半藤さんとの対談本の紹介:第6弾

久々に半藤一利さんの対談本を紹介する。既に5冊を取り上げており、今回は第6弾になるが、あの出口治明さんとの「世界史としての日本史」という新書である。

半藤さんと出口さんとの対談本の紹介は、今回2冊目であり、既に一度紹介済みである。

1冊目はあのおもしろさ抜群の「明治維新とは何だったのか」であった。これは本当に読み応え十分のめちゃくちゃおもしろい一冊だったが、今回紹介する「世界史としての日本史」も、相当におもしろい。

二人のファンならずとも、是非とも読んでいただきたいものだ。 

紹介した新書の表紙の写真
これが表紙の写真。重鎮二人の表情がいい。

「世界史としての日本史」って、どういう意味なんだ!?

一見、「うん?どういう意味なんだろう?」と訝りたくなるタイトルではあるが、読んで字の如く、全くそのままの意味だ。

日本史を世界史の中の一部として捉える、世界史という大きな括りがあって、その中を構成する1パーツとしての日本史という意味合いである。

その狙いとするところは、「日本史を特別扱いするな」ということに尽きる。日本史というものも、そもそも世界史の中の一部であって、日本史という世界史と相対するような特別な歴史があるわけではないということだ。

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本書の全体の作りと構成 

本書は2016年8月6日に初版発行された小学館新書である。僕の手元にあるのは2021年4月発行の第4刷である。5年程の間に4刷というのはかなり売れている新書だと思われる。

2016年の冬の終わりから春さきにかけて、約3時間ずつ4回に渡って対談が行われたという。半藤さんは実に86歳になる直前だった。

総ページ数は253ページ。新書として標準的な厚さであり、直ぐに読み切れる分量だ。特に小学館新書は行間にかなり余裕があって1ページに14行。以前紹介した「令和を生きる」(幻冬舎新書)は1ページが16行あり、ギッシリと詰め込まれた感があったが、14行はかなりのゆとり。ちなみに一般的には新書は1ページ15行が多く、これが標準だろう。

紹介した新書を立てた写真
立てるとこんな感じ。決して厚くも薄くもない標準的な新書本だ。

 

いずれにしても、本書は非常に読みやすく、直ぐに読めることは間違いない。

さて、本書の目次を見ると、全体が6つの章立てからできている。これを見ると、その言わんとする意図は明確に伝わってくる。

第1章 日本は特別な国とい思い込みを捨てろ

第2章 なぜ戦争の歴史から身を背けるのか

第3章 日本が負けた真の理由

第4章 アメリカを通してしか世界を見ない危険性

第5章 世界のなかの日本を知るためのブックガイド

第6章 日本人はいつから教養を失ったのか

いかがだろうか?

紹介した新書の裏表紙の写真
これが裏表紙。6つの章立てがそのまま掲載されている。 出口さんの表情が素敵だが、脳出血で療養中とは本当にショッキングだった。

本書の狙いはどこにある

近年メディアを席巻する「日本特殊論」。しかし、世界史のなかに日本史を位置づければ、国家成立時から現代に至るまでの、日本と、日本人の本当の姿が浮かび上がる。

「日本史」という特別なものがあるわけではなく、世界史という人類の歴史の中の一部分に過ぎない、それを言おうとしているのだが、その心は、日本史を特別扱いすることは、往々にして、日本民族は世界の中でも類を見ない特別な民族であり、他の民族と一緒にされては困るというような選民思想というか、日本民族の世界に冠たるところを強調することに発展しがちであり、ひいては戦前のように日本民族は神の国であり、特別に守られているという思い上がった思想に直結していくことを危惧しているわけだ。

日本史は、世界全体の歴史の中の日本という国の中の歴史に過ぎない、そのように考えていくことが、現在のグローバルな社会にあって必要な視点である、こう言おうとしているのである。

もう一つは、日本人は自国のことだけではなく、もっと世界史を勉強し、世界に目を向けてほしいと訴えている。

自国のことだけに興味を示すのではなく、正に国際人として世界史を意識し、世界史としての日本史をというものをもっと意識する必要があるとの主張だ。

作家・半藤一利とライフネット生命保険会長出口治明(現在は立命館アジア太平洋大学学長)という圧倒的な教養を誇る二人が、既存の歴史観を覆し、再び世界に遅れを取ったわれわれが、今なすべきことを語り尽くすというのが、本書の狙いである。

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個別の事件や時代ではなく日本人のメンタリティに迫る

日本は特別な国でも何でもない。どこの国であっても世界の中で特別な国、なんてものはないということが大前提となっている。そのような視点から知の巨人である二人が日本史を振り返りながら、今の日本と日本人への思いを発信していく。

本書では個別の事件や特定の時代ではなく、日本史全体が取り扱われることが重要だ。とは言っても、どうしても幕末から明治維新、更に無謀な戦争に突入していったあの時代が中心とはなるのだが、「万葉集」「日本書紀」「古事記」が書かれた6世紀から7世紀に遡り、白村江の戦いで大敗を喫したことが一つのきっかけとなって日本という国が成立したと語られるくだりなど、二人の知の巨人によって壮大な日本の歴史観が披瀝される様は、読み応え十分だ。

「坂の上の雲」は日本をきれいに書きすぎている

司馬遼太郎の「坂の上の雲」から始まる日本の近現代史に関する対話が、やっぱり圧巻だ。

出口さんが、「坂の上の雲」は名作で、読後感が爽快だと認めながらも、「あれが日露戦争の実態なのかというと、ちょっと違う気がするのです。『坂の上の雲』で描かれた日露戦争のイメージは、強欲なロシアが満州の北のほうから南のほうに圧力をかけてきて、まだ青年期の日本がその横暴に耐えて耐えて、ついに乾坤一擲の勝負を挑んで勝利を収めたというイメージで、とてもすっきりとする気持ちのいい物語です。(中略)
むしろ、革命騒動の気に乗じて、日本のほうが戦争を仕掛けて、満州の権益を得ようと虎視眈々と狙っていたというのが実態ではないでしょうか?
これは僕の勝手な想像なんですが、半藤さんが『日露戦争史』をお書きになったのは、ひょっとしたら、みんなが『坂の上の雲』が日露戦争だと思っているので、「あれが本当の歴史だと思ったらダメですよ」と知らしめるためだったのではないかと」。

それを受けて半藤さん。
「それほど大それた意図ではないんですが、まあ、ちょっと『坂の上の雲』は日本をよく書きすぎていますからね。それに「小説」なんですからね。なぜ司馬さんが『坂の上の雲』を書いたのかというと、戦後日本の歴史認識ではマルクス史観の影響があまりにも強く、日露戦争も侵略戦争と括られてしまっていたからです。何でもかんでも戦前の日本は悪いと。司馬さんはそれが嫌だ、間違っているということでお書きになられたんですね。
ところが、あんまり小説としてすっきりときれいに書きすぎちゃったので、出口さんのお話のように、純情青年の日本が強欲で老獪なロシアに圧迫されて、10年余も我慢に我慢を重ね、臥薪嘗胆で、ついに立ち上がったというイメージになってしまった」

なるほど、そういうことか。紆余曲折はしているが合点がいく。非常におもしろくて、興奮を抑えきれなくなってしまう。

この日露戦争のロシアと日本の攻防の話しを読むと、僕としては、どうしても今のロシアの信じられない蛮行に思いが行ってしまう。

ロシアによるウクライナへの侵略戦争に思いが行ってしまう

少し脱線するが、時あたかも、ロシアによるウクライナへの侵攻(侵攻どころではなく侵略戦争そのもの)が始まり、全世界がこのロシア、いやプーチンによる狂気の蛮行を見せつけられる中で、この日露戦争時のロシアとダブってしまうのが困ったものだが、これは同じロシアとは言っても、今のロシアとはまるで歴史的経緯が一変してしまっているので、注意が必要だ。

ソ連という社会主義の大実験を経験した後の現在のロシアと、革命前のロマノフ王朝の帝政ロシアとは全く違う存在である。ちなみにソ連時代にはウクライナはもちろん、ロシア、ベラルーシなどと並んでソ連の構成員として一つの国家を形成していたことは言うまでもない。

では日露戦争当時の帝政ロシアではウクライナはどうなっていたのか?実はロシアの一部だったのである。つまり元々ウクライナはロシアの一部だったのであり、独立したのはソ連崩壊後のこと。ここが今回のロシア(プーチン)によるウクライナ侵略の深層部分での根本的かつ最大の原因となっている。

プーチンがなぜあそこまでウクライナのNATO入りを嫌っているかというと、元々ロシアの一部だったウクライナがどうしてアメリカやヨーロッパ側に寝返るんだという強烈な思いがあるわけだ。

したがって、今回のロシアによるウクライナへの侵略・戦争は、見方によっては「内戦」と言えなくもない。「内戦」の要素が非常に強い。内戦というのは「スペイン内乱」や「アメリカの南北戦争」など、憎しみに満ちた壮絶な骨肉の争いになるのが常であり、一筋縄では終わらない。本当に心配である。

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ヒトラーとスターリンを知るためのブックガイドが有用

話しを戻す。

日露戦争の本質を巡る考察から、第二次世界大戦がどこからスタートしたのかという話しに展開していく。教科書的には1939年9月のナチスドイツによるポーランド侵攻からスタートしたと捉えられているが、実は、1939年5月の日本とソ連との間で起きたノモンハン事件から始まったという解釈がかなり有力になりつつあるという。半藤さんもそのように考えており、イギリスの著名なノンフィクション作家のアントニー・ビーヴァ―の『第二次世界大戦1939ー1945』でもノモンハン事件を起点にしているという。

そんな話しから、「世界史としての日本史を勉強するうえで、お薦めの本の紹介」となるのだが、これが僕としては非常に興味深く、役に立った。そして両者のお勧めの本がほとんど第二次世界大戦を舞台にした本ばかりになってしまっているのが、当然と言うべきなのか、やっぱりと言うべきなのか、いずれにしても非常に参考になった。

第二次世界大戦を理解することはヒトラーとスターリンを理解することだという。それは実は、今のロシアとプーチンを知るためにも不可欠のことだと思われる。

上述のアントニー・ビーヴァ―の『第二次世界大戦1939ー1945』、イアン・カーショーの上下2巻のめちゃくちゃ分厚い『ヒトラー』、ティモシー・スナイダーの『ブラッド・ランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』など必読の本の数々を知った。僕は早速買い込んで少しずつ読み始めている。

第二次世界大戦、太平洋戦争、ヒトラーとスターリン。興味が尽きない。これらを理解していないと、今のロシアとウクライナのことも究極的には理解できないと痛感させられる。

最後は今の日本人への警鐘

86歳目前の半藤さんは、今の日本人にかなり手厳しい。

「わが日本国の戦後においては、ものすごくこの辺の皆さんが頑張って、物質的に豊かな国家をつくってきたんですが、根底にある、人間としての本当の教養というか、国家を支えるための知恵は誰も持ち合わせてないではないかと思うんです」

出口さんも
「そもそも教養がない国だというのは同感です。(中略)国際的に見ると日本はむしろ大学へ進学しない国です。(中略)そのうえ大学に入っても大学生は全然勉強しない」
とこれまたけちょんけちょんだ。

出口さんはこうも言う。
「社員の一人ひとりが自分の頭で考えて、トヨタ流にいえば、“カイゼン”していくしかない。しかし、毎日遅くまで働いて「メシ、風呂、寝る」で、いい仕事ができると思いますか。
僕の言葉で言えば「人、本、旅」で、たくさんの人に会い、たくさんの本を読み、いろんなところに行って見聞を広めて、勉強して初めて、「これは使える」「これを試してみよう」と気づくことができて、いい仕事ができるようになるのではないでしょうか」

半藤さんも、本書を「大いに本も読み、勉強しなければならないという気になる」と締め括っている。

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実は、出口治明さんは脳出血で療養中だった

最近知ったばかりの衝撃のニュースに僕自身、動揺を隠せない。

何と、この半藤さんとの対談相手の出口治明さんが脳出血で倒れ、療養生活を余儀なくされていたという。全く存じ上げなかった。前回のブログでも出口治明さんの「世界史の10人」を取り上げたというのに。

本人自身の報告によれば、昨年(2021年)1月に脳出血を発症し、長く療養・リハビリをしていたが、今年の1月から立命館アジア太平洋大学の公務に一部復帰することができるようになったという。

「依然として麻痺が残っているため、今は電動車椅子に乗り生活をしておりますが、一人で電車に乗り、東京の自宅から東京キャンパスまで移動することもできるようになりました。以前のように発話することはまだ難しいですが、ゆっくりなら一部話すこともできます。(後略)」
これは2021年12月23日の学長としての発信であった。

全く知らなかった。とにかく少しずつ快復してきてくれているようで、何よりであった。どうかご無理をなさらずに頑張っていただきたいものである。

日本人なら是非とも読んでほしい貴重な一冊

この本は個別の事件や時代を描くものではないため、非常に対象が広く、少し取り留めのない印象を持たれる向きもあろうかと思われる。しかも日本特殊論を捨てろと言って、いかにも自虐史観だと排斥されそうな気さえする。だが、本書を読めば「自尊史観は自虐史観の裏返しに過ぎない。同根である」ということが良く理解できるはずだ。

そして不思議なことにむしろ日本の歴史に誇りを持てそうな気持ちになってくるのである。本書を読んで視野と見識が一回り大きくなって、非常に新鮮な爽やかな気分を味わっていることに気づかされることだろう。

現に僕がそうだった。これには思わず唸らずにはいられなかった。

いかにも嘆かわしい現状であるにも拘らず、何故かスッキリとした気分で、未来に希望が持てそうな、少なくとも今後もドンドン本を読んで、しっかりと前向きに勉強していこうという気になってくる。

これは非常に得難い貴重な一冊だ。一人でも多くの日本人に読んでいただきたいものである。

 

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