映画の基本情報:「1917 命をかけた伝令」

アメリカ・イギリス合作映画 119分  

2020年2月14日 日本公開

監督:サム・メンデス

出演:ジョージ・マッケイ、ディーン=チャールズ・チャップマン、マーク・ストロング、アンドリュー・スコット他

これは観たくて観たくてたまらなかった映画

理由は次の3点に集約される。

1.僕が非常に興味を持っている第一次世界大戦を描いた映画だということが先ずは第一。僕は第一次世界大戦に限りない興味を持っていて、この未曾有の大戦争を描いた映画にたまらない魅力を感じているのである。

過去に実にたくさんの作品が作られているが、いずれも名作、傑作ばかりで、この系譜に新しい作品が加わることが嬉しくてたまらない。

2.この映画を作った監督の大ファンなのである。サム・メンデス。好きな映画監督は古今東西、それこそ数え切れないくらいいるが、サム・メンデスは若き大巨匠で大好きな人。この人の作品数はそれほど多くないが、その全ての作品が名作ばかりでやはり天才と呼ぶべきだろう。

あの「ダークナイト」と「ダンケルク」のクリストファー・ノーラン監督の好敵手だと思っている。

その大好きなサム・メンデス監督が作った第一次世界大戦を描いた映画。期待するなと言う方が無理というものだ。

3.理由の3番目は、公開前から大きな話題になっていたこと。この映画はある意味で特殊な映画で、全編を、つまり映画の冒頭から終了までの2時間をワンカットで撮影したということ。

カメラを止めないで、カットの積み重ねなどの編集をせずに撮影し続けることを長回しという。それがワンカットなのだが、映画の中のある特定のシーンを長回しで撮影する手法は色々な映画に使われていて、そこが映画の見所になることは多いのだが、そのワンカットが文字通りワンカット、2時間の映画をカットせずに描くという映画は、映画史上ほんの数本しかない。

この映画はその驚異のワンカットとして公開前から大きな話題になっていたのである。

僕はこの長回し、ワンカット撮影が大好きなのだ。色々な映画を観ていて、長回しのシーンが出てくると、もうそれだけで血が騒いでしまう。

この「1917 命をかけた伝令」は、『大好きな映画監督が大好きな映画技法を駆使して描く興味尽きないテーマの映画』。

こうなるわけだ。もう観る前から興奮が抑えられない。
ちなみにこれはギンレイホールでは上映されず、僕は発売日当日にブルーレイを買い込んで、その日のうちに家のテレビで観たのだった。残念!

で、どうだったのか。

これがブルーレイのジャケット写真。正に塹壕に立ち尽くす兵士。

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全ての期待を裏切らない稀有な映画

期待どおりのものすごい映画だった。僕の事前の期待を全く裏切らなかった稀有な映画と呼ぶしかない。ここに第一次世界大戦を描いた素晴らしい傑作がまた1本、新たに加わったことを素直に喜びたい。

ストーリーは単純極まりない

第一次世界大戦は1914年に始まっており、終戦は1918年なので、正にこの映画は第一次世界大戦の終盤に、イギリス軍が撤退し始めたドイツ軍に最後の攻勢を仕掛けるに当たって、これはドイツ軍側の罠だとの情報をつかんだイギリスの将軍が部下の2人の兵士に命じて、総攻撃をしかける前線部隊に「攻撃中止」の伝令を託し、その二人が戦火と敵軍の攻撃をかいくぐって前線に伝令を伝えられるかどうか、ただそれだけの話しである。これが伝わらないとドイツ軍の罠に陥って1,600名ものイギリス軍が壊滅してしまう。2人は1,600人の兵士の命を救うことができるのだろうか?

これだけの話しではあるが、第一次世界大戦の最前線を描く映画だけあって、見所は満載だ。それを何とワンカットで描くという途方もない試み。考えるだけで気が遠くなってしまう。

こちらは裏表紙。名シーンがいくつか載っていて嬉しい。ストーリー紹介も分かりやすいのでご参考に。

第一次世界大戦を描いた名作・傑作映画の数々

本当にたくさんあるのである。古くから今日まで色々なタイプの映画があるが、そのいずれもが必見に値する名作ばかり。いずれ一本一本詳しく紹介していきたいが、ここでは代表的な作品を製作年代順に列挙しておきたい。ちょうど10本を紹介しておこう。
読者の多くが、ああ、この映画は知っている、観たことがある、確かに素晴らしい映画だったと思われること必至。

① 西部戦線異状なし(1930年)ルイス・マイルストン監督

② 大いなる幻影(1937年)ジャン・ルノワール監督

③ 突撃(1957年)スタンリー・キューブリック監督

④ アラビアのロレンス(1962年)デヴィッド・リーン監督

⑤ まぼろしの市街戦(1966年)フィリップ・ド・ブロカ監督

⑥ 素晴らしき戦争(1969年)リチャード・アッテンボロー監督

⑦ ジョニーは戦場に行った(1971年)ダルトン・トランボ監督

⑧ ロング・エンゲージリング(2004年)ジャン・ピエール・ジュネ監督

⑨ 戦火の馬(2011年)スティーヴン・スピルバーグ監督

⑩ 天国でまた会おう(2017年)アルベール・デュポンデル監督

いやはや豪華ラインナップ。本当に映画史に残る傑作・名作ばかり。錚々たる監督の名前にも圧倒されてしまう。70年代から30年間以上話題作がないのが気になるが、21世紀に入ってからも傑作が引きを切らない。

どうして第一次世界大戦に興味を持つのか? 

これは非常に深いテーマになるので、ここでは簡単に触れるに留めたいが、僕はこの第一次世界大戦を、その後に起きた第二次世界大戦と連続した一つの戦争と捉えているのである。これはある歴史学者の有力な見解で、ある時、その説に触れて以来、僕はずっとそう捉えている。つまり20世紀の前半に起きた世界大戦は1914年に開始され、途中で約20年間の中断を含んで、1945年まで続いた30年戦争だったと。

そう捉えると、全てはこの第一次世界大戦が鍵だったということになる。この戦争がなければその後のあの未曽有の大悲劇を引き起こした第二次世界大戦もナチスもヒトラーもなかった。ユダヤ人のホロコーストもなかった。

第一次世界大戦をどう捉えるか。これが両大戦を通じて1億人近い人の命を奪った、人類史上最悪の悲劇を解き明かす鍵になる。そういう目で見ると、本当にこの足掛け5年間に及んだ大戦争への興味が尽きないのである。

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監督のサム・メンデスのこと

サム・メンデスの映画には駄作が一つもない。最近ではダニエル・グレイグ扮する007シリーズでかなり有名になったが、そこに至るまでが凄い。その全てが屈指の名作ばかりだ。代表的なところを列挙すると、

① アメリカン・ビューティ(1999)・・・・・アカデミー監督賞
② ロード・トゥ・パーディション(2002)・・2003年キネマ旬報ベストテンのベストワン作品
③ ジャーヘッド(2005)
④ レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで(2008)
⑤ 007 スカイフォール(2012)
⑥ 007 スペクター(2015)

そして2019年の今回の「1917 命をかけた伝令」と続くわけだ。 

サム・メンデスは若くして真正面からの正攻法で堂々たる映画を作ってきた監督で、元々は演劇畑の出身。最初の2本「アメリカン・ビューティ」と「ロード・トゥ・パーディション」で世界中の映画ファンの心を鷲掴みにしてしまった。僕自身も正にその典型だが、確かのこの2本はそら恐ろしいまでの傑作。その後もそのスキルを保ち続け、今回、こんな実験的な傑作を撮ったことは驚嘆と称賛に値する。

長回し(ワンカット)撮影について

次は映画撮影の手法としての長回しについて。

長回しは僕は本当に好きでたまらないのだが、そもそもどうしてそんな長回しを撮るかというと、とにかく長回しは映画を観る者にとって、その映画への臨場感と緊張感が非常に高まる、それに尽きる。映画を観る人そのものがその映画の中に引きずり込まれるという効果があるのだ。長回しの対極にあるのが細かいショットの積み重ね。これこそ映画の本質とも言えるのものだ。細かいショットを積み重ねることで、映画はその表現を格段に高め、時間をも超越できることとなった。長回しを得意とする監督も多いが、逆に有名な映画監督の中には長回しが嫌いで、ショットの積み重ねという編集技術で映画表現を極める人もいる。著名な監督では僕も大好きな岡本喜八などがいる。

一方で、長回しを得意とする映画監督は本当に多い。長回しを実現するには徹底的な検証と準備が不可欠で、本当に大変な作業になるのだが、それだけに監督の芸術感とリーダーシップが問われ、これを得意中の得意としている監督は古今東西を問わず、本当に多い

日本ではあの名匠の溝口健二を筆頭に、相米慎二が有名だ。外国には枚挙にいとまがない。何と言っても「旅芸人の記録」「アレクサンダー大王」で有名なギリシャの天才にして大巨匠のテオ・アンゲロプロスが有名だ。著名な人気監督が続々と続く。オーソン・ウェルズ、ビクトル・エリセ、マーティン・スコセッシ、ブライアン・デ・パルマ等々。今、注目の若手映画監督ではメキシコが生んだ鬼才のキュアロンとイニャリトゥという好敵手の二人がどちらも長回しに拘った映画を作っている。

僕が愛してやまないあの「スリー・ビルボード」にも驚嘆すべき長回しシーンが出てくる。

大切な点は、これらの監督が作った映画の中で用いられている長回しは、あくまでも2時間前後の長い映画の中のホンの一部に使われているということだ。映画史上、最も素晴らしい長回しの一つと言われているオーソン・ウェルズの「黒い罠」では冒頭の4分間が驚くべき長回し。本当に驚かされる。いずれもそんな扱われ方だ。映画の中で、このシーンだけは観客を釘付けにしたいという一番大切なシーンで用いるのである。他は普通にショットの積み重ねという編集で見せる。

この長回しはカメラを止めないわけだから、時間という概念を超えることはできないのが本来の姿だが、中には信じられないような驚異的な表現を実現した長回しがある。カメラが360度ゆっくりと途切れることなく回り始め、最初の振り出し地点に戻ってきたときは時代が変わっているなんて神技を使った表現まである。そんなことをやったのはあのテオ・アンゲロプロスだが、それを真似したブライアン・デ・パルマの「愛のメモリー」も忘れられない。

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丸々1本の映画をワンカットで撮影しようとする途方もない挑戦

上述のとおり長回しは映画の中のある重要な一部分に用いられるのがほとんどである。中には1本の映画の中に2~3回印象的な長回しが出てくることもあるが、あくまでも全体の中の一部に過ぎない。

ところが、実は2時間もかかる映画の全体をワンカットで撮影してしまおうという途方もない挑戦に挑んだ監督と映画がある。今回のこの「1917 命をかけた伝令」が正にそれだが、これ以前にも何本か存在している。
僕が認識しているのは次の4本だ。

①「ロープ」(1948年)アルフレッド・ヒッチコック監督 80分
②「エルミタージュ幻想」(2002年)アレクサンドル・ソクーロフ監督 99分
③「バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(2014年)アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督 119分
④「ヴィクトリア」(2015年)セバスチャン・シッパー監督 138分

※一昨年(2017年)の邦画で非常に話題となった「カメラを止めるな」(上田慎一郎監督)という小規模予算の作品があったが、あれも冒頭の37分間はワンカットで撮られていて、ワンカットで撮ることを目的とした上での苦労とドタバタを描いたユニークな映画であったことは記憶に新しいのではないか。

結論的には、2時間前後の長編映画をワンカットの長回しで撮るということは不可能なことで、これらはいずれもワンカットで撮られたように見せていて、実際にワンカットで撮影したものではないことは分かっている。でも普通に観ていると、本当にずっとつながっているように見える。

要は、2時間の長編映画をワンカットで撮ろうなんて試みは、ある意味でナンセンス。それを実現させるための苦労たるや並大抵のことではない。つまり映画全体で伝えたい、訴えたいということがどこかへ飛んでしまって、全編を通じてワンカットで撮る(撮っているかのように見せる)ことに目的が行ってしまって、本末転倒になりかねない映画で何かを訴えるのに何も全体を通じてワンカットである意味なんか全くない、この長回しの熱愛者がそう言うのである。

正直に言って、全編を通じてワンカット撮影なんて言われると緊張感が半端ではなく、しかも本当にどこでも切れないのだろうかとそんなことばかりが気になって、映画の中身に、テーマに集中できない。本当に罪な映画になってしまうのである。

紹介した上記4本の映画も、イニャリトゥの「バードマン」はアカデミー賞で作品賞・監督賞を始め主要4部門に輝いた傑作として有名だが、これはほとんど奇跡的なことで、少なくても全編を通じてワンカットだから高く評価されたわけでは決してない。

これがブルーレイ本体。ジャケット写真と一緒のものだが、かなり気に入っているデザインだ。

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では、「1917 命をかけた伝令」はどうなのか

僕は素晴らしい映画だと感動した。映画を観ている者が、本当に第一次世界大戦のその現場に居合わせているかのような臨場感と緊張感は大変なものだ。第一次世界大戦と言えば、塹壕の中で戦ったことが有名だが、その延々と続く塹壕の中の移動シーンなどは、かのスタンリー・キューブリックの名作「突撃」の名シーンを彷彿とさせるもので、冒頭からワクワク・ドキドキさせられ、様々な難関を掻い潜って遂に最前線に到達するまでの継続した臨場感は、正にワンカットなればこそということは確かに良く分かる。

すごいものだ。一体どうやってワンカットでこんなすごい戦闘シーンを撮影するんだろうと途方に暮れるばかり。

だが、この映画を観た感動の要因は、映画の全体を通じて全てがワンカットという長回しで撮影されていたからでない。ここには目を覆いたくなるような悲惨なシーンから非常に印象に残る静謐なシーンまであるのだが、それらが一本でつながっているということは本当に信じられないが、何も一本でつながっていなくても、つまりワンカットでなくてもいいじゃないか、と言ってしまいたくなる。

目の奥に焼き付く素晴らしいシーンのオンパレードなのだが、それはワンカット撮影だからなのか?これは皆さんに実際に観てもらって感想を聞かせていただきたいところだ。

俳優陣は有名な人はほとんど出ていないが、それが本当の戦場に居る感を更に盛り上げる。このあまり知られていない素晴らしい俳優たちにも最大限の賛辞を捧げたい。

サム・メンデスはとんでもない映画を作り上げた。全編を通じてのワンカット撮影の是非はともかく、ともかく大変な苦労をして長回しで撮影したことによって、臨場感とこの未曽有の第一次世界大戦という悲惨な戦い、その地獄を体験できる映画になったことは間違いないだろう

一人でも多くの方に、この第一次世界大戦の地獄を体験し、目撃していただきたいものだ。

少し大風呂敷を広げてしまったが・・・。

今回は、全くテーマの異なる3つの視点から1本の映画について語ったのだが、大風呂敷を広げ過ぎて焦点がボケてしまった感が強い。だが、このちょっと特殊な変わった映画を紹介しようとすると、どうしてもこういう展開になってしまう。

第一次世界大戦というテーマ。長回し(ワンカット)という映画技法。そして名匠サム・メンデス。どれか一つだけでも興味を持たれたら、他の映画にも是非とも当たってほしい。

ここで取り上げた傑作の数々については、個別にまた取り上げていくつもりである。

 

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