ファンに観てもらいたいという意欲が微塵も感じられない点だ。
ブルーレイのディスク本体も写真が用いられていない今時では考えられないもの。こんな手抜きのディスクも珍しい。
本当にこれは酷い。発売元はウォルト・ディズニー・ジャパンである。こんなメジャーな会社が一体何をしているんだ。裏ジャケットに掲載された写真も碌な写真がない。
映像の卓越した美しさなど、全く伝わってこない。怒りを超えて悲しくなってしまう。
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映画は超一級品、ぜひ観てほしい
商品はあまりにも酷く、この映画の素晴らしさが微塵も伝わってこないものではあるが、幸いにしてディスクに収められた映画そのものの画質などには問題はない。しっかりしたワイドサイズで、画質も素晴らしい。メイキングも未公開映像も非常に貴重なものが収められており嬉しい。
それだけに広告の在り方があまりにも低レベル過ぎるのが、残念でならない。
映画は人間の対立と不和、更に戦争にまで発展する人間の本質に迫る実に素晴らしい作品である。
ロシアがこんな理不尽なウクライナへの侵略戦争を繰り広げている中で、どうしても観ていただき、人間の相互理解はどうあるべきなのか。人と人が争わずに平穏に過ごすにはどうしたらいいのか、そんな深い問いかけに、どうか思いを馳せていただきたい。
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興味を持たれた方は、どうかこちらからご購入ください。
4,204円(税込)。送料無料。ブルーレイ。