目 次
この映画のブルーレイ化はほとんど事件!
これにはビックリした。「ミュージックボックス」が遂にブルーレイになった。勘違いしないで欲しい。DVDになっていた映画が、漸くブルーレイになったということではない。
そもそもDVD化もされていない幻の映画だったのである。
VHSと言って今の若い人たちに通じるだろうか?あのすっかり消えてしまったビデオテープのことだ。信じられないことだが、この映画、かつてVHSのビデオテープで出て以来、ずっとDVD化されることなく、市場からもレンタルショップからも完全に姿を消してしまった。
DVDにならないどころか、ネットの動画配信にも加えられることなく、全く観ることができなかった。
映画の公開は1989年の年末。これは本国アメリカでの公開で、日本での公開は何故か約1年後の1990年12月初頭だった。
1989年は例の天安門事件と東欧革命が起き、ベルリンの壁が崩壊した世界史的にも特別な年である。
そんな歴史に残る特別な年に製作された映画が、日本での公開は1年遅れ、本国公開から2年後の1991年に漸くVHSテープとなってレンタル店に置かれた。
僕はそれを観たんだと思う。それ以来、30年以上も忘れられた映画となっていたのである。
それがどうした風の吹き回しか、一昨年の2021年に突然、ディスク化された。
それも一挙にブルーレイとして発売。もちろん同時にDVDにもなっている。
そして、ほぼ同時期にU-NEXTにも加わり、ネット配信でも自由に観ることができるようになった。
こんな朗報はない。
映画史に残る第一級の傑作・名作
そんな経緯もあって、正当な評価を与えられることもなく埋もれてしまった映画だが、その出来栄えとしては、超一級の傑作。いや、超弩級の名作だと断言したい。
ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞
そもそも、この映画は1990年の第40回ベルリン国際映画祭の金熊賞に輝いている。
ベルリン国際映画祭は世界3大映画祭の一つ。金熊賞はもちろん最優秀作品賞、カンヌ映画祭で言えば、パルム・ドールである。
そんな世界が大変な名作と認めた映画が何故か日本での公開が遅れたばかりか、忘れ去られた映画となってしまった。
僕は公開直後に観ている。映画館で観た記憶はないので、多分、VHSのビデオテープをレンタルしたんだと思う。強烈な衝撃を受けて、最も忘れ難い映画の一本となった。
キネマ旬報のベストテンに入らなかった
不思議なことが更に起きる。世界が認めた名作であり、衝撃的な問題作でありながら、その年のキネマ旬報ベストテンに入らなかったのだ。公開時期が年末で、不利になったと考えられるが、いずれにしても不当に低い評価。1990年のキネマ旬報ベストテンの第15位に留まった。
あれだけ僕が感動し、興奮が収まらない中で、キネマ旬報のベストテンから漏れたことは残念でならなかった。
日本での低い評価が影響したのか、その後、DVD化されることは遂になかった。
本当に不思議なことだ。監督は世界屈指の名監督コスタ=ガヴラスだったし、法廷劇とは言うものの、テーマはホロコースト、ナチスの蛮行を暴く内容で、その傑出した出来栄えから言っても、こんな映画が普通は埋もれてしまう筈はない。
だが、幸いにして、こうして突然のブルーレイ化。興奮が収まらない。たまたま、偶然にこの映画のブルーレイ化を知って、僕は狂喜し、即座にブルーレイを注文したという次第。
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30年振りに観てどうだったのか?
そして、じっくりと鑑賞。実に30年振りの再見である。
その結果。
やっぱり素晴らしかった。凄い作品だった。ストーリー展開はしっかりと覚えていて、それはそうだ、一度観たら忘れられる筈がない!
だが、細部は忘れており、改めてハラハラドキドキが止まらなくなる。
そしてあの鳥肌が立つ衝撃の最終20分を迎える。
感動した。鳥肌が立った。戦慄が走った。あまりの衝撃に言葉が出なくなる。
30年前の僕の感想は間違いではなく、正しく映画史に残る超弩級の傑作だった。幸いにも30年前と同様、いやそれ以上の衝撃と感動を受けたのである。
画質の素晴らしさも特筆もの。30年以上待たされた甲斐があった。実にクリアな美しい画質で、最新の映画と何ら遜色はない。
単に漸くディスク化されたというだけではなく、非常に鮮明な素晴らしい画質で蘇ったのだ。
こんな嬉しいことはない。
一人でも多くの映画ファンに観ていただきたいという一心で、このブログを書いている。
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映画の基本情報:ミュージックボックス
アメリカ映画 124分(2時間4分)
公開
1989年12月22日 アメリカ
1990年12月8日 日本
監督:コスタ=ガヴラス
脚本:ジョー・エスターハス
出演:ジェシカ・ラング、アーミン・ミューラー=スタール、フレデリック・フォレスト、ドナルド・モファット、ルーカス・ハース 他
撮影:パトリック・ブロシェ
第40回ベルリン国際映画祭金熊賞受賞作品
どんなストーリーなのか?
アメリカで優秀な弁護士として辣腕を振るう主人公の父親はハンガリー移民で、アメリカへの移住から40年。男手一つで2人の子供を育て、今では孫からも慕われる良きアメリカ人だったが、ある日突然、第二次世界大戦当時、ナチスドイツの支配下にあったハンガリーにおいて、ユダヤ人の虐殺を行っていたと告発され、違法にアメリカの市民権を得たとして裁判にかけられる。
父は実の娘に弁護を依頼し、迷いつつも引き受けた娘の葛藤と奮闘ぶりが描かれる。
もし、本人ならハンガリーに引き渡され、死刑になるのは間違いない。
自分をここまで育ててくれた善良な父親が、信じ難い残虐行為を繰り返していた悪魔のような殺人鬼だったのか?
果たして、裁判の行方はどうなるのか?
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全く無駄のない秀逸な法廷ミステリー
この映画を観てほとほと感心させられるのは、全く無駄のない濃密なドラマにストレートに迫る映画全体の構成にある。
完璧なシナリオに圧倒されること必至
余計な描写やエピソードは一切なく、映画が始まるなり、直ぐに父親が告発され、一気に裁判になだれ込む。このスピード感とストレートに問題の核心に迫るストーリー展開の手際良さに、舌を巻いてしまう。
本当に素晴らしいシナリオだ。脚本はあのシャロン・ストーンでかなり話題になった「氷の微笑」のシナリオを書いたジョー・エスターハスである。
「氷の微笑」公開当時、世界最高の脚本家との触れ込みだったが、その真偽の程はともかく、この「ミュージックボックス」を観ればその傑出した実力をまざまざと思い知らされる。
おぞましい蛮行を証言だけで再現
もう一つ特筆すべきことは、40年も前のナチスの蛮行を裁くに当たって、そのおぞましい残虐行為は、一切描かれないことだ。
映画全体を通じて、残虐シーンやユダヤ人の殺害シーンは全く出てこない。つまり40年以上前の出来事を裁くに当たって、当時の出来事が回想シーンあるいは再現シーンとして描かれることは、一切ないのである。
これには驚かされる。ここに描かれるのはあくまでも現在、目の前で繰り広げられる裁判のやり取りだけなのである。
ハンガリーから呼ばれた当時の大虐殺の生き残りや被害者、残虐行為の目撃者などが証人として招かれ、検事の質問に答えていく。その証言でしか、具体的なナチスの蛮行は伝えられない。
言葉を失うナチスの蛮行の数々
ところが、その証言内容がとんでもない耳を塞ぎたくなるものばかりなのである。
言葉を失い、絶句するしかないような凄まじい残虐行為と殺害が明らかになっていく。
この殺人鬼が弁護士の父親なのかどうかは別として、当時のハンガリーで現に行われた事実であることだけは、明らかにされていく。
問題はそのナチスの虐殺者が父親なのかどうかなのだが、ここで明らかになる蛮行の数々には、本当に言葉を失ってしまう。唖然とさせられる。
人間はここまで残酷に、悪に徹することができるのかと空恐ろしくなってくる。
それらが全て証言として語られていく。言葉が伝える真実の重みを、ここまでずっしりと感じさせてくれる映画は滅多にない。
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監督のコスタ=ガヴラスのこと
監督はコスタ=ガヴラスだ。コンスタンタン・コスタ=ガヴラス。ギリシャ出身で主にフランスで活動してきた大巨匠である。
シナリオの素晴らしさもあるだろうが、この映画がこれだけの完成度と感動をもたらす傑作になったのは、なんと言ってもコスタ=ガヴラスの卓越した手腕だと信じて疑わない。
コスタ=ガヴラスは普通の映画監督とは一線を画している。彼の映画は全て政治腐敗や権力の闇に深く迫る徹底した社会派作品ばかりなのである。
ギリシャ出身の映画監督といえば僕が熱愛し、崇拝しているあのテオ・アンゲロプロスがいる。この熱々たけちゃんブログでも「霧の中の風景」を紹介している。アンゲロプロスも社会と政治権力の闇と不正に鋭く肉薄する作風を貫いた映画監督であり、この二人は良く似ている。共にギリシャ出身とは偶然とは思えない。年齢もアンゲロプロスが3歳年下だけと近接している。
コスタ=ガヴラスの過去の名作群
特に1960年代末から70年代初頭にかけて作られた初期の3部作が広く知られている。この3本で世界のトップに名乗り出たばかりでなく、その全く妥協のない政治ドラマと強烈な不正告発に世界中が驚嘆させられた。
「Z」「告白」「戒厳令」の3本だ。少し映画に詳しい読者なら、少なくともタイトルは聞いたことがあるだろう。主演を演じたのが、あのフランスの著名なシャンソン歌手のイヴ・モンタンであったことでも世界中の話題を集めた問題作ばかりである。
この空前の問題作にして傑作が、現在、一旦出ていたDVDは全て廃盤となっており、全く観る術がない。何ということだろう。
その後も問題作を次々に発表。その中でも特に知られている傑作は「ミッシング」である。
これはカンヌ国際映画祭で、見事パルム・ドールを獲得し、アカデミー賞でも脚色賞に輝いた名作だ。南米のチリで起きた軍事クーデターの最中に起きたアメリカ人青年の失踪事件を巡って、その青年の行方を追う家族を描く中で、思わぬ陰謀と深い闇が暴かれるという、これまたいかにもコスタ=ガヴラスの真骨頂。
ジャック・レモンとシシー・スパイセクという演技派の名演もあって、かなり話題となった。ここまで自分のスタイルを貫く監督は世界でも珍しい。
「ミッシング」でカンヌのパルム・ドール。「ミュージックボックス」でベルリンの金熊賞。世界最高の映画祭の両方で最高賞を獲得している監督は数人しかおらず、正に世界が認めた大巨匠である。
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コスタ=ガヴラスのDVDは全て廃盤に
それなのにブルーレイ化が遅れているばかりか、DVDが端から廃盤になってしまうは、もしかしたらその反体制の社会派という内容にあるのだろうか?
そうだとしたら、由々しきことである。あのパルム・ドールの「ミッシング」も今はDVDが廃盤となり、観ることができない。
今回紹介の「ミュージックボックス」も、紛うことなきコスタ=ガヴラスならではの映画である。
あまり知られていない第二次大戦中のハンガリーで繰り広げられたナチスによる蛮行を、徹底的に暴き出す。
そして、ナチハンターというか、第二次大戦中あれだけの残虐行為を行い、数え切れない程のユダヤ人を殺戮しながら、戦後は何食わぬ顔をして世界各国に逃げ隠れしているナチス犯罪者たちを、決して許さない、決して逃がさないとする強い意志を感じさせる執念の一本となった。
コスタ=ガヴラスの熟練の演出
それでいて決して激昂することはない。ある意味で淡々としている。怒りに身を任すようなことは決してなく、冷静沈着、それだけに非道な悪魔のような振る舞いの恐ろしさと残酷さ、人間の狂気がじわじわと炙り出されてくる。
それを残虐行為や殺戮シーンを一切出さないで表現するあたり、コスタ=ガヴラスの熟練の演出に深い感銘を受けずにはいられない。
元々法廷シーンが大半を占め、派手なシーンは何もないのだが、一見さりげないカメラワークが実に絶妙。映画演出とカメラワーク、編集の全てが超一級なのである。映画の教科書と言ってもいい。
鳥肌が立ち、戦慄が走るラスト20分間
ネタバレになるので、これ以上は絶対に書けないのだが、最後にとんでもないものが待っている。
ナチスの蛮行を描く映画なのに、どうして場違いな「ミュージックボックス」などというほのぼのとしたタイトルが付いているのか。ミュージックボックスとはいわゆるオルゴールのことだ、ということだけ伝えておく。
全ては観てのお楽しみ。どうしてオルゴールが映画のタイトルになっているのか、それが分かったとき、戦慄が走る!
ジェシカ・ラングの演技が絶品
「キングコング」の主演女優でデビューしたジェシカ・ラングはすっかり演技派女優となった。この映画での彼女の演技は実に見事なものだ。父を信じながらもハンガリーナチスの蛮行は許せないという切り裂かれた葛藤する表情が絶品だ。屈折した複雑な感情を実に丁寧に演じていて、本当に見応えがある。
判事役は、判事がユダヤ人ということで、被告人不利と心配される難しい役どころであったが、一貫して公平な態度を貫き、高潔にして誠実な人柄を滲ませた名演。この映画の価値を高めるのに大いに貢献した。
検事役にも僕は大変な好感を持った。孫の男の子や証人たちもそれぞれ見事な演技を披露し、この映画は俳優陣の演技を見ているだけでも、映画の醍醐味を味わえるに違いない。
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この名作をもっと世に知らしめたい!
どこからどう観ても、非の打ち所のない傑出した映画である。超弩級の名作だと声を大にして主張したくなる。
法廷ドラマというか法廷劇というか、裁判を描いた映画は古今東西、数え切れない程作られており、傑作、名作が少なくないが、この「ミュージックボックス」は、映画史上最高の法廷ミステリーと言っても過言ではない。
かてて加えて、元々名作の多いホロコーストやナチスを描いた膨大な映画の中でも、屈指の作品だと断言したい。
この映画は、隠れた傑作というレベルではなく、映画史上屈指の名作だということを最後にあらためて強調しておきたい。
一人でも多くの方に観ていただきたい。これは観た者に衝撃を与えずに済まされない映画である。
もしかしたら、あなたの「生涯に観た映画ベストテン」に入ってくるかもしれない映画。どうかお見逃しなく。
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