目 次
全くあり得ない話しが至高の名作になる奇跡
「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」。これは実に奇妙な映画。一体何なんだろう?ジャンルはSFなのか?いや、重厚な人間ドラマなのか?
もしかしたら頗る真剣なブラック・ユーモアなのか?
見当が付かない特別な映画。確かに名作には違いない。でも、実におかしな映画なのである。
あり得ない話し。こんなメチャクチャなあり得ない話を至高の人間ドラマにしてしまう鬼才デヴィッド・フィンチャー監督にただただ脱帽。その剛腕振りに驚嘆するのみだ。
3時間近い長尺の映画。極めて世評の高かった作品で、フィンチャーの熱心なファンの僕としては、当然観なきゃダメだと、直ぐにブルーレイを買い込んだが、どうしても気軽に観始めることができない。こうして数年が経過してしまい、ようやく最近になって、じっくりと観終わったところだ。
確かに素晴らしい作品には違いない。ズシリと重い名作の香りがプンプン。
メチャクチャ破天荒な型破りの映画なのに、極めて正攻法。実に真っ当に作られている。このとんでもないギャップに戸惑うばかりだが、一旦観始めるともう止まらなくなる。思わず引き込まれてしまう一種異様な魔力を持った作品なのである。
80歳で生まれてきた赤ちゃんが徐々に若返っていく
「80歳で生まれてきた赤ちゃんが年を取るごとに徐々に若返っていって、最後には赤ちゃんにまで逆戻りしてしまう。つまり、人生を逆に歩んだ男の物語である」
こんなことってあるわけない。それが許されるのは唯一、SFの世界のみ。だが、この映画はどこからどう見てもSF映画ではない。真っ当な人間ドラマなのである。
本当にあり得ない奇妙な映画だ。僕はしっかりと観終わった今でも、何だか信じられない思いでいる。
そもそもどうして、こんな奇妙な話を映画にしたのだろうかと。
こんなおかしな映画が2008年度(第81回)のアカデミー賞では、何と作品賞を含む13部門にノミネートされた。これが先ずは驚きだが、結果的には美術賞、視覚効果賞、メイクアップ賞の3つに留まり、主要部門でのオスカー獲得は叶わなかった。
ちなみにキネマ旬報ベストテン(2009年)では16位とベストテン内から外れてしまっているが、読者選出ベストテンでは第9位に食い込んでいる。
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映画の基本情報:「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」
アメリカ映画 165分(2時間45分)
2009年2月7日 日本公開
監督:デヴィッド・フィンチャー
脚本:エリック・ロス
原案:エリック・ロス、ロビン・スウィコード
原作:F・スコット・フィッツジェラルド
出演:ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ティルダ・スウィントン、ジェイソン・フレミング、イライアス・コティーズ、 ジュリア・オーモンド、エル・ファニング 他
フィンチャー監督とブラピの3回目のタッグ作品
監督のデヴィッド・フィンチャーは世界屈指の鬼才監督で、僕も熱心なファンなのだが、その紹介は後でするとして、この映画はデヴィッド・フィンチャー監督とあのブラッド・ピッドが、タッグを組んだ3回目の作品だった。
過去の2作がまたものすごい作品ばかり。世界を震撼させたあの「セブン」。これまた衝撃的な「ファイト・クラブ」。そして3回目の「ベンジャミン・バトン」と来るわけだ。
フィンチャー監督はよほどブラッド・ピッドが気に入っているのだろう。
かなりおどろおどろしいショッカーでありながらも、人間の本質に鋭く迫った曰く付きの究極の問題作ばかり。この「ベンジャミン・バトン」もおどろおどろしいショッカーでは決してないが、一筋縄ではいかない代物だ。
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メインストーリーは既に触れたとおりだが
ある夫婦の間に生まれたばかりの赤ちゃんは、何と皺だらけの老人であった。年齢的には80歳ほど。気味悪がった父親は思い余って、その赤ん坊を捨ててしまうのだが、たまたま子供に恵まれなかった黒人の女に育てられることになる。ベンジャミンと名付けられた。
周囲から気味悪がられたベンジャミンだったが、不思議なことに年を取るごとに少しずつ若返って来るのであった。
そしてやがて、あのイケメンのブラッド・ピッドに成長?する。
幼い老人時代?に知り合った同じ年の女の子と親しくなって、やがてブラピとなった二人は恋に落ちる。だが、少しずつ歳を取っていく女性と、少しずつ若返って、やがて子供になってしまうブラピには、一体どんな運命が待ち構えているのだろうか?
監督のデヴィッド・フィンチャーのこと
これほど鬼才という表現がピッタリと来る監督もそうはいないだろう。
この人はすごい。フィンチャーは本当に鬼才中の鬼才。すなわちこれ天才に他ならない。
今まで作ってきた作品は、いずれも大変な傑作、問題作ばかりである。
前述のとおりブラッド・ピッドと組んだ2作はもう別格だ。「セブン」は何だかんだと言っても、やっぱりすごすぎる映画。あれだけ衝撃を受け、ある意味で観た者の心にトラウマを残すような映画は他にはないだろう。サイコスリラーの空前の最高傑作と言っていい。
「ファイト・クラブ」もまた、異様な映画だったが、やっぱりそのインパクトの大きさに空いた口が塞がらなくなる。
「ゲーム」や「パニック・ルーム」も異様に怖くて、すごい作品。
そして「ゾディアック」である。これもまた実に寒々とした空恐ろしい第一級のサスペンス映画であった。
フィンチャー作品ならではの特徴は
そう。フィンチャーは基本的にスリラーやサスペンスものを、本当に心の奥から怖い、恐ろしいと感じさせる稀有な監督なのである。その独特の世界観と映像感覚。映画の中にフィンチャーならではの空気が漂い、平和ボケしたノー天気の観客をぶちのめすのだ。
そんなフィンチャーが一転、実話を元にした深い人間ドラマを作り、これが世界中から大絶賛された。「ソーシャル・ネットワーク」だ。あのフェイスブックのマーク・ザッカーバーグを描いた作品。ある意味で爽やかな青春群像を描いた部分もあり、従来までのカラーをぶち破った画期的な作品となった。
今回の「ベンジャミン・バトン」は、この「ソーシャル・ネットワーク」の直前に作られた作品だ。
フィンチャーがスリラーやサスペンスから離れ、人間ドラマに向かい始めた最初の作品というわけである。
フィンチャーの描く救い難い世紀末映像
フィンチャー監督は自ら作り出す世界にとことんこだわり抜く。
このフィンチャーワールドは、どの作品でもどこまでもダークな世界で、もがき苦しむ人間たちの脱出劇のようだ。監督第1作の「エイリアン3」が正にその典型だったとも言える。
最後まで脱出できないで終わる悲痛のケースもあるのだが・・・。
暗い。憂いを帯びた茶色い世界。謎が謎を呼ぶ迷路に入り込んでしまったような焦燥感が画面からヒシヒシと伝わってくる。
ある意味で救い難い世紀末を描いた映画作家と言えるのかもしれない。
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特殊な設定を描きながらフィンチャー色を封印
思わず神経を病んでしまいそうな救いようのない暗いスリラーやサスペンスばかり作ってきたフィンチャーが、大きく路線を変える契機となったのが、この「ベンジャミン・バトン」と言えるだろう。
とは言っても、それがこのおよそあり得ない特殊な設定だったのだ。
どうしてこんな途方もない冒険をやるのだろうと思ってしまう。本当に変わっている。
フィンチャーはやっぱりとんでもない天才だったのだ。
こんな特殊な異常な世界を描きながら、従来までのフィンチャーワールドを見事に封印して、ありったけ正攻法の感動的な人間ドラマを作ることに成功した。
これは大変なことだと思う。
ドラマとしてはどこもおかしくない、いたって真っ当な正攻法のドラマ。ところが大前提がハチャメチャすぎる。
このギャップが本当にすごい。
設定そのものがあまりにもあり得ない特殊なものだけに、その世界の中に生きる登場人物たちはいたってまともに描いたということなのだろうか。
極上の人間ドラマに涙が止まらない
実に感動的な素晴らしい映画に仕上がった。
主人公のベンジャミンを始め、全ての登場人物に共感を覚えてしまう。いい人間ばかりなのだ。
どうしても涙を禁じ得ない。こんな救い難い悲劇なのに、映画のキャッチフレーズのように「人生は素晴らしい」と言いたい気分になってしまう。そして、涙が止まらなくなる。
ブラピの抑えた演技が最高だ。生まれてきて間もない年寄り時代のベンジャミンも、良く見ると、ブラピの顔なのだ。ブラピが老人になったら、こういう顔になるのだろうというブラッド・ピッドの顔。それが段々と若返ってきて、本来のハンサムなブラピに変身していくあたりは、どうしても見逃せない映画ならではの醍醐味だ。
ブラピ以上に共感してしまうのは、ケイト・ブランシェット。本当に素晴らしい。いい役に恵まれたというべきだだろうが、演じたケイト・ブランシェットも見事の一言。実に感動的だ。
この「寓話」は何を意味するのであろうか
それにしてもこの老人として生まれて、徐々に若返っていくという「寓話」は、一体何を意味しているのだろうかと考えてしまう。
逆に進行していく人生とは、どんな意味を持つのか?
原作は1922年に書かれたF・スコット・フィッツジェラルドの短編小説なのだが、これをもとに脚本を書いたエリック・ロスや監督のフィンチャーは、この映画で何を訴えたかったのであろうか?
どうかこの映画を観て、思いを馳せてもらえればと思う次第。
本当にいい映画。
どうか騙されたと思ってこのSFまがいの奇妙な映画を、極上の人間ドラマとして満喫してほしい。
深い感銘を必ずや得られるに違いない。
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