出口さん提唱の「無減代」を大病院に導入

僕が働いている首都圏にある急性期の大病院で、「無減代」活動を実際に導入してみた。

「無減代」活動というのは、APUの元学長であった出口治明さんが、この熱々たけちゃんブログでも紹介させてもらった「いま君に伝えたい 知的生産の考え方」という著書の中で提唱していた、いわば組織改革のための考え方だ。

出口治明さんが主張する「無減代」とは

出口治明さんの提唱する「無減代」の考え方については、出口さんの著書を是非とも直接手に取ってお読みいただきたいと思うが、その要点を簡潔に紹介しておこう。

知的生産性を上げる5つの視点の視点①として紹介される。

無限大ではなく、「無減代」を考えるとして、

「無」は、仕事をなくすこと。「減」は、仕事を減らすこと。「代」は、使い回したり、代用すること。「その仕事はなくせないか」「なくせないのなら、減らせないか」「他の資料に代えられないか」などと考えて仕事をすると、知的生産性を高めることができると勧めている。

「無限大」という考え方を捨てて、「無減代」にあらためることが大切だと主張している。

「無減代」とは、
・無=なくす(無視する)
・減=減らす
・代=代用する
 のことで、日東電工株式会社の柳楽幸雄会長(当時)に教えていただいた言葉だと紹介している。

スポンサーリンク

「無減代」の考え方に深く感銘を受けた

僕はこれを読んで、いたく感銘を受けた。全くおっしゃるとおりだと思った。

かつての高度成長期のように労働時間そのものを長くしてベルトコンベヤー式に働く時代は変わって、これからは短い労働時間の中で知恵を絞って働く必要がある。そのためには知的生産性を高める必要があり、知的生産性を高めるためには、以下の3つを推進する必要があるというのは、非常に説得力がある。

出口治明さんが提唱する「無減代」の内容

①無駄なことは止める(「無」)。
②止められない場合でも極力減らしていく(「減」)。
③それもできない場合には、他のもっと生産性の高い方法に代えていく(「代」)。

自分の働く大病院で導入できないか模索

この発想にいたく感銘を受けた僕は、出口さんの本を読んだ直後から、何とかして自分が事務局長を務めている大病院で実際に「無減代」活動を進めたい、何とか導入できないかと、ずっと機会を伺い、模索し、具体的な導入方法を考えてきた。

そこで、遂に先日、当院で導入する決断をしたのである。

スポンサーリンク

課題と問題だらけの病院という職場

僕が働いている大病院という職場ほど課題を抱えた組織はない、とハッキリ断言してしまう。

これは現在、たまたま働いている病院が特別に課題を抱えた問題病院ということでは必ずしもなく、病院という職場は多かれ少なかれ、どこでも同じような問題を抱え、マネジメントはどうしようもなく劣っている組織と言っても決して過言ではないし、間違ってもいない。

僕は約40年間に渡って医療業界に身を置いており、様々な病院を見てきた。全国で70カ所ほどの病院グループの経営と運営を統括する本部に長年に渡って在籍し、日本全国にある大小様々な病院の経営・運営にも関わってきた。

現在勤務中の病院を含めて、実際に病院の幹部として勤務した病院の現場は、全国8病院に及ぶ。

規模も立地条件も実に様々であったが、病院という組織のマネジメント力の欠落は一致しており、これは何とかしないといけない、とそれぞれの病院が抱えた具体的な悩みや課題は千差万別ではあったが、共通している課題と問題点は山のようにあった

科学技術の粋を活用するのに、中は旧態依然

病院は医療を担うところで、その技術面の進歩はすさまじく、現代到達した科学技術の最先端のノウハウとテクノロジーを駆使して日々の診療を行っている。

医療機器と薬剤の進化と進歩は驚くべきものがある。

その一方で、これだけ時代の最先端をいく科学技術とテクノロジーを駆使しているにも拘らず、その面などのマネジメントは非常に遅れており、どこの病院でも他業界の組織から大きく取り残されている。

つまり、診療で使っている機器や技術は時代の最先端を行きながら、それを使う側のマネジメントなどのソフト面は旧態依然、非常に遅れており、このギャップがあまりにも大きいというのが、一般的な病院という組織なのである。

これだけ歪んだアンバランスな組織は医療業界以外にはないのではなかろうか。

スポンサーリンク

 

マネジメント能力を高める必要性

そこで求められるのはマネジメント力の強化である。僕のような病院経営に通暁した(僕がそれに叶っているかどうかは別として)事務職員が必要となってくる所以である。

最先端の科学技術とテクノロジーの粋を追求する一方で、立ち遅れている組織とマネジメント。病院の中でそのあたりを担う役割を期待されているのは事務職だ。

かつて病院の事務職は、院内で唯一何の資格も有しない縁の下の力持ちと言われて久しかったが、期病院の生き残りがかかる今日、事務職のニーズと貢献度は高まるばかりである

僕は常々、『医師や薬剤師、各種技師、看護師などの医療職は、病気を治す。我々事務職は「病気に陥った病院そのものを治す」「病気の病院を救うのが事務職」』だと公言している。

「病気の病院」「病気に陥った病院」というのは、組織力、マネジメント力が不足している病院そのものの象徴だ。

事務職が病院という組織のマネジメント力の低さを強化する役割を担うことが期待されている。

そのマネジメント力の低さは、自治体立の公務員が経営する病院に、特に顕著に現れる。

僕が現在勤務している病院は、正に市立病院。自治体病院の典型である。

生産性と効率性に欠ける自治体病院

病院という組織には課題と問題点が多く、マネジメントが著しく欠落していると書いてきたが、そんな病院の中でも都道府県立、あるいは市町村立の自治体病院は、特に大きな課題と問題点に直面している。

独立行政法人化されているか否かにもよるが、日本全国にある約1,000の自治体病院のほとんどが赤字経営となっている。

多くの自治体病院では、設立母体である都道府県や市町村から「繰入金」という補助金を受け取っている。

その繰入金の額は自治体によってかなりの違いがあるが、周産期医療や小児医療、救急医療など一般的に不採算部門と呼ばれている診療を自治体病院が担うことから認められているものだ。

そのこと自体は当然のことだろうとは思う。だが、不採算部門を担うことと引き換えに高額な補助金を受け取っていることは事実で、問題はこの繰入金をもらっても黒字にならず、赤字だということだ。

日本全国の自治体病院は、繰入金という多額の補助金をもらってもなお、ほとんどが赤字経営なのである。

どうしてこんなことになってしまうのか?

様々な要因があるが、その大きな要因の一つとして、公務員体質ならではの生産性と効率性の低さがあることは間違いない。

スポンサーリンク

そこで「無減代」の導入に踏み切った

僕の今の職場であるこの大病院でも、生産性と効率性の低さは顕著。自治体病院としてしっかり公務員体質が根付いている。僕が民間病院から現在の自治体病院に事務局長として移って丸3年間が経過し、4年目に入った。

この間、民間的な発想で様々な改革に取り組み、それなりに成果は上がり、職員の意識改革は少しずつだが、確実に進みつつある。

病院としての明確かつ具体的な数値目標(KPI)を設定し、その目標を達成するために病院の全スタッフが一丸になって取り組む仕組みも取り入れた

少しずつ成果が出始めているが、どうしても日々の業務に無駄が多い。時間がかかり過ぎてスピード感がない。時間をかけている割に生産性が低い。創意と工夫に欠けて、漫然と前例を踏襲しているなど、典型的な公務員体質から、中々脱却できない

そのための何か切り札はないか。何とかしてインパクトのある意識改革を推進したいと日々模索する毎日だ。

そこで僕が目を付けたのが、出口治明さんが提唱していた「無減代」だった。これはいい、これは使える。これを進めることで、職員の意識改革は必ずや進むだろう。そう確信した。

そこで、今年度(2024年度)から院内に、事務局長の提案として「無減代」活動を導入する決断をした。

もちろん病院長の了解を得て、院内の正式な会議で提案し、承認を得て決定したものである。

スポンサーリンク

どのように取り組もうとしたのか?

先ずは、病院における日々の業務の推進の中で、生産性と効率性を上げることの必要性を訴え、その改善策として「無減代」活動を導入する必要があると切り出した。

一方でこの「無減代」活動は、全く新しい発想を打ち出したものではなく、現在、病院が既に導入している経営ツールと連動し、その中の一部の強調と強化だという位置付けとした

それが僕がこの病院に入職した直後から導入してきたBSC(バランス・スコアカード)である。

当院が導入している「BSC」との連動

BSC(バランススコアカード)は1992年にハーバード・ビジネススクール教授のR・キャプランとコンサルタント会社社長のD・ノートンによって提唱された「企業における戦略とビジョンを4つの視点から考える戦略的経営システム」である。

BSCの4つの視点(オリジナル)

①財務の視点 ②顧客の視点 ③業務プロセスの視点 ④学習と成長の視点

このBSCが病院や医療業界のために考案されたものではないことはもちろんだが、病院は、「利益」や「黒字」の追求だけをしていれば良い、というわけでは決してないこと、病院運営には「財務(決算状況)」以外にも、重要な要素が非常に多いことなどによって、BSCの考え方は、「病院」に非常に適しているということが瞬く間に広がり、日本全国の多くの病院で取り入れられている。

僕も、この4つの視点のバランスを取って事業運営を進めていくという発想には非常に共感を覚え、今まで僕が事務長職(事務長・事務部長・事務局長)として関わった多くの病院で導入してきたところである。

現在お世話になっている大規模自治体病院でも入職直後から導入し、3年経過した今日では院内でかなり浸透している。

但し、今日の病院にとっては医療安全と感染防止が極めて重要であることから、ノートンとキャプランが提唱したオリジナルの4つの視点を、以下のように5つの視点にアレンジして運用させている。

僕が病院用にアレンジしたBSCの5つの視点

①財務の視点 ②患者の視点 ③医療安全の視点 ④業務プロセスの視点 ⑤人材と変革の視点

「無減代」は業務プロセスの視点に直結

BSCの「業務プロセスの視点」は比較的分かりにくい視点かもしれないが、病院に即して言えば「医療の質と効率性の追求」ということに尽きる。

病院内にいる医師を始めとするありとあらゆる職種のスタッフが、自分に与えられた役割と日々の業務を推進するに当たって、医療の質の向上と、生産性と効率性を高めることを目指すものと捉えている。

業務プロセスの視点が生産性と効率性の向上を目指すものだとすれば、それはそのまま「無減代」活動の目指すところと完全に一致する。

ということで、今年度当院で「無減代」活動に取り組むに当たって、僕は新規の取り組みや提案ではなく、もう既に院内で導入されかなり定着してきているBSCの一環、その中の一つの視点のズームアップ、そこにスッポトライトを当てる強化運動だと位置付けた。

当院では「無減代」を「無減替」に

なお、当院で導入した「無減代」は、「無減代」ではなく、「無減替」として進めていることを念のため報告させていただく。

これは正直にいうと、僕のケアレスミスで、当院で「無減代」活動を取り入れる際、僕が「代」の字を「替」として使ってしまったことによる。

出口さんの本を読んで深く感銘を受けた僕は、とにかくこの発想を病院に取り入れようと決心したのだが、字を間違えた、というよりも、「他のことでかえる」とする場合には、「替」がしっくりすると思われ、出口さんもこの「替」の字を用いていると思い込んでいた。

後日、改めて出口さんの本で確認したところ、「代」の字が使われており、思わず顔面蒼白、
しまった!と思ったが、既に病院内では「替」の字を使って説明し、推進を進めており、後の祭り

断っておくが、趣旨は全く変わらない。

変わらないどころか、僕は「代」よりも「替」の方が、その目指すところがより明確になると思われるのだが、厳密にいうと、「替」の字では「むげんだい」とならず「むげんたい」になってしまう、笑うに笑えぬ実態がある(笑)。

ということで、とんだ失敗をしてしまったが、院内で「替」の字は今更捨て難く、「むげんたい」を強引に「むげんだい」と読ませて、そのまま病院で使い続けている(苦笑)、念のため。

出口さんも許してくれるだろう。

スポンサーリンク

 

「無減替」は具体的に何を目指すのか?

僕が今の病院に導入しようとしている無減替の具体的な内容は、以下のとおりである。

かなり厳しく、徹底している。 

一言で言えば、こうだ。「病院を挙げて、院内から無駄な業務を一掃させる」こと

無駄な業務は何か?と言えば、それもハッキリしている。「生産性が低く、効率性に欠けるもの」だ。

単刀直入に言うと、こうなる。

当院に浸透している役所的な業務、役所的な発想の駆逐、排除である。

僕が無減替活動を当院に導入するに際して、案として作成した文書というかメモのようなもの。院内で承認が得られてこの文書で各所属長に説明会を実施した。
2ページ目である。

 

具体的には、

当院に浸透している役所的な業務、役所的な発想の駆逐、排除の具体例

①ハンコ文化の追放
②同じような書類を重複して求めない
③無くても済むものは、全て廃止
④正当な理由や根拠のない過去の流用、前例踏襲は原則廃止

本当にその仕事、その業務、その書類は必要なのか?もっと簡素化できないか?ダブっていないか?

ダブり、重複は、極力排除する。

スポンサーリンク

その狙いと目的はどこにあるのか?

これは3つある。

無減替の狙いと目的

1.医療職に医療に専念してもらうこと。医療職が事務作業に時間をかけることを改める。

2.時間外労働(超過勤務時間)と超過勤務手当の大幅な削減。

3.医師だけではなく全職員の真の働き方改革の実現

進めるに当たっての大方針(基本理念)

些細な改善ではなく、抜本的な改革を断行していく。生産性と効率性が上がることは躊躇なく実行していく。

ターゲットは日々のルーティンワーク、定例業務。但し、病院としての性質上、医療行為と医療行為に直結するものは、対象外とすることは言うまでもない。

いつも時間をかけてやっている業務について、全てを疑ってみる。

①目の前のいつも作っている書類は本当に必要なのか?
②他の簡単なもので目的は達成できないのか?
③「目的と手段」をはき違えていないか?

スポンサーリンク

実際に用いた「無減替」シートはこれだ

病院内では、医局(医師)を含めて全部署で「無減代」活動を進めることとしたが、ちょうど今年度の4月から正式に医師の働き方改革がスタートし、そちらの準備と整備の優先度が高く、医師を混乱させる心配もあったので、医師への導入は1カ月ずらすこととした。

病院内の全所属長に「無減替」活動の趣旨を説明し、部署ごとに『生産性と効率性を向上させる「無減替」活動 取組みシート』の提出を求めた

具体的な取組みとしては大きく2つの方向から、現在それぞれの部署で抱えている生産性と効率性を阻害している事項を洗い出し、その改善策を考えてもらった。

無減替シートで求めた2つの方向性

1.自部署の改善活動(アクションプラン)・・・自部署で生産性と効率性の妨げとなっている事項の列挙と、それぞれの改善策の策定。

2.自部署に影響のある他部署の困ったこと(改善してもらいたいこと)の記入。

病院というところは、「チーム医療」という言葉に代表させるように様々な職種が複雑に絡み合いながら治療や診療、業務を推進していくところに特徴があって、ある部署だけが独立して業務を成しえない厄介な職場である。

生産性と効率性を高めるためには、どうしても他部署との関わり合い抜きにして改革などできるわけもなく、そこから「自部署に影響のある他部署の困ったこと(改善してもらいたいこと)」を求めることになった。

その際に、他部署への誹謗中傷は厳に慎んでもらうことを求めると共に、院内の全部署が「お互い様」であり、そうすることで病院全体の業務改善とガバナンス強化、スキルアップに繋がると訴えた。

これが実際に用いたシートである。

これが院内で実際に用いた無減替活動の「取組みシート」である。

今後の進め方とスケジュール

各部署に無減替活動シートを提出してもらって、そのシートに基づいて、事務局長の僕が全所属長と丁寧なヒアリングを実施した。

事務局長が全所属長とヒアリング実施

無減替活動の狙いと目的を正しく理解していない部署には、現状を良く聞き取ってアドバイスし、アクションプランの修正を求めた。

所属長によってかなり温度差はある。病院を挙げてこのような取り組みを推進することを大歓迎してくれた部署もかなりあったが、中々趣旨が伝わらず、無駄な業務を見いだせずに困っている部署もあった。

中には、そういう意識で既に改善を進めており、もうこれ以上やることはないと言い切る部署もあったが、僕は「それでもまだ更にあるはずだから、考えてほしい」と迫った

改善が終わっていると主張する所属長には、では、以前はこういうことがあったが、それは効率性が欠けていたので、「いついっか(何時何日)から改善、改革に取り組み、今はこうなって効率性と生産性が上がっていると分かるように報告してほしい」と求めた。

他部署への依頼も事務局長の僕がその正当性と必要性をジャッジし、事務局長が判断できないときは、病院長と相談して進めた。

6月中に修正案も含めて整理し、7月から正式に医師を除く全部署で取り組みをスタートさせた。

取り急ぎ9月までの3カ月間取り組んでもらって、10月に成果を報告、それを僕がまたヒアリングするタイムスケジュールで動いている。

スポンサーリンク

 

院内ではちょっとしたムーブメントに!

無減替という取組みは、病院内では想定外に好評であり、色々な会議や打合せの席上で無減替のことが話題になっている。

ちょっとしたムーブメントになっている。

病院の幹部に対しても要望、見直しが上がっているのは当然で、それを受けて、病院長が長年に渡って行ってきた朝のミーティングを思い切って削減するなど、「先ずは隗より始めよ」で、実行に移している。

無減替の取組みの一環として、職員の要望をトップが受け入れたことで、それぞれの部署も真剣に取り組む必要性を感じてくれたようだ。

この取組みは、病院の大改革を推進するに当たって不可欠だと強く感じている。

スポンサーリンク

かなり浸透し、後は成果を出すだけ

この無減替の取組みは、想定外にも病院の現場に上手く受け入れられた感触がある。

まだスタートしたばかり。成果が上がってくることを楽しみにしている。

病院の大改革の第一歩を踏み出した。

 

☟ 無減代を提唱した出口治明さんの「いま君に伝えたい 知的生産の考え方に興味を持たれた方は、どうかこちらからご購入ください。

924円(税込)。送料無料。

 


いま君に伝えたい知的生産の考え方 (だいわ文庫) [ 出口 治明 ]

おすすめの記事