世界中での大絶賛に納得も、不満もある

カンヌ国際映画祭に続いて、アメリカのゴールデングローブ賞でも作品賞に輝き、3月27日(現地時間)の発表を待っているアメリカの第94回(2022年)アカデミー賞においても外国語映画賞ばかりか本家本命の作品賞や監督賞、脚色賞にもノミネートされている「ドライブ・マイ・カー」。その勢いが全く止まる気配がない。このままアカデミー作品賞に輝くようなことが起きれば、2年前の韓国のポン・ジュノ監督の「パラサイト 半地下の家族」の再現にもなりそうな勢いだ。

3月のアカデミー賞の発表が楽しみでならないこの作品も、日本での公開はかなり早く昨年(2020年)8月20日だった。

一部重複するが正確に触れると、カンヌ国際映画祭では脚本賞他4冠、日本アカデミー賞(僕はほとんど価値を認めていない)では8部門で受賞と既に名作との評価が定まっていた映画だったが、年明けになって、アメリカから驚きのニュースが続々と入ってきた。先ずはゴールデングローブ賞の作品賞の受賞に続き、アカデミー賞にもノミネート。それも以前は外国語映画賞と呼ばれていた国際長編映画賞だけではなく、作品賞・監督賞・脚色賞という主要部門でのノミネートは立派の一言に尽きる。

更に2月4日に発表されたキネマ旬報ベストテンにおいても、日本映画のベストワン。圧倒的な第1位に輝いたばかりか、読者選出ベストテンでも第1位。監督賞と脚本賞、俳優陣でも助演女優賞を獲得し、5冠に輝くという快挙を成し遂げた。

というわけで、日本国内ではもちろん、世界中で非常に高い評価を獲得し、正に世界中を席巻しているこの「ドライブ・マイ・カー」は、正に世界が認めた名作中の名作映画とのお墨付きをもらった格好である。

僕は映画館では観ておらず、今月18日に発売されたばかりのブルーレイを即座に買い込んで、早速観てみたので、紹介する。

紹介した映画のブルーレイのコレクターズ・エディションのジャケット写真
僕が購入したコレクターズ・エディションのジャケット写真。この中にブルーレイのケースが入っている仕様である。
紹介した映画のジャケット写真
これがブルーレイのジャケット写真。これを見るだけで結構内容が分かってしまうのがいいような悪いような。
紹介した映画の裏ジャケット写真
こちらが裏ジャケット写真。色々とコメントが掲載されているが、あまり読まない方がいい。

 

一言でいえば、さすがにいい映画。これだけの世界中からの大絶賛の嵐もむべなるかなと納得できたが、思いは少し複雑である。心の一番深い部分に染みてくるかけがえのない稀有の作品だとは思うが、不満がないわけではない。世界中での無条件の絶賛には抵抗があるというのが本音である。

この作品は、ある意味でミステリーとも呼ぶべき謎解きの部分も孕んでいるため、今回も「プロミシング・ヤング・ウーマン」同様にできるだけストーリーや内容には踏み込みたくない、この映画を観る人たちは極力、事前情報をシャットアウトして観てもらいたいと切望するため、僕の少し屈折した複雑な思いを伝えられないのが残念なのだが、まあ、後ほど少しだけ触れてみたい。

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映画の基本情報:「ドライブ・マイ・カー」

日本映画 179分(2時間59分=約3時間) 

2020年8月20日  日本公開

監督:濱口竜介

脚本:濱口竜介、大江崇允

原作:村上春樹「ドライブ・マイ・カー」(「女のいない男たち」(2013年)より)

出演:西島秀俊、三浦透子、岡田将生、霧島れいか 他

音楽:石橋英子 

主な受賞歴:カンヌ国際映画祭 脚本賞・国際映画批評家連盟賞 他4冠、ゴールデングローブ賞 最優秀非英語映画賞、日本アカデミー賞 8冠
(ノミネート)アカデミー賞 作品賞・監督賞・脚色賞・国際長編映画賞

キネマ旬報ベストテン 2021年日本映画ベストテン第1位 読者選出日本映画ベストテン第1位

3月27日(現地時間)発表のアカデミー賞の行方が果たしてどうなるか注目だ。

ブルーレイのディスク本体の写真。2枚組なので得点映像のDVDも付いており、その写真の一緒に載せている。
ブルーレイのディスク本体。コレクターズ・エディションは2枚組なので得点映像のDVDも付いており、両方を並べるとこんな感じである。

どんなストーリーなのか

村上春樹の短編小説が原作だというのに、何とこの映画は179分。3時間に1分間だけ足りないという非常になが〜い映画なのである。

そして、そのストーリーを説明したくない映画でもあるのだ。

日本のお茶の間でも、この映画がアメリカのゴールデングローブ賞に輝いたこと、更に本家本命のアカデミー賞にも主要部門でノミネートされたというニュースが駆け巡り、その際に必要最低限のストーリーが盛んに紹介された経緯があるので、ここでもそれに毛が生えた程度のストーリー紹介で留めておきたい。

主人公が西島秀俊であることも、皆さんご存知のことだと思う。

舞台演劇の演出家で俳優も務める西島秀俊扮する家福(かふく)。脚本家の妻の音と深い愛情で結ばれていたが、ある日突然、くも膜下出血で妻が死んでしまう。

その妻にはある謎があって、その謎を残したまま死んでしまったのだ。

そんな中で、家福が演出を受け持ったのがチェーホフの名作「ワーニャ伯父さん」。演出家、俳優など全スタッフが瀬戸内海を望む広島で缶詰になって練習に打ち込む中、主催者の厳命で主人公は愛車の運転を禁じられ、専任の運転手が配属される。それが三浦透子扮する若い女だった。

女ドライバーは極めて寡黙であったが、毎日、彼女の運転で車に乗っているうちに、死んだ妻の謎と主人公の生き様、更に若い女ドライバーの過去も少しずつ浮かび上がってくる。そんな二人が車を走らせて見たものとは?辿り着く先には何が待っているのだろうか?

退屈な話しのはずなのに

ただ、これだけの話しである。それが何と延々と3時間も続く。どう考えても3時間の映画にはなり得ないのだが、観ていると直ぐに引き込まれて、時間は全く感じさせない。

そのあたりは見事な脚本であり、素晴らしい演技陣と、美しい映像が観る者を虜にする。

これはひとえに脚本と監督の濱口竜介の見事な手腕としか言いようがない。

コレクターズ・エディションに添付された別冊解説書の写真
コレクターズ・エディションにはかなり立派な別冊解説書が添付されているのが嬉しい。オールカラーの全12ページは嬉しい。
別冊解説書の中の2ページ。主演俳優たちのプロフィールの解説部分の写真。
別冊解説書の中の2ページ。俳優たちの紹介。ほとんどパンフレットそのもので、非常に良心的に作られているのが嬉しい限り。

「寝ても覚めても」が大好きだった

僕は濱口竜介が大好きなのである。何と言ってもあの「寝ても覚めても」だ。「あの」という枕詞を付けてしまうのは、もちろん主演を演じた二人の俳優のスキャンダルがあって、この映画のことは話題にしたくない、という感じになっているからだ。

本当にこの上ない不幸な話し。

この主演の二人とはもちろん東出昌大と唐田えりかのことだ。

この二人はこの映画での共演がきっかけとなって東出昌大には杏と三人の子供がいたにも拘らず、実生活でも恋仲となり、大スキャンダルとなった。結局、東出は杏とは離婚し、今に至っていることを知らない人はいない。

あの二人が出ていた問題の映画が濱口竜介の「寝ても覚めても」だったのだ。

正に何たるスキャンダル!
そんな不幸な顛末を呼び込んでしまった映画ではあったのだが、この映画は本当に素晴らしい作品で、僕はギンレイホールで観て、一発で心を奪われた。大のお気に入りの作品となっている。

僕は、あの映画を観て、すっかり唐田えりかの大ファンになってしまったと告白しておく。

この人が作る脚本と監督作なら絶対に間違いないという確信を抱かせてくれる数少ない映画作家。

僕が個人的に特別気に入っているということではなくて、濱口竜介は現在、世界中で最も注目され、将来の世界の映画界を背負って立つ才能の持ち主だと評価されている人材だと言って間違いない。

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監督・脚本の濱口竜介のこと

濱口竜介は1978年12月16日生まれ。まだ43歳の若さであるが、今回の「ドライブ・マイ・カー」で世界中から注目される前から、既に良く知られた注目の監督だった。

僕のお気に入りの「寝ても覚めても」は濱口竜介の商業映画の第1作であり、この作品よりも前に既に良く知られた存在だったということに注目してほしい。

先ずは簡単に略歴から紹介しておく。

2008年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作作品である『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され高い評価を得た。

その後も東日本大震災の被害者へのインタヴューから成る『なみのおと』、『なみのこえ』、東北地方の民話の記録『うたうひと』などのドキュメンタリーを作り一方で、4時間を超える長編『親密さ』、染谷将太が主演の『不気味なものの肌に触れる』を監督。

特筆に値するのが、2015年の『ハッピーアワー』という何と5時間17分の長編。これは映像ワークショップに参加した演技未経験の女性4人を主演に起用した作品だったが、ロカルノ、ナント、シンガポールほか国際映画祭で主要賞を受賞し、一躍、世界で良く知られることになった。

そしてこの後に僕の大好きな商業映画第1作『寝ても覚めても』が来るのである。

最近は正に飛ぶ鳥を落とす勢いで、昨年公開された『偶然と想像』は、ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員大賞)受賞という快挙を成し遂げた。

また一昨年に公開され、非常に高い評価を受けた黒沢清監督の『スパイの妻〈劇場版〉』では脚本を書いており、これはヴェネチア国際映画祭銀獅子賞に輝くなど、本当に濱口竜介が関わる映画は悉く高い評価を受けており、驚嘆してしまう。

今回の『ドライブ・マイ・カー』は商業長編映画の第2作目であるが、濱口竜介自身が村上春樹の原作に惚れ込み、自ら映画化を熱望、脚本も手掛けたのである。

チェーホフ「ワーニャ伯父さん」が全面に登場

ネタバレになるからあまり触れたくないが、これは演劇の俳優兼演出家を主人公にした作品なので、映画の中にも古典となっている世界的な名作戯曲が出てくる。中でも映画の全体を通じてズッと語られ、描かれ続けるのは、チェーホフの有名な「ワーニャ伯父さん」。

このチェーホフの名作が映画の中に、ズッとバロック音楽における通奏低音のように、いやもっと全面に出続けるのである。

この映画はある意味で、チェーホフ作品の最良の映画化と言ってもいいくらいだ。

僕は高校時代からチェーホフを熱愛しており、言いようもなく嬉しい。「ワーニャ伯父さん」はチェーホフのいわゆる4大名作戯曲の中でも最も暗い、辛い話しなのだが、これがこの映画の登場人物たちと見事にシンクロしてくる、とだけ言っておくに留めたい。

後は全て観てのお楽しみ。

劇の話しでもう一点だけ付け加えると、戯曲が描かれると言っても、本当に変わっていて、チェーホフの「ワーニャ伯父さん」が、多言語で上演されるのである。

最初は訳が分からなかったが、これはすごい試みだ。この映画の中で取り入れられた特別な手法なのか、現代の演劇ではこういうことが普通に行われているのかは、全く分からない。

多言語上演というのは、チェーホフの「ワーニャ伯父さん」のテキストが、演じる俳優によって日本語だけではなく、英語や中国語や韓国語、更に何と手話で語られるのである。

つまり俳優たちは極めて国際的豊かで、言葉を発せられない人までいるということ。

実は、この手話が圧巻なのである。

観客には当然、舞台上に字幕が用意されるので、何の不都合もないのだが、この効果が意外や意外、心の一番深いところにそれぞれの台詞が届いてくるのである。初めての大変な体験をさせてもらった。

めちゃくちゃ変わっているのだが、それでいて強烈なインパクトを与えられることに驚かされる。

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大前提としての物語の設定に抵抗があるのだが

この映画で一つ、どうしても引っかかって抵抗があるのは、予想外にもかなりSEXの話題が全面に出てくることだ。

ネタバレになるので、詳しくは書けないが、あのプロットというか設定はそもそもどうかと思うし、露骨なSEXシーンが頻繁に出てくるわけでは決してないのだが、そうは言っても子供には見せられないシーンも多く、SEXのことはかなり話題になる。しかもシチュエーションが少しおかしい。

これは僕としては好きじゃない。僕は村上春樹のことはお恥ずかしいくらいに何も知らない人間なのだが、こういうSEXの描き方をする作家なのだろうか?村上春樹の原作がこういう設定になっているのだろうか?

ハッキリ言って趣味が悪いし、つまらないというのが僕の正直な感想だ。

少なくとも、こんなにいい映画なのに、この映画は子供とは絶対に一緒に観ることができない困った映画なのである。
念のため。

あまり話題にならないが西島秀俊は素晴らしい

この映画はこれだけ世界中で大絶賛されているのに、何故か主役を演じた西島秀俊のことは割と無視されている。

これだけ色々な賞を獲得、あるいはノミネートされているにも拘らず、彼は全米批評家協会賞でアジア人初の主演男優賞を受賞しているだけで、それ以外ではあまり有名は映画賞を受賞するには至っていない。

う〜ん、残念だ。

この映画では、主演の持っている役割が他のどんな映画よりも重大で、西島秀俊は言ってみれば映画に出ずっぱりなのである。

そして僕は、西島秀俊はかなりいい演技をしていて、非常に印象に残る素晴らしい仕事をしたと思っている。キネマ旬報ベストテンの今年の主演男優賞は、あの西川美和の「素晴らしき世界」の役所広司が獲得した。

これは相手が悪かったと言うべきか。この「素晴らしき世界」での役所広司は、本当に特別に素晴らしかったので、やむを得なかったかなと思う。西島秀俊は運が悪かったとしか言いようがない。

僕はこの映画の西島秀俊には好感を抱き、絶賛したいと思っている。

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ものすごい喪失の話し

これは心に染みる素晴らしい映画だった。心に染みるというよりも、僕の場合には心に突き刺さったと言うのが、真相だ。

人はものすごい喪失を体験した後で、どうやって生きていくのか、という深刻かつ大切な話しが、非常に分かりやすく展開される。一部、受け入れ難い部分はあるとは言うものの、誠実な、人生に真っ正面からしっかりと向き合ったかけがえのない良心作だ。

観る方もどうか3時間、じっくりと向き合っていただきたいものだ。

 

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