出口治明が世界史から10人のリーダーを選ぶ

既にブログで紹介させてもらった池上彰の「世界を変えた10冊の本」佐藤優の「悪書の勧め」「悪の処世術」など、一定数の本や人物を紹介する本を何冊かまとめて読んで来たのだが、その最たるものが、今回の「世界史の10人」だ。

この熱々たけちゃんブログではすっかりお馴染みの出口治明の本である。

稀代の読書家にして、知の巨人とも言うべき教養人。そして何よりも世界史の専門家でもある出口治明さんがチョイスした世界史の10人に興味が尽きない。

古今東西の世界史の中から10人を選んでその人生と功績に迫ろうとするこの企画、とにかくどんな人物が取り上げられているのか興味津々だったが、僕から見て少し何故だろうという顔ぶれとなっている。

この中には非常に良く知られた人物が多いのだが、ほとんど聞いたことがない、知られざる人物も数人混じっている。

ここが興味を惹かれるところだ。

紹介した本の表紙の写真
これが文庫の表紙。紹介した10人の写真が掲載されているが、この写真だけを見て、名前を言い当てることができるだろうか。あまり知られていない3人以外はかなり知られている肖像画ばかりである。

出口治明のチョイスの基準はどこに

古今東西の壮大な世界史の中から10人の人物を選ぶなんてことが簡単にできるわけがない。

どんな基準で選んだとしても所詮は無理があって、納得が得られる結果にはならないだろう。それが当たり前だ。

だから、その10人の顔ぶれが誰かなんてことは気にしても仕方がない。読者である我々はこの稀代の読書家にして世界史の専門家が選んだ10人のことを、聞かせて(読ませて)もらえば、それで十分だということになる。

確かにそのとおりなのだが、そんな身も蓋もないことを言ったら興醒めなので、出口さんが選んだ基準なり、その考え方を少し紹介しておきたい。

出口さんは本書の「はじめに」の冒頭からこう書き出している。

「世界史に登場する人物の中から、優れたリーダーを十人あげるとすればー。」

そして、「私の場合、おそらくそのときどきの気分で違う人物を選ぶことになると思います。なぜなら、歴史上興味を惹かれるリーダーは星の数ほどいるからです」と言いながらも、

「実は、数多ある星の中からリーダーを選ぶ基準はこれといってないのですが、どういう人がリーダーといえるかについては、はっきりとした基準があります」として、

なにを成し遂げたか、後世にどのような影響を与えたかで、真のリーダーかどうかが決まる。(中略)
リーダーは結果責任が全てです。現代の企業で考えてみても、まったく同じです」

こういう視点から選ばれた出口治明の10人には興味が尽きないが、かなり個性的な顔ぶれとなっている。

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出口治明に選ばれた10人の顔ぶれ  

ズバリこんな顔ぶれだ。サブタイトルも出口治明による。

1 バイバルス 奴隷からスルタンに上りつめた革命児

2 クビライ 五代目はグローバルなビジネスパーソン

3 バーブル 新天地インドを目指したベンチャー精神

4 武則天 「正史」では隠された女帝たちの実力

5 王安石 生まれるのが早すぎた改革の天才

6 アリエノール 「ヨーロッパの祖母」が聴いた子守唄

7 フェデリーコ2世 ローマ教皇を無視した近代人

8 エリザベス1世 「優柔不断」こそ女王の武器

9 エカチェリーナ2世 ロシア最強の女帝がみせた胆力

10 ナポレオン3世 甥っ子は伯父さんを超えられたのか?

出口さんはこの10人をチョイスするに当たって、4つのテーマに分類している点がポイントだ。

第1部『世界史のカギはユーラシア大草原にあり』と題して、
バイバルス・クビライ・バーブルの3人。

第2部『東も西も「五胡十六国」』と題して、
武則天と王安石の二人。

第3部は、『「ゲルマン民族」はいなかった』と題して、
アリエノールとフェデリーコ2世の二人。

最後の第4部は、『ヨーロッパはいつ誕生してのか』と題して、
エリザベス1世・エカチェリーナ2世・ナポレオン3世の3人。

4つのカテゴリーから10人が選ばれているのである。

本書の全体の作りは

この本は、2018年9月15日に発行された文春文庫である。まだ出版されて3年半ほどの比較的新しい本である。

紹介されている人物は10人であるが、本書のページ数は322ページと比較的厚め。このページ数を10で割れば一人当たりに費やされたページ数は32ページと直ぐに割り出せるのが、目次や「はじめに」。「おわりに」や「文庫本あとがき」、さらに4つのカテゴリーの総括的な解説がそれぞれにあるため、それらを差っ引いた純粋に10人の人物に費やされたページは270ページとなる。

したがって1人の人物に費やされたページ数は平均して27ページ。人物による長短はほとんどない。27ページというのは決して長いものではないが、それなりのページ数であり、一人ひとりの生涯と業績を伝えるには不足のない適切な長さと言えるだろう。

紹介した本を立てて写した写真
それなりに厚みのある文庫本である。

ほとんど知られていない人物もいる

出口治明が選んだ10人のほとんどは、良く知られた人物ばかりだ。

そんな中にあって、バイバルスとフェデリーコ2世、アリエノールの3人は一般的にはほとんど知られていないと思われる。

その基準はやっぱり高校の世界史の教科書に名前が載っているかどうかが決定的な決め手になっていると思う。 

あの「山川の世界史B」に載っていない人物だとどうしてもあまり知られていないということになってしまう。それは仕方がないことだが、そんな中にあって出口さんが敢えてあまり知られていない3人を、10人しか選べないという極めて過酷な条件の中で選んでいることに、著者の並々ならぬ強い意識と信念を感じざるを得ない。

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あまり知られていない3人について

この3人のことは、世界史オタクである僕も、名前は聞いたことはあったが、実はあまり詳しく知らなかったと正直に告白しておく。

本書をしっかり読んだ今となっては、こんな重要な人物を知らなくて、よく世界史オタクなどと言えたもんだと恥ずかしい限りである。

一般的にはあまり知られていない人物であっても、出口治明の独特の視点から歴史を捉えると、世界史上で類い稀な優れたリーダーということになる。

どんな人物で、どんなリーダーとして活躍したのかを簡単に説明しておこう。

バイバルスのこと

バイバルスはトルコ系のキプチャク人で、1260年に33歳の若さでマムルーク朝第五代のスルタンとなった。

バイバルスの肖像画
これがバイバルス。信じられないほどカッコイイ肖像画に息を吞む思い。

 

元は奴隷の身でありながら、当時不敗を誇った強力なモンゴル軍を破り、あの十字軍も退けた軍事面の天才であり、部下からも民衆からも愛されたイスラム世界の最も有名な英雄の一人だ。

優れた精神力と体力の持ち主で、17年間に渡る在位中に38回の遠征を実施し、モンゴル軍と9回、十字軍と21回に渡って交戦し、ほぼ全戦全勝。多くの遠征でバイバルス自身が陣頭で指揮を執ったという。

「戦闘能力、決断力、知性、戦略性、そしてカリスマ性までも兼ね備え、死後も長く語り継がれた波瀾万丈の名リーダー」と、出口治明は声を極めて絶賛している。

その波瀾万丈の生涯を知るには、本書を読んでもらうしかない。

フェデリーコ2世のこと

神聖ローマ帝国のホーエンシュタウフェン朝第3代ローマ皇帝(在位1215年〜1250年)。同時に第2代シチリア王であり第5代ローマ王でもあった。

フリードリヒ2世としても良く知られているが、本人が実際に活躍したイタリアにおいては、フェデリーコ2世呼ばれることが多い。

フェデリーコ2世の肖像画。
これがフェデリーコ2世の肖像画。いかにも中世を思わせ、もう少し現代人に訴えかける肖像画がほしいところだ。

 

出口治明はこの人物を絶賛しており、『スイスの有名な歴史学者のブルクハルトは、「王座上の最初の近代人」と評していますが、合理的に考え、宗教を相対化できるその知性は、今の時代にも十分に通用するものです。その意味では王安石と同じく、生まれてくるのが200年、300年早すぎた。後世に多大な影響を及ぼしたという点では、おそらく西方ではカエサル、ナポレオン一世と並ぶ傑物でしょう

どう考えてもカエサルとナポレオンと並ぶというのは持ち上げ過ぎだと思うが、出口さんがここまで口を極めて称賛するからには、相当な人物なのだろう。

ちなみにあの「ローマ人の物語」で有名な塩野七生も、「フリードリヒ2世の生涯」という上下2巻の分厚い本を書いて、絶賛していることにも触れておきたい。

どんな人生を送って、どんなリーダーだったのかは、本書を読んでいただこう。

アリエノールのこと

1204年、当時としては異例の82歳という長寿を全うして亡くなったアリエノール・ダキテーヌの生涯は、驚くほど複雑にして波瀾万丈を極めたものであり、簡単には紹介できない。

英仏ふたりの王と結婚。フランス王妃の地位を捨て、イングランド王妃となり、英仏にまたがる広大な領土を保有するが、親子、兄弟、夫婦の骨肉の争いと国家間の利害をめぐる闘争に引き裂かれる一方で、吟遊詩人を庇護するなど文学を奨励し、洗練された宮廷文化をフランス、イングランドに広めた。

子孫が各地の君主及び妃となったことから「ヨーロッパの祖母」と呼ばれた。

アリエノールの後世に描かれた肖像画
アリエノールの肖像画。もちろんこれは後世に想像で描かれた肖像画で、あまり価値はないと言うしかない。

 

再婚相手のイングランド王は有名なヘンリー2世。最初は共同統治者であったが、関係が破綻。16年間の幽閉生活を強いられるが、王との間に5男2女をもうけた。リチャード1世(獅子心王)という勇猛な君主と、あのマグナカルタを書かされたイギリス史上最低最悪の失地王ジョンの母親と言った方がイメージが湧くだろうか?

本当にこれ以上は考えられない程の起伏の大きな人生を送った。単に波瀾万丈の人生というだけなら、出口さんも世界史の10人には選ばなかっただろう。

アリエノールは、女は夫の言うがままという当時の倫理観に抵抗、自立して父祖伝来の土地を自ら統治することを選ぶなど、当時としては非常に珍しい自立的な人生を貫き通した女傑だった。

映画マニア(シネフィル)の僕は、あのキャサリン・ヘップバーンが史上最多となる4度目のアカデミー主演女優賞に輝いた名作「冬のライオン」が、正にアリエノールを描いた映画だったと知って、漸く納得するのである。

想像を絶する様々な苦難を経験した上で、慈愛と包容力に満ちた気高い女性となったアリエノールは、時代を先取りした自立した女性の鑑のような存在。そんなアリエノールを出口さんは限りなく高く評価する。

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出口治明ならではの目利きの視点がある

出口治明ならではの独自の視点が、前述の4つのカテゴリーだ。

特に真っ先に掲げられた「世界史のカギはユーラシア大草原にあり」との見解は実に興味深く、感銘を受けた。

世界史はどうしてもヨーロッパを中心とした西洋史が中心になりがちだ。それに中国史が加わるが、このユーラシア大草原の歴史は中国史ではなく、もっと北部の騎馬民族たちが主役となる。

ユーラシアの大草原を行き交ったモンゴル系やトルコ系などの遊牧民が世界を揺り動かしたとの着眼から、本書「世界史の10人」はこのユーラシア大草原で活躍したバイバルス、クビライ、バーブルから始まるのである。実に興味深い。

意識して女性は多めに選んだという

10人のうち女性が4人も選ばれているのが、いかにも出口治明ならではの発想というしかない。

中国唐の武則天、アリエノール、エリザベス1世とエカチェリーナ2世。4人とも大きな権力を掌握した男顔負けの絶大な権力者にして改革者であった点が共通している。

個人的には権力者ではないにも拘らず、歴史に大きな影響を及ぼした女性を選んで欲しかったという思いはあるが、優れたリーダーを選ぶとなると、こういう大権力者になってしまうのか?

少し違和感を否めないが、それぞれ常に生命の危険が存在するという非常に恵まれない環境の中で、権力を掌握していった点には、驚嘆せざるを得ない。

王安石:特に興味を持った人物①

本書で選ばれた10人の中で、僕が最も興味を持った人物は、王安石であった。

中国の宋において新法を次々に打ち出して大改革を進めた王安石は、非常に有名な人物である。

王安石の有名な肖像画
王安石の有名な肖像画である。いかにも知的な素晴らしい肖像画である。

 

だが、僕の理解では、いや、多くの歴史に詳しい人にとっても、その新法が大きな邪魔に遭って挫折し、それが原因ともなって、最終的に宋は異民族の侵入を防ぎ切れずに滅んでしまったという残念な結末を知っているので、王安石には改革に失敗した人物という負のイメージが付き纏っている。

だが、結果としては失敗してしまった改革とはいうものの、その改革が如何に斬新なものであり、時代を何百年も先取りするような素晴らしいものであったのかと知るに及んで、すっかり王安石を見直したのである。

こんなにすごい人物だったのかという驚きで、今、自分が職場において推し進めている改革への強烈な援護射撃となった。

ナポレオン3世:特に興味を持った人物②

もう一人、非常に興味深かったのは、あのナポレオン3世のことだ。

ナポレオン3世のことは誰でも良く知っているだろう。あの皇帝ナポレオンの甥っ子であり、叔父には似ても似つかないいかにも中途半端なダメ皇帝のことを、出口さんが何故取り上げるのか?

「意外にも、程があった」と驚くしかなかった。

誰がどう考えても、それほどの人物でもなければ、立派なリーダーにはほど遠いと思ってしまう。

フランス史上最高の英雄である初代皇帝の叔父の威光を借りて、クーデターを起こし皇帝に上り詰めたものの、パリの街中をきれいに改造した位しか功績がなく、世界あっちこっちの紛争に口を出しては戦争を繰り返した挙句、最後はプロイセンのビスマルクに手玉に取られて、普仏戦争において捕虜として捕らえられるという大敗北を演じて歴史の舞台から消え去ったナポレオン3世。

どう見てもいいところが思い浮かばない。

そんな叔父の七光りのダメ皇帝を取り上げた出口さんの真意に、逆に興味津々だ。

ナポレオン3世の肖像画
ナポレオン3世の肖像画。いい人だったのかもしれないが、いかにも頼りない。

意外と知られていない若き日の辛酸

今回、本書を読んで、このナポレオン3世が叔父さんの七光りとは言いながらも、皇帝の権力を手に入れるまで、こちらの想像を絶する大変な苦労と辛酸を舐め続けたという事実を知った。

ボナパルト叔父さんの威光は、何かと有利に働いたものと思っていた。ところが、実際はそうではなく、彼はあの皇帝ナポレオンの甥っ子でありながら、誰からも相手にされない雌伏の時代がめちゃくちゃ長かったのである。

それを知って、改めてフランス国民の民意というか、激しい革命を何度も繰り返し、民主主義を確立して来たフランスという国を立派なもんだなと、改めて感心せざるを得なかった。

あの英雄ナポレオンの甥っ子だからといって、簡単に権力が転び込んで来たわけでは決してなかったのである。

これは実に興味深く読めた。少しナポレオン3世を好きになってしまったくらいだ。

彼が実現しようとした皇帝民主主義というのも結構おもしろい。

大変な女好きで、放蕩を繰り返しながら、それなりに真剣に国と国民のことを考えていたことは間違いなさそうだ。

最後の普仏戦争があまりにもダメだった。あのビスマルクには到底かないっこないのだが、それはビスマルクの能力が傑出していたからであり、必ずしもナポレオン3世が無能だったわけではない。

そうは言っても、あまりにもぶざまだった。

だが、出口治明は言うのである。「終わりが悪ければ全てがゼロなのか」と。

これでは浮かばれない、という出口治明の思いは分からなくはない。

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著者自らも納得の力作にして名著

著者自ら「思い入れのとても深い一冊」と言って憚らない本書は、確かに読み応え十分の力作だと思う。

僕は夢中になって読んでしまった。10人全員のそれぞれの人生があまりにも波瀾万丈で、読んでいて本当に血湧き胸躍る思いの連続であった。

実に興味深くおもしろかった。僕は大いに刺激を受けた。この続編を是非とも出してほしいと願わずにいられない。

多くの歴史ファン、時代に翻弄されたリーダーたちの波瀾万丈の生き様に関心のある方は、是非ともお読みいただきたい。これは滅多にない名著と言っていい。本書を強くお勧めしたい。

 

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