ベートーヴェンの交響曲の各論編の続きである。今回は【各論編2】として第3番「英雄」と第4番について紹介する。
いきなりカルロス・クライバーの写真が登場するが、第4番の紹介のハイライトとなるので、じっくりとお読みいただきたい。
その前に、もう一度ベートーヴェンの交響曲の全容のおさらいをしておきたい。なお、この部分は、前に書いたものと重複しているので、既に理解していただいている方は、飛ばしてくれて全く問題ない、念のため。
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目 次
ベートーヴェンの全ての交響曲の全容(復習)
前回の総論編で取り上げた全容をもう一度、以下に張り付ける。しっかりと確認してほしい。
これがベートーヴェンの全ての交響曲の全容。
交響曲の作曲番号と調、作品番号(Op.)と愛称に加えて、作曲された西暦とベートーヴェンの作曲時の年齢、そして標準的な演奏時間も掲げてみた。以下のとおりだ。
念のため、ベートーヴェンの誕生日は1770年の12月17日。1770年生まれと切りがいいため、作曲年代と年齢は一見、分かりやすいのだが、誕生日が遅いため、年齢ときれいに揃わないことが多いので注意が必要だ。12月の半ば以降の完成でないと、年齢は一つ差し引かなければならない関係となる。
第1番ハ長調Op.21 1800年(29歳) 約28分
第2番ニ長調Op.36 1802年(31歳) 約30分 ※作曲が完成時の年齢ははっきり分からない。初演は1803年4月。その時には32歳。
第3番変ホ長調「英雄」Op.55 1804年(33歳) 約52分
第4番変ロ長調Op.60 1806年(35歳) 約34分
第5番ハ短調「運命」Op.67 1808年(37歳) 約30分
第6番ヘ長調「田園」Op.68 1808年(37歳) 約42分
第7番イ長調Op.92 1812年(41歳) 約38分
第8番ヘ長調Op.93 1812年(41歳) 約26分
第9番ニ短調「合唱」Op.125 1824年(53歳) 約72分
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全容から浮かび上がる3つの特徴(振り返り)
前回は、この全容から浮かび上がる3つの特徴を詳しく書いたが、今回はそれを要約しておく。
注目すべき1800年=29~30歳の実り
記念すべき最初の交響曲が作曲されたのはベートーヴェンが30歳目前の1800年。既に紹介済みの初期の弦楽四重奏曲作品18の全6曲が完成した年で、その後、初めての交響曲も続けて作曲されたわけだ。
ベートーヴェンはヨーロッパのクラシック音楽において、その中核部分を形成する最も重要な弦楽四重奏曲と交響曲という2つのジャンルの最初の作品を、立て続けに作曲。それがちょうどアラサーという節目の年だった点に注目したい。
作曲年代の特徴
第1番が1800年に作曲されてから、第5番の「運命」まで、見事に2年毎に交響曲が作曲される点に注目。
更に驚くべきことは、5番「運命」を作曲した同じ年に第6番「田園」が立て続けに作曲されていること。作曲番号も連続している。
この有名な2曲の曲想が動と静、男性的な激しさと女性的な優しさとを特徴とする非常に対照的な曲なだけに打驚嘆させられる。
第6番「田園」の後、第7番までに4年かけているが、第7番と第8番の2曲が、これまた同じ年の1812年にセットのように連続して作曲されている点にも注目だ。
第5番「運命」と第6番「田園」が連続、次の第7番と第8番も連続して作曲された事実に要注目だ。
12年後に作曲された第九は、異端児的な存在となる。
奇数番号と偶数番号という有名な分類
1番・3番・5番・7番・9番という奇数番号の5曲の交響曲と、2番・4番・6番・8番という偶数番号の4曲の交響曲という分類。奇数番号の交響曲は、曲想が男性的で力動的、豪放雄大。偶数番号の交響曲は、女性的で柔和で優しく、軽快優美と言われている。
この分類は非常に的を得た興味深いものだが、僕はあまり強調したくない。その理由はじっくりとベートーヴェンの交響曲の全曲を聴き込むと、そう単純な話しではないと分かってくるからだ。
2番や4番もかなり力動的な男性っぽい曲であり雄大、1番や5番にも非常に柔和な女性的な優しさに満ち溢れた部分があり、軽快優美であyる。
ベートーヴェンの交響曲には、9つのそれぞれに男性的な部分と女性的な部分が共に包含されており、変な先入観は捨てて、素直に曲と向かうことが大切だということ。
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僕が今回、特に強くお薦めしたい曲は
ベートーヴェンの交響曲は一般的に非常に良く知られている。クラシック音楽のファンなら、これらを聴かない人は先ず考えられないし、特別クラシック音楽に関心のない人でも、「運命」や「第九」のことは誰だってある程度知っている。「田園」は中学の音楽の鑑賞の定番だった。「英雄」のナポレオンとのエピソードは、多くの人が知っていることだろう。
今回の記事で僕が特に強く紹介したい曲は、「不滅の9曲」の中でも、あまり知られていない、どうしても有名曲の影に隠れてしまいがちないくつかの曲である。
具体的には僕が大好きな第1番と第2番という初期の2曲。そして大変な名曲である第4番。更に一番知られていない曲とも言って間違いない第8番。
これらの曲にもっと光を当てたいのである。あまり聴かれることはないが、実は何とも素晴らしい曲たちなのである。
そういう意味では今回の目玉は第4番になるが、やっぱり「英雄」にも書きたいことが山のようにあるので読んでほしい。
第3番変ホ長調「英雄」Op.55
遂にこの第3番で、ベートーヴェンはとんでもない大飛躍を成し遂げる。「英雄」、イタリア語で「エロイカ」と呼ばれるこの交響曲で、ベートーヴェンはとてつもない交響曲を作り上げた。時間的にも50分を優に超える超大作で、その内容も雄大にして激烈。尊敬していたナポレオンへの畏敬と絶望、怒りをこの交響曲の中に盛り込んだ。
交響曲はこういうものを表現する器ではなかったのに、ベートーヴェンは従来までの決まりやルール、約束事を全て無視して、自分が表現したいと思ったものを、何の制限もなく、自らの心にだけ自由に創り上げた。それがこの第3交響曲である。
僕がいくら初期の第1番と第2番が素晴らしい名曲だと力説しても、やっぱり第3番のとてつもない型破りの、どこまでもエネルギッシュな破天荒の傑作の前では姿が薄くなってしまうのは、やむを得ないところだ。
本当に第3交響曲「エロイカ」の衝撃はすさまじい。
僕はこの曲を小学校6年生ぐらいで聴き、たちまち夢中になった。子供心にも凄い音楽だなとすっかり心を奪われた。クラシック音楽のファンならば、誰でも一度は心を鷲掴みにされてしまう名曲中の名曲である。
第1楽章と第2楽章が傑出
その後、この曲を熱心に聴くことはなくなっていったが、いつ聴いても本当に凄い曲だと思う。全体が非の打ちどころのない傑作だと思うが、やっぱり特別に凄いのは第1楽章と、「葬送行進曲」と呼ばれている第2楽章。この2つが傑出している。
第1楽章だけで16分以上、第2楽章も15分以上。当時としては全く桁外れの規模を誇った力作だった。青年天才作曲家の音楽界と社会への挑戦状だったと言ってもいい。
この交響曲は単に規模が増大し、破天荒な雄大さを誇るだけではなく、従来までの交響曲が持つイメージ、いってみればクラシック音楽の持つイメージそのものをぶち壊し、ドンドン新しいものを惜しげもなく取り入れていったのだ。
その中には大胆な不協和音もある。何のためらいもなく多用されているどころか、かなり挑発的かつ刺激的に使われている。第1楽章での頻発使用は、ほとんど「これでもか!」と言わんばかりで、ビックリさせられる。
それでいてこの長大な第1楽章は典型的なソナタ形式で書かれているのだから、音楽はおもしろく、奥が深い。ソナタ形式の概要については、このブログ記事を読んでほしい。
どこまでも挑戦的な若き日のベートーヴェンなのである。
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有名なナポレオンとのエピソードの真偽は
第3交響曲「エロイカ」を語って、あの有名なエピソードに触れないわけにはいかない。弟子のフェルディナンド・リースの回想に基づくエピソードである。
ベートーヴェンがこの交響曲をほぼ完成させようとしていた時に、あのナポレオンが皇帝になった(1804年)との一報を聞き、ベートーヴェンは怒りたくって、「あの男も要するに俗人であった。あれも自分の野心を満足させるために、民衆の権利を踏みにじって、誰よりも暴君になるだろう」と叫び、ナポレオン・ボナパルトに捧ぐとしていた表紙を破り取り、楽譜を床に投げつけたというあのエピソード。そして2年後に出版されたパート譜には「ある英雄の思い出のために」と書かれていたという。
いかにもそれらしいエピソードで、僕は個人的には非常に気に入っているので、このエピソードを丸々信じたいのだが、どうも真相は異なっており、周囲の創作というのが、どうも真実らしい。
だが、僕は敢えてこれを多少の「盛り」はあったとしても、かなり信憑性の高いエピソードだと解釈したい。少なくとも周囲の人間たち、その同時代人たちがそれを望んだのは事実だったのだ。
作曲された1804年は、正しくナポレオンが皇帝になった年で、タイミングとしてはドンピシャリ。ナポレオンがヨーロッパを制圧した絶頂期である。そのナポレオンに裏切られたと感じて、失望したベートーヴェンがナポレオンの権力の全盛時に作曲した「英雄」交響曲。第2楽章の葬送行進曲を聴くと、ベートーヴェンはやがて訪れるナポレオンの没落を予見していたのであろうか。
僕としては、ベートーヴェンが音楽による権力者批判というこれまた歴史上前例のないことをやってのけたと信じたい。
実は、ベートーヴェンは終生ナポレオンを尊敬していたという証言もあり、やっぱり真相は異なっているようだが・・・。
だが、それにしてもこの「英雄」交響曲は、絶対王政や権力に立ち向かった市民革命の象徴としてどうしても音楽史に刻まれる運命を免れない。
ベートーヴェンがどこまでナポレオンを意識したかどうかは分からないが、19世紀初頭に書き上げられたこの未曽有の大作が、この時代の市民革命の気運を見事に音に留めたことは間違いないだろう。
ベートーヴェンの勇気と反骨精神に脱帽。それでいて音楽的にも大きな飛躍を遂げたというのは本当に凄いこと。ベートーヴェンはまだ34歳の若さであった。
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ベートーヴェン自身が一番評価していた作品
この「英雄」を巡っては、もう一つ紹介しておきたい大切なエピソードがある。
1817年(ベートーヴェン46歳、第九を作曲していた頃だ)、詩人のクリストフ・クフナーがベートーヴェンに「自作の中で、どの作品が一番出来がいいいと思いますか」と質問したところ、ベートーヴェンはためらうことなく即座に「エロイカ」と答えたという。クフナーが「第5交響曲(運命)かと思いました」と反応すると、「いいえ、いいえ、エロイカです!」と否定したとのことだ。
それだけベートーヴェンとしても、この第3交響曲は会心の作だったのだろう。ベートーヴェン自身の最もお気に入りの曲。
このエピソードは実に興味深い。
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第4番変ロ長調Op.60
これは知る人ぞ知る素晴らしい名曲だ。第3番「英雄」と第5番「運命」という最もベートーヴェンらしい未曽有の傑作に挟まれて、非常に割を食っているが、本当に大変な名作で、埋もれてしまうようなことがあってはならない。
あのシューマンが、この曲を「2人の北欧の巨人にはさまれたすらりとしたギリシャの乙女」と例えたことは良く知られている。
冒頭が非常に印象的
第1番のところでも触れたが、この曲の最初の衝撃は何といっても冒頭の曲の入りだ。何だかハッキリとしないほとんど聞こえてこないような曖昧模糊とした響きが、突然、霧がパアッと晴れてくるかのように力強いメロディが響き渡る。そこまでのフワフワとした響きを全て一掃するかごときの力強い開幕宣言に血がたぎる。
ここが実に素晴らしい。その後は実に快活な気品に富んだリズミカルな音楽が気持ちよく展開していく。活き活きとしながらも優美さに満ちていることが秀逸だ。
概してこの曲ではリズムの乗りの良さが特徴で、後の第7番を予告しているような雰囲気がある。リズミカルでいながら気品があるのが特徴だ。それがシューマンの評した「すらりとしたギリシャの乙女の正体」と言うべきだろうか。
第2楽章の美しさも特筆もの
第2楽章はアダージョで、極めて美しい。思わず溜息が漏れてしまいそうだ。本当に心の琴線にしみてくるような優しさと歌に満ちた楽章。クラリネットが印象的に用いられているが、弦楽器の美しさには惚れ惚れさせられる。
この楽章も、展開部は有していないがソナタ形式で書かれている。ソナタ形式についてはこちらをお読みください。
最終の第4楽章の推進力に溢れた音楽も魅力的だ。ここでも決して気品を失わないのが第4交響曲の最大の特徴と言えるだろう。
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カルロス・クライバーの映像に釘付けになる
僕のこの曲との出会いは決して早くない。どうしてもこの第4交響曲は影が薄くなってしまうのである。僕自身の体験でもそうだった。この曲の魅力に目覚めたのは、あのカルロス・クライバーが指揮をしたライヴ映像によってである。
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団を指揮したライヴ映像。これはクラシック音楽ファンなら知らない人のいない極めて有名な映像で、多くのファンを釘付けにした伝説の名演奏である。
当初はLD(レーザーディスク)で出ていたものだが、その後、DVDとなり多くのクラシック音楽ファンを虜にした。
カルロス・クライバーの魅力をここで書き始めると、際限がなくなってしまうので(笑)、簡単に留めておきたいが、これ以上の魅力的な指揮をする指揮者はいない「指揮する姿で観客を魅了してやまない天才指揮者」である。
熱烈なファンである僕は、映画などありとあらゆる動画を含めて、およそ目で見る映像としてこれ以上のものはない、目を喜ばせる、つまり観る者を最も興奮させ、幸せにしてくれる映像として最高のもの、と断言したくなるものだ。
指揮が素晴らしいとか、音楽が素晴らしいとか、そういうことをはるかに超越してしまって、カルロス・クライバーの指揮姿そのものが一つの芸術となってしまっている。
そのカルロス・クライバーは全くおかしな人で、オーケストラを指揮することもあまり好きでななく、キャンセル魔としても良く知られていた。極端にレパートリーが限られていて、ベートーヴェンでは第4番・第5番・第7番の3曲しか指揮しない(それ以外の曲のCDも出ているようだが、ほとんどレアケース)という変人。
そんなカルロス・クライバーが指揮したベートーヴェンの第4番と第7番が収められたライヴ映像があるのだ。アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団を指揮したものだ。これがもう絶品中の絶品で、これを観てしまうと他のどんな指揮者が指揮をする映像を観ても、ほとんど心を動かされることがなくなってしまう。その魔力的な魅力は本当に唯一無二のもの。
ところがこの映像が、現在入手できない。何たるスキャンダル!許し難いことだ。ここは中古盤でもいいので、しっかり観て、聴いていただく必要がある。どうか見つけたときに絶対にご購入してください!
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カルロス・クライバーはこのベートーヴェンの第4番と第7番を十八番にしていて、実はもう一つ別のライヴ映像が残っていて、僕は繰り返しこの2種類の映像を観て、カルロス・クライバーの指揮にトコトン魅せられ、その生命感に満ち溢れた何ともチャーミングは演奏に酔わせてもらっている。その別の演奏というのが、カルロス・クライバーの来日公演の際の映像である。この時も手兵のバイエルン国立歌劇場管弦楽団と来日して、DVDと同様にベートーヴェンの第4番と第7番を演奏し、日本中のファンを虜にした。1986年のこと。
その時の昭和女子大学人見記念講堂における演奏がNHKで何度か放送され、それがまた興奮が収まらなくなる程の実に素晴らしいものだった。
とうわけで、カルロス・クライバーがいなければ、僕がベートーヴェンの第4番をこんなに熱心に聴くことはなかったことは間違いない。だから、第4番(そして第7番も)を聴こうとする場合には、どうしてもカルロス・クライバーの素晴らしい指揮で演奏されたライヴ映像を観てほしいと切望するものだ。
(つづく)【第5番・第6番は次回:各論編3へ】
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