目 次
感動・感涙必至の驚嘆すべきオペラ映像
すごいものが簡単に入手できるようになって、嬉しくてたまらない。
フランス・バロック音楽の超大物作曲家リュリのオペラ「アティス」の日本語字幕付きのオペラ上演映像である。
この素晴らしいディスクは、実は以前から世に出ており、DVDもブルーレイも揃っていた。もちろん輸入盤だったのだが、それには残念ながら日本語の字幕が付いていなかったのだ。
それでも僕はフランス語字幕でズッと楽しませてもらっていたが、細かい意味は不明で、この点は本当に残念でならなかった。
それが最近、遂に日本語字幕付きが、香港のあのナクソスレーベルから値段も安くなって再発売されたのである。
こんな朗報はない。良くぞ出してくれた。歴史的な快挙である。
家宝に値する優れもの
最初にハッキリ言っておきたい。これは家宝にもなる優れもの。クラシックファンなら絶対に観てもらわないと駄目なものだし、特段クラシックやオペラに関心のない方でも、ベルサイユ宮殿に鳴り響いたあの太陽王ルイ14世自身が直に見た優れたオペラを、21世紀に生きる我々現代人が観てもらうことは何とも貴重な体験となるに違いない。
歴史とフランスに少しでも興味がある方は、騙されたと思って是非とも観てほしい。必ずや、深い感動と感銘に包まれるはずである。涙が止まらなくなるかもしれない。そして、この世のものとも思われない夢のように美しい17世紀のヨーロッパ芸術の粋を目の当たりにすることになる。
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太陽王ルイ14世は芸術、特に音楽を保護した
リュリの有名なオペラの上演記録である。と言っても、特別詳しいクラシックファンでなければ、リュリと言われてもピンとこないかもしれない。
リュリとはどんな作曲家で、どんな人物だったのか。先ずはそこから始めたい。
リュリはフランスのブルボン王朝、すなわちベルサイユに宮殿を構えたルイ王朝の絶頂期を築いたあの有名な太陽王ルイ14世の時代に大活躍した作曲家である。
あの有名な太陽王ルイ14世は、70年以上もの長きに渡り国王の座にあっただけではなく、その戦乱に明け暮れた生涯の一方で、様々な芸術をこよなく愛したことでも良く知られている。
特に音楽とバレエ。絶対王政を確立したとんでもない権力者でありながら、非常に良い趣味の持ち主で、様々な形態の音楽を好み、多くの音楽家を保護し、ベルサイユ宮殿には数多くの優れた音楽家が集められていたという。そして国王自身も素晴らしい踊り手でもあった。
この太陽王のおかげで音楽が一斉に花開き、それはあのフランス革命まで続き、ブルボン王朝は極めて趣味のいい洗練された作曲家や演奏家を多数輩出したのである。
ベルサイユ楽派の天才作曲家たち
それらブルボン王朝期の作曲家たちをベルサイユ楽派と呼ぶのだが、その基礎を築き上げた最大の作曲家がリュリだった。
17世紀から18世紀にかけて主にベルサイユ宮殿を舞台にして活躍したフランスの作曲家たちは、著名な作曲家だけでもたちまち数十人という数になってしまう。
その中でも特に有名な大作曲家として、リュリと同時代にはマルカントワーヌ・シャルパンティエ、その後にはフランソワ・クープランとラモーがいる。
時あたかもバロック音楽の最盛期で、ドイツにはバッハやヘンデル、そして僕が熱愛してやまないあのテレマンもいたわけだが、フランスのリュリ、シャルパンティエ、クープラン、ラモーはドイツのバッハ、ヘンデル、テレマンと互角に肩を並べる存在だと言えば、少しは親近感が湧くかもしれない。
ドイツに勝るとも劣らない素晴らしい天才たちによるフランス音楽が、ブルボン王朝の保護の元で一斉に花開いたわけだ。
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大作曲家リュリ
リュリはベルサイユ楽派の最初の大作曲家にして、フランスの古典オペラの創始者である。
リュリがフランス語の特徴を最大限に活かしたフランス独自のオペラを創造したことで、続くラモーの活躍ばかりか、何と200年後のドビュッシーとラヴェルの活躍まで可能にすることになった。
そんなドイツとは異なるフランスならではの独自の音楽を創造したリュリが、実はフランス人ではなかったと言ったら、信じてもらえるだろうか?
何とリュリは、イタリア人だった。それも貧しい下僕、簡単に言えば召使いであった。フィレンツェの粉挽き職人の家庭に生まれ、音楽の専門教育を含めて、ほとんど正規の教育は受けていなかったという。
リュリは、結果的にはイタリア人だったからこそ、フランス語の独特のイントネーションを仔細に研究し尽くし、フランス語の特性を活かした独自の音楽語法を創造することに成功した。
フランス語の本質を見極めるために、創設間もなかったコメディ・フランセーズに通いつめたという。
リュリの驚くべき人間性
苦労を重ねて、フランス独自の新しい音楽の創造に傾注し、素晴らしい功績を残したリュリだったが、実は、リュリには驚くべき問題があった。
リュリは知る人ぞ知る悪人中の悪人。超問題人物であった。時の絶大な権力者、太陽王ルイ14世に取り入るため、権謀術数の限りを尽くしたことで知られる。
音楽史上でも類例のない「悪役」である。才能あるライバルたちを権謀術数の限りを尽くして次々と追いやり、自分一人に音楽上の全ての権力を集中させるためにエネルギーを注いだ。
古今東西の長い音楽史を通じて、オペラ上演を巡って様々な妨害や確執などが繰り広げられたことはあっても、時の権力者に取り入って出世したばかりか、自分のライバルを追いやって権勢を振るったなんて作曲家は、見たことも聞いたこともないので、ただただ驚嘆するばかり。
そんな人間として最低の人物が、実際に優れた音楽的才能を身に付けていたのだから、話は簡単ではない。困ってしまうのだ。
残された作品の質の高さ。繊細かつ劇的でもあり、品が高く美しい。こんな最悪の人間が作った音楽が、信じ難いことに気品があって繊細にして優しく、何よりも美しいのだ!
悪しき人間が、外国人でありながら、後世の範となるべきフランス語の特性を活かし切った真のフランス音楽を築き上げ、それがドビュッシーとラヴェルにまで受け継がれたのである。絶句してしまう。
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抒情悲劇「アティス」のこと
さて、あらためて「アティス」のこと。抒情悲劇と名付けられたオペラである。リュリ4作目の抒情悲劇であり、彼の最も美しい作品の一つとされている。プロローグ付き全5幕。上演時間4時間近い力作だ。
台本はフィリップ・キノー。非常に良くできた緻密にして感動的なもの。キノーはリュリからオペラの台本作家に選ばれ、この後もリュリのほとんどの抒情悲劇で台本を担った実力者である。
どんなストーリーなのか
類まれな美貌の貴公子アティスを巡る何とも痛ましい悲劇。美しいサンガリードはアティスの親友でもある国王に嫁ぐことになっているが、実はアティスを愛しており、結婚を喜べずに悩んでいる。アティスもサンガリードを愛していて、王との結婚を祝福しながらも絶望し、死ぬと決めていた。そうとは知らなかった二人が、互いの愛を確認した感動的な場面から悲劇が始まる。国王との三角関係よりも厄介なのが、大地の女神シベルもアティスを深く愛していて、横恋慕し、二人の愛を引き裂こうと介入。更に愛の神も加わって、最後には何とも痛ましい残酷な結末が待ち受ける。
人間界を離れた神々の世界の恋愛悲劇が描かれるのだが、そのドラマは非常に高貴かつ真摯にできていて、感情移入するに抵抗感はない。キノー渾身のドラマ展開に素直に没頭できる。かなり残酷な悲しい話しで、胸がつまる。
リュリの音楽の素晴らしさもあり、二人の恋人があまりにも不憫で、僕は涙が止まらなったと正直に告白する。
現代人が観ても、素直に感動できる悲劇だ。
但し、冒頭のプロローグは、国王ルイ14世を褒めたたえる内容なので、この点だけは注意が必要。
リュリの音楽の素晴らしさ
キノーの優れた台本に付けられたリュリの音楽の素晴らしさには感嘆する他はない。フランス語の美しさと語り口の見事さはまさしく絶品。歌うというよりも語るに近いその音楽は聴くほどに味わいを増し、やがて完全に心を奪われる。その繊細にして絶妙な味わいは特筆ものだ。繊細さの極致のような音楽なのである。
近現代のオペラにつきものの、レスタティーヴォとアリアの区別は全くなく、詩の朗読に近い。登場人物の感情と思いが、自然に口に出て、それが柔らかい音楽に乗ってごくごく自然に語り調子で流れていく、そんな感じの音楽。それがどこまでも繊細極まりなく。
これはもう200年後のドビュッシーの世界に非常に近いもの。すごい。あの天才ドビュッシーはこのリュリの手法を参考にしたことは間違いないだろう。
あんな権力欲に憑りつかれた酷い人間が、どうしてこんなに繊細極まりない音楽を生み出すことができたのか。人間の感情の機微を音で表現することができたのであろうか。正に芸術の神秘であろうか。
この「アティス」の上演記録には、実は特別の意味があった。
リュリ作曲の「アティス」。演奏はウィリアム・クリスティ指揮のレザール・フロリサン。この組み合わせは特別な意味を持っており、先ずはそのことを知ってもらう必要がある。
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アティスの300年ぶりの蘇演は古楽演奏史上の快挙
「アティス」がルイ14世の臨席のもとで初演されたのは1676年のこと。今から約350年前。この作品は初演当時から高く評価されたが、いつしか忘れられ、その後は演奏機会が全くないまま歴史の中に埋もれてしまった。
それを80年代の古楽演奏の隆盛の中で、リュリ没後300年となる記念すべき1987年、今回の映像でも渾身の指揮を見せるウィリアム・クリスティが蘇演し、歴史的大成功を収めた。これは当時、古楽演奏史上の驚嘆すべき快挙として非常に高く評価された。その時の演奏を収めたCDも発売され、古楽演奏史上の記念碑的な名盤となった。この300年ぶりの蘇演が契機となって現在のフランス・バロック音楽演奏の隆盛が築き上げられたのである。
今回の上演記録は、その時のものではない。それから約25年後、更に驚くべき展開があり、この上演に漕ぎつける。
1987年の300年ぶりの蘇演を見たアメリカの富豪ロナルド・スタントンが「死ぬまでにもう一度あの舞台を見たい」と制作費用を寄付したことにより、2011年、何と25年ぶりの再演が実現したのである。
何とも感動的な話しで、胸が熱くなる。今回、ブルーレイで観ることのできる上演は、正にこの年に上演されたパリ・オペラ=コミック座での上演記録に他ならない。
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目も耳も心も奪われる見事な上演
そんな特別な意味を持つ歴史的な上演記録なのだが、とにかく演奏が凄い。器楽も声楽も、およそ考えうる最高の演奏がここに結集。音楽と美術とバレエの饗宴となって立ち現れる。主役3人の歌が素晴らしく、優しさと力強さを兼ね備えた合唱の美しさも傑出。器楽陣も縦横無尽に活躍。本当に惚れ惚れとさせられる演奏だ。
声楽と器楽の一体感。両者が溶け合いながら、フランス音楽の微妙なニュアンスをごく自然に伝えていく。そして、存分にフランスのエスプリを醸し出すのである。優美さの極致の中で柔らかな幸福感が零れ落ちるかのようだ。とにかく、その美しいこと!
初演当時の様式や衣装、装置などを完璧に再現した豪華な舞台の美しさ、見事な色彩も特筆ものだ。あの時代ならではの優雅な衣装には惚れ惚れする。そして傑出した映像の美しさにも触れないわけにはいかない。
あまりの優雅さと美しさに、目も耳も心も奪われてしまう。
ウィリアム・クリスティという稀有な指揮者
この傑出した演奏の功績はもちろん指揮者にある。ウィリアム・クリスティ。あの有名なアガサ・クリスティの遠縁にあたるアメリカ生まれの指揮者にしてクラヴサン奏者。
クリスティは1970年代から本格的な活動を始め、今日に至るまで古楽演奏の強力な推進役の一人。ひたすらフランス・バロック音楽に専念し、リュリ、シャルパンティエ、ラモーなどの復活に取り組んできた。手兵の器楽と声楽のアンサンブル「レザール・フロリサン」(Les Arts Florissants=花咲ける芸術)を率いて、今まで全く耳にすることができなかったブルボン王朝期の優れたオペラや宗教音楽を続々と復活蘇演させたのである。
その中でも彼の最も優れた業績がこの「アティス」の300年ぶりの蘇演であり、更にその蘇演の25年ぶりの再演というわけだ。
この演奏を観ても徹頭徹尾伸びやかで美しく、それでいて表面的な薄っぺらな表現に陥らないクリスティならではの美点は、実に良く伝わってくる。
リュリのオペラの美しさを堪能してほしい
リュリのオペラの素晴らしさと美しさを心ゆくまで味わえることに加えて、今日の古楽演奏の到達点も確認できる稀有な上演記録。本当にため息が零れ落ちるばかりの夢のような美しい演奏と舞台。どうか思う存分堪能してほしい。
一人でも多くの方に聴いていただき、リュリの、ひいてはフランス・バロック音楽の素晴らしさを満喫していただきたいと切に願うものである。
騙されたと思って、どうか観てほしい。きっと幸福感に包まれるはずである。
☟ 興味を持たれた方は、どうかこちらからご購入ください。
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輸入盤なので、一般のCDショップでは購入できません。ここから購入していただくのが、一番簡単で一番お安いです!
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