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モンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」再び
モンテヴェルディの「ヴェスプロ」こと「聖母マリアの夕べの祈り」がバロック音楽の誕生を告げた如何に革新的な音楽であったかは先日、詳しく書いたとおりである。
この1610年という17世紀初頭に発表された音楽は、単に新しい革命的な音楽と言うに留まらず、その魂を揺さぶる響きと音色の万華鏡にして、聴く者の心を捉えて離さない格別の美しさに満ち溢れた音楽は、最近ではバロック音楽屈指の名曲どころか、バッハの名作に勝るとも劣らない究極の傑作として知られるようになり、世界中で競う合うように新譜が出されている。
本当に次から次へと新譜が出てくる。
そうは言っても、それらはCDが中心であり、演奏会でのライヴ映像を収めたものはまだ限られているのが実態である。
そんな中で前にも紹介したモンテヴェルディの最高の指揮者であるガーディナーが指揮をした3回目の新録音が圧倒的に素晴らしいので紹介したい。
しかもこれはCDではなく、あのブルボン王朝が栄えたヴェルサイユ宮殿での演奏会のライヴ映像なのである。
前回大絶賛してお薦めした録音は、ガーディナーによるモンテヴェルディゆかりの地であるヴェネツィアのサン・マルコ寺院での演奏の様子を収めた極めて貴重なライヴ映像だったわけだが、あれは「ヴェスプロ」のガーディナー2回目の録音だった。1986年の録音。あれから更に約30年、今度はフランスのヴェルサイユ宮殿というこれまた願ってもない素晴らしい場所での演奏会が実現し、それが3回目の録音として販売されている。
ヴェルサイユ宮殿の内部にはコンパクトながらも華麗な王室礼拝堂があり、そこでの記念すべきコンサートの模様を記録したものだ。
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近年ヴェルサイユ宮殿王室礼拝堂での演奏が目白押し
太陽王ルイ14世が築き上げたブルボン王朝のヴェルサイユ宮殿。そこに設けられた宝石なような美しい王室礼拝堂と聞いただけで、心がときめいてしまうが、近年そこでの演奏会やコンサートが盛んに開催されるばかりか、レコーディングも行われ、CDやブルーレイとなって続々と販売されている。
さすがに雰囲気も響きも最高で、この時代の音楽を聴くには最高の環境と言えるだろう。
実際にこの地を訪れて、この王室礼拝堂で生の音を聴いてみたいというのが僕の夢の一つである。ヴェルサイユ宮殿にはお邪魔しているのだが、あいにく王室礼拝堂でのコンサートは聴くことができなかった。
そんなヴェルサイユ宮殿で録音された多くのディスクの中でも最高に素晴らしいのが、今回紹介するモンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」のコンサートのライヴ映像なのである。
眩いばかりに明るい王室礼拝堂
この演奏会の映像を観て、先ずビックリされられるのが、ヴェルサイユ宮殿の王室礼拝堂の眩いばかりの明るさだ。本当に気持ちが良くなってくる程に明るく、眩い。神々しいと言うべきかもしれない。
前回紹介したモンテヴェルディゆかりのヴェネツィアのサンマルコ寺院の内部が薄暗かっただけに、全く対照的なのである。
ヴェネツィアのサン・マルコ寺院はとにかくモンテヴェルディ自身が長きに渡って楽長を務めた世界遺産にもなっている大聖堂であり、ここは如何に薄暗く、そのせいで画質に少し難があっても、それを貶すことはもちろんできない。もう少し画質が良ければ申し分ないのに、と残念がることはできても、聴く者、観る者にとってはここでモンテヴェルディが楽長を務めていたんだとありがたく、その大聖堂を崇めることになってしまうのは当然のことだ。
対して、今回の3回目の録音、映像としては2度目の収録は、打って変わって、眩い光が燦々と降り注ぐような明るい礼拝堂。この明るさはモンテヴェルディの音楽にもピッタリだと、嬉しくなってしまう。
合唱団結成50周年記念としてヴェルサイユ宮殿で演奏
何とも素晴らしいものとなった。繰り返し観ているが、何度視聴しても観る度に感動してしまう。
ガーディナーは前回も縷々書いたようにモンテヴェルディの「ヴェスプロ」こと「聖母マリアの夕べの祈りを」指揮するために音楽家になったモンテヴェルディを演奏するために生まれてきたような指揮者で、「聖母マリアの夕べ祈り」に代表される宗教曲でも、「オルフェオ」を始めとするモンテヴェルディのオペラでも、最高の演奏を聴かせてくれるモンテヴェルディの最高の指揮者なのだが、今回のヴェルサイユ宮殿でのライヴ映像を観ても、それをしっかりと裏付けるものとなった。絶賛するしかない。
それには少し特別な理由があったのだ。世界最高のモンテヴェルディ指揮者のガーディナーはこれも前に書いたとおりガーディナーがケンブリッジ大学在学中に「ヴェスプロ」を演奏するためにモンテヴェルディ合唱団を結成し、それがきっかけとなってその後の華々しい指揮者のキャリアを切り開くことになった。その合唱団の結成が1964年のこと。時にガーディナー21歳であった。
それからちょうど半世紀、50年の年月が経過し、モンテヴェルディ合唱団結成50周年の記念コンサートを開くこととなり、そこで選ばれた曲がモンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」であることは当然として、それを他ならぬヴェルサイユ宮殿で開催したのである。
ガーディナーは71歳になっている。
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演奏はこれ以上は考えられない空前絶後の素晴らしさ
ガーディナーのモンテヴェルディはその全てが非の打ち所がない素晴らしいものばかりなのだが、今回の3回目の「ヴェスプロ」はその中でも、更に特筆すべき完成度を誇る。
モンテヴェルディ合唱団の結成50周年記念の特別演奏会ということになれば、最高の演奏を成し遂げようとすることは至極当然のことであろう。それを実際に成し遂げてしまうのがガーディナーであり、彼が50年間手塩に掛けて育て上げてきた手兵のモンテヴェルディ合唱団なのである。
このブルーレイによってモンテヴェルディ合唱団の最高の歌声を聴き、極めて美しい映像の中にその感動的に歌い上げる姿を目撃することになる。
主役のモンテヴェルディ合唱団だけではなく、ソリストも器楽陣も本当に素晴らしいのだが、やっぱり最高の聴きどころはモンテヴェルディ合唱団ということになる。
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ガーディナーが何時になく熱く情熱的
今回特に目立つのが、ガーディナーのいつも以上の思い入れの強さというか、ガーディナーとしては、珍しいくらいの異例の熱の入れ方だ。それもそのはず。
モンテヴェルディ合唱団の設立50周年ということは、そのままガーディナーが指揮者となって50年ということに他ならない。ガーディナーが世界最高のモンテヴェルディ指揮者であるということは繰り返し書かせてもらっているが、ガーディナーのこの50年間の活躍は古楽界最高の指揮者となって音楽界を席巻したという一言に尽きる。古楽界にはアーノンクールやレオンハルト、ブリュッヘンなどの超大物をこれでもかと言わんばかりに輩出したのだが、古楽以外(バロック音楽以降)の古典派、ロマン派、近現代の音楽でも世界のトップに立った指揮者としては、アーノンクールと並んで双璧だと言って間違いない。特にベートーヴェンの交響曲全集の傑出した素晴らしい演奏は、世界中の音楽ファンと同業の指揮者たちを震撼させた。あの古楽器によるガーディナーのベートーヴェンの交響曲全集は音楽界にそれくらいのインパクトを与えたのである。ベルリオーズの復活など本当にガーディナーの八面六臂の活躍ぶりには舌を巻くしかない。
ガーディナーは音楽大学を出ておらず、言ってみればアマチュアの学生指揮者からここまでの成長を遂げたのである。ガーディナーのこの大変な成功は現代のおとぎ話というか、男性ではあるが、正にクラシック指揮者界における「シンデレラストーリー」なのである。
それもこれも1964年のモンテヴェルディ合唱団の結成がきっかけ。全ての活動と成功の原点なのである。
それの結成50周年記念のコンサートを、正にそのために合唱団を結成させたモンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」で飾る。力が入るのは当然。意気込みがまるで違うのは当たり前のことだ。
本当にその指揮姿、顔つき、表情。全てが何時になく情熱的で雄弁だ。
熱い指揮がこれでもかとばかりに繰り広げられ、ラテン的な情熱的な音楽でもあるモンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」の最もエネルギッシュな感動的な演奏となって、ここに結実した。
熱いガーディナーに精一杯応えるモンテヴェルディ合唱団
その熱さを受けて、合唱団の熱とエネルギーのボルテージがいやがおうにも盛り上がる。
実に熱い合唱を聴かせてくれるのである。歌う一人ひとりの合唱団メンバーの表情や口の開け方を見ているだけで、こちらにまで熱が伝わってくるような熱い演奏だ。
解説書に載せられているガーディナーの詳細な回想記を読むと、今回歌っている合唱団の中に、50年前の結成時のメンバーも混じっていると言う。
にわかに信じられない話しだが、1964年の結成当時に20歳であれば、この記念演奏会では70歳。演奏を観る限りそんな高齢な人がいるようには見えないが、当時18歳なら68歳であり、現役バリバリのメンバーがいてもおかしくはない。
オーケストラのメンバーにも結成時の人がいるいう。結成当時の合唱団メンバーの多くが、観客として礼拝堂に集まって聴きにきてくれたというが、何だかとってもいい話しで嬉しくなってしまう。
モンテヴェルディのヴェスプロという稀有な名曲が、歌う合唱団メンバーを熱くさせることはもちろんだろうが、この功績が指揮者のガーディナーにあることは明白だ。
指揮者も合唱団も、この半世紀・50周年という特別な意味に燃えに燃え、ただでさえ熱いモンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」を、これ以上考えられないような熱い演奏とし、最高の演奏を残してくれたのである。
空前絶後の熱き演奏。大絶賛したい。
眩い光の中での熱いヴェスプロにこちらも興奮
こんな「聖母マリアの夕べの祈り」は聴いたことがないというくらいに熱い演奏だ。
会場がまたうってつけだった。ヴェルサイユ宮殿の王室礼拝堂はこの記念すべき演奏会を開催する場所として、これ以上の場所を考えられないほどのピッタリの会場だったことは間違いない。この王室礼拝堂は、実に明るくて華麗な礼拝堂なのである。指揮者も合唱団も、演奏会場も全てがピッタリとフィットした特別な演奏会となった。このブルーレイはその貴重な記録映像である。
それにつけても曲が最高だ。あらためてモンテヴェルディと、聖母マリアの夕べの祈りという名曲の素晴らしさを痛感させられることになる。
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モンテヴェルディがいきなりバロック音楽の頂点を作曲した
前にも詳しく書いたが、この「ヴェスプロ」こと「聖母マリアの夕べの祈り」が作曲されたのは1610年のこと。何度も書くが、日本では徳川家康による江戸幕府の開府(1603年)直後のことだ。
ヨーロッパに当時鳴り響いていた音楽はルネサンス様式のポリフォニーという複雑な対位法の音楽だったが、この作曲技法を完全に身に付けた上で、モンテヴェルディは自らの長い生涯をかけて、当時の全く新しい音楽、ほとんど前衛音楽と呼ぶべきバロック音楽を作り上げたのだ。 モンテヴェルディは自身でこの新しい音楽を「第二の作法」と読んでいたが、その第二の作法を全面的に打ち出し、バロック音楽の誕生を高らかに歌い上げ、決定的に歴史を変えたのが、1607年のオペラ「オルフェオ」であり、1610年のカトリック宗教音楽の大作「聖母マリアの夕べの祈り」なのであった。
モンテヴェルディはこの全く新しい革命的な音楽を、自らの就職用の作品として提出したということだ。つまり就職用の経歴書。その就職希望先が何とバチカンのローマ法王庁。ローマ法皇に自分を「サン・ピエトロ寺院」の楽長として雇ってほしいとこの作品を提げて応募したというわけだ。
これはすごいこと。怖いもの知らずというか、何と大胆なことを。
この革命的な前衛音楽を、ローマ法王庁が認めるわけはないだろう。カトリックの最高権威へのほとんど挑戦状だ。大したものである。
もちろん試験には落ちた。当然過ぎる結果と言っていい。こうしてヴェネツィアのサン・マルコ寺院に収まることになるのだが。
音楽の歴史を根底から変えてしまったモンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」。ここからバロック音楽が華々しく展開されることになる。あの大バッハの生まれる100年以上前のことである。
「聖母マリアの夕べの祈り」は音楽史上の奇跡
あのポリフォニー音楽の最盛期に、オーケストラと一緒に奏でられる2時間近い合唱曲の大曲が作られたこと自体があり得ないことであり、しかもその音楽は今まで誰も耳にしたことのない大胆なものだった。
その響きは天に向かって力強く突き抜けるものであり、音色もテンポも、変幻自在に次々と変わっていく極めて大胆なもの。
不協和音はお構いなしに出てくるし、大胆な半音階も頻繁に用いられる。
良くぞこんな作品を作ったものだ。大胆で前衛的なだけではなく、何と言ってもその音楽が聴く人の心の琴線に響く限りなく美しく、神秘的なものであることが最大の特徴。まさにヨーロッパの長い音楽史を通じての16世紀の初頭に起きた最大の奇跡が、この音楽なのである。
今日、数え切れない程の新録音が続々と現れて、最も人気のあるバロック音楽の大曲となった。モンテヴェルディを熱愛している者としてこれ以上嬉しいことはないが、やっぱり今回のこのガーディナーの3回目の新録音、合唱団結成50周年記念の特別演奏会のライヴが最高の演奏だと確信をしている。
残念ながら日本盤は廃盤となって入手できないが、輸入盤は少し値は張るが今でも健在だ。一人でも多くの方に聴いて、観ていただきたいと切に願うものである。
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ブルーレイとDVDの2枚組。最近映画のディスクで良く使われる手法。少し馬鹿げているのだがやむを得ない。
【輸入盤】聖母マリアの夕べの祈り ガーディナー&イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、モンテヴェルディ合唱団(2014)(+DVD) [ モンテヴェルディ(1567-1643) ]
【前のブログで紹介したガーディナーによる超名演】
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