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コロナ禍を真正面から描いた名作の登場
コロナ禍はまだ終息したわけでは決してないが、現時点(2023年7月末)では落ち着いており、何とかこのまま推移することを祈るばかりだ。
僕は新型コロナの中等症以上の重い症状の患者をかなり受け入れて来た大規模な公的病院の事務局長として、常にこの問題と対峙してきただけに、本当に切実な思いである。
そのコロナ禍は実に3年以上に及び、社会的に様々な悲惨な状況を生み出し、多くの人が直接間接に被害を受け、それは今でも決して過去のものとはなっていない。
そんな状況の中、ここにきて漸く映画にも真正面からコロナ禍が描き出されるようになり、後世に残る名作、傑作も生まれつつある。
先日紹介した「茜色に焼かれる」もそうした傑作の1本であり、ヒロインを取り巻く不幸の連鎖の一つとしてコロナ禍が取り扱われていたが、今回取り上げる「夜明けまでバス停で」はズバリ映画全体がコロナ禍での悲劇を取り上げ、この問題にストレートに向き合った傑作となった。
コロナ禍で職を失い、住まいも失い、ホームレスになるしかなかった女性を描き、そのリアルな描写は誰もが身近に感じていたもので、説得力抜群だ。
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映画の基本情報:「夜明けまでバス停で」
日本映画 91分(1時間31分)
2022年10月8日 公開
監督:高橋伴明
脚本:梶原阿貴
出演:板谷由夏、大西礼芳、三浦貴大、松浦祐也、ルビー・モレノ、片岡礼子、柄本佑、柄本明、筒井真理子、根岸季衣 他
撮影・編集:小川真司
音楽:吉川清之
主な受賞歴:第96回(2023年)キネマ旬報ベストテン 日本映画ベストテン第3位 読者選出ベストテン第3位 日本映画監督賞(高橋伴明) 脚本賞(梶原阿貴)
どんなストーリーなのか
自作のアクセサリーを販売しながら、夜は居酒屋でパートとして働いている三知子。非正規雇用の弱い立場であったが、同じ立場のスタッフからも頼りにされるしっかり者。意地悪な役員はいたが、年下の若い店長からも信頼され、それなりに充実した人生を送っていたが、そこに襲い掛かった未曽有のコロナ禍。新型コロナの感染拡大が猛威を振るう中で、店は休業を余儀なくされ、結局は解雇されてしまう。
アパートに住んでいられなくなり、住まいを失ってしまう。それでも住込みの介護施設での応募に合格し、大きなスーツケースに荷物を詰め込んで施設を訪れるのだが、そこでも雇用できなくなったと言われしまう。
大きなスーツケースを引きずりながら、街を彷徨い、寝場所を探す日々が始まる・・・。
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誰もが思い当たる切実性
これは本当に切実なドラマ。誰でも三知子のようになってしまう可能性があり、無関心ではいられなくなくなる。「明日は我が身」というところだ。
一見、それほどひどい環境ではなくそれなりに生活できていると思っていても、コロナ禍で働く場所が奪われれば、どんな人も、一挙にどん底に突き落とされてしまう。そんな「一寸先は闇」を地で行くような社会の脆弱さが、このコロナ禍ではクローズアップされた。
特に社会的弱者である非正規雇用の労働者には一番しわ寄せが行った。
ホームレスになってしまうことは、意外なほどアッという間なのである。それを痛感させてくれる映画が本作だと言っていい。
それは全く大袈裟でも唐突でもないことが、辛過ぎる。
コロナ禍ではみんな苦しめられた
この3年間以上に及び、更に今後もまたパンデミックが予想される新型コロナには、本当に多くの人々が苦しめられた。
直接感染し、症状が出た人の苦しみは想像するに難くない。亡くなった方も1万人近くに達している。
また感染しなくても、予防のためのコロナワクチンの副作用で、感染した場合以上に体調を悪化させた人も数え切れない。亡くなった方もいたことを忘れてはならないだろう。
そうでなくても、間接的に生活そのものを根底から破壊された人が多い。今回の映画の三知子のようなケースだ。
直接職を失った場合でなくても、多くの音楽家、ミュージシャンのように音楽活動ができなくなって、結果的に収入が激減した人たちの存在も大きい。
僕は合唱団を失った
僕自身についても触れさせてもらえば、コロナ禍の中で、僕は精力的にエネルギーを傾注してきた合唱団の指揮者としての活動を失う羽目になった。
自分が創設した合唱団であり、20年間以上に渡って一人で指揮をして、団を引っ張ってきた。
それを失うことになってしまった。
これはこたえた。辛かった。
合唱活動は飛沫合戦や飛沫大会ともいうべき活動でもあり、どうしても活動を制限せざるを得なかった。
その上、指揮者である僕の職業はコロナ患者を大々的に受け入れる大病院の事務局長。感染のリスクを考えると、どうしても危険を伴う合唱活動は断念せざるを得なかった。
練習を中断している期間に、もっと積極的に練習を進めたいメンバーとの間にいつの間にか修復不可能な溝が生じ、僕は自分が作った合唱団を失い、合唱指揮の機会を奪われた。
これもコロナ禍の悲劇の一つと言ってしまえばそのとおりだろう。コロナ禍でみんな冷静な判断ができなくなっていた。
コロナはこんなところにも暗い影を落としていた。
新型コロナを呪いたい!そう思わずにいられない。
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実話を元にしたドラマ(ネタバレ注意)
閑話休題。話しを映画に戻す。
この映画はコロナ禍の中で実際に起きた渋谷ホームレス殺人事件を元にした実話である。
映画では、設定は大幅に変更されているが、実際にはもっと悲惨なことが起きていた。
後味の悪いものにしなかったのが救い
ネタバレになるから詳しくは書けないが、この映画では最大の悲劇は避けられ、救い難い後味の悪さは感じなくても済むように作られた。
これは嬉しい。ここに救いがあるが、現実はそうではなかったというところを忘れてはならない。
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監督の高橋伴明のこと
監督の高橋伴明はベテランの大監督である。元々はピンク映画というか日活ロマンポルノの出身だが、近年はそこから離れ、社会問題をテーマとする社会派の映画監督として大活躍している。
近年の代表作として、
『TATTOO<刺青>あり』、『光の雨』、『BOX 袴田事件 命とは』などがある。
今回の「夜明けまでバス停で」も、彼の代表作になるに違いない傑作になったと思う。
俳優陣はいい味を出している
三知子を演じた主演の板谷由夏がやっぱり最高に素晴らしい。この頼り甲斐のあるお姉さん肌のヒロインを等身大で演じて、僕は非常に好感を持った。
「茜色に焼かれる」の尾野真千子とは役柄から言っても比べるべくもないが、板谷由夏には板谷由夏の良さがある。
他にも若い店長を演じた大西礼芳や、あの山口百恵と三浦友和との子供である三浦貴大は、最低最悪の居酒屋のマネージャーに成り切って、強い印象を残した。
他にもビックリするほど、大物俳優が脇を固めていて、それぞれいい仕事をしている。これは嬉しい。
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「RRR」を観た後ではあまりにも小粒で
これはコロナ禍の悲劇を日常生活に即して等身大かつリアルに描いた日本映画の良心作だと評価するが、昨日紹介したばかりの超弩級のアクションミュージカル大作の「RRR」を観た後に観ると、あまりにも分が悪い。
同じ映画というジャンルに属する芸術でありながらも、あまりにも違い過ぎるのだ。
そのスケール感、そして世界観。そして何よりもお金のかけ方が。
もちろん巨額な予算を注ぎ込めばそれでいいなどとは夢にも思っていないが、これでは全く勝負にならない。
それなのに、日本映画と外国映画の違いはあっても、キネマ旬報ベストテンが同じ年(2023年)に、方や第2位、方や第45位。
こういう事実を知ると、本当に嫌になってしまう。
「あんな破天荒な娯楽映画とこの良心作を比べないでほしい」という声が聞こえて来そうだが、僕としてはやっぱりこの違いは無視できない。
日本映画の粒の小ささが否が応でも浮き彫りになってしまう。
実に嘆かわしいことだ。
コロナ禍は終わったわけではない
何度も書いたが、コロナ禍はまだ終わったわけではない。
必ずやまたパンデミックがやってくると僕は見ている。国が基準を変えて感染症の5類相当に変えても、ウイルスが変わったわけではもちろんない。
これからも様々な映画の中で、コロナ禍は必ず大きな影を落とし、繰り返し描かれていくことになるだろう。コロナ禍を描くことが現代社会を描くことに他ならないからだ。
この映画で描かれたような市井の善良な一般市民たちが苦しめられることは、何としても避けたいと切望するのだが、どうなるだろうか?
このコロナ禍の悲劇を真正面から描いた良心作を、一人でも多くの方に観ていただきたい。
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なお、この作品のソフトはDVDしか発売されておらず、ブルーレイはありません。今時どうして?と信じられない思い。残念!
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