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映画史上屈指の名作のリメイクに挑んだスピルバーグの心意気
「ウエスト・サイド物語」の映画史における評価は相当なものだ。1961年にロバート・ワイズ監督(ジェローム・ロビンズとの共同監督)で作られたミュージカル映画の超傑作。古今東西の映画史上のベストテンにおいても必ず有力候補として挙がってくる稀有の名作だ。
僕はそのストーリーに少し受け入れ難い点があって、決して大好きな映画とは呼べないのだが、そんな僕でもあの映画の素晴らしさと感動を否定する気は毛頭ない。あのダンスと歌の持つとてつもない力と高揚感は他に比べようがない。
そんな稀有な名作をリメイクすると聞いて、ビックリしてしまった。評価の定まった古典的な名作をリメイクしても、それ以上の作品を作り上げることは極めて困難なので、普通は引き受ける監督がいないだろうと思ってしまう。
それが今回は実現したわけだ。誰が受けるのか思ったら、何とスピルバーグであった。これには正直ぶったまげた。
これは正確ではない。本当の細かい経緯は知らないのだが、僕はいきなりスピルバーグの新作があの「ウエスト・サイド物語」のリメイクで、スピルバーグが非常に乗り気になって、自身初めてのミュージカル映画の挑戦に挑むということを知ってビックリしてしまった。
以前このブログでも取り上げ、話題にしているが、今年75歳にもなる老境に至ったスピルバーグの最近の充実ぶりが凄いのである。以前の大作に比べると明らかに小振りにはなったものの、その完成度は益々高まっている。「ブリッジ・オブ・スパイ」「ペンタゴン・ペーパーズ」等々。
あの充実を極めているスピルバーグなら、「ウエスト・サイド物語」のリメイクも引き受けるのか感嘆したのが数カ月前のことだった。
75歳(この作品を撮ったときは74歳)にしてこの屈指の名作のリメイクに挑むというそのチャレンジ精神に脱帽。しかもこれだけの名作・傑作・力作を量産してきたスピルバーグにしても初めてのミュージカルだという。本当にその意気込みに感嘆してしまうのである。
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出来栄えも見事の一言に尽きる
この大巨匠が映画史上屈指の名作のリメイクに挑戦するだけでもリスペクトに値するのだが、それと実際の出来栄えとは別物だ。
で、どうだったのか?スピルバーグによるリメイクの出来栄えは?
結論的に言うと、素晴らしい出来栄え。リメイクは見事に成功したと絶賛したい。相当なレベルに達しており、十分な及第点に値する素晴らしいものであった。
これは立派。正直言って驚いた。ここまでの完成度を示してくれるとは思ってもいなかった。あっぱれとしか言いようがない。その剛腕ぶりに度肝を抜かれた。
そうは言っても、旧作とどちらがいいのかという新旧の優劣論や、このリメイクに全く問題がないのか、というと決してそういうわけではないのだが。残念ながら不満もある。
順を踏んでいこう。
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映画の基本情報:「ウエスト・サイド・ストーリー」
アメリカ映画 156分(2時間36分)
2022年2月10日 日本公開
監督・製作:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:トニー・クシュナー
原作:アーサー・ローレンツ(「ウエスト・サイド物語」より)
出演:アンセル・エルゴート、レイチェル・ゼグラー、アリアナ・デボーズ(アカデミー助演女優賞)、デヴィッド・アルヴァレス、マイク・ファイスト、ジョシュ・アンドレス、リタ・モレノ 他
音楽:レナード・バーンスタイン、デヴィッド・ニューマン
撮影:ヤヌス・カミンスキー
キネマ旬報ベストテン:来年度の対象作品扱い
どんなストーリーなのか
「ウエスト・サイド・ストーリー」のストーリーは「ウエスト・サイド物語」と基本的には全く一緒。したがって映画ファンで知らない人はまずいないと思われるので、簡単な紹介に留めたい。
シェークスピアの悲劇「ロミオとジュリエット」を下敷きに、1950年代のニューヨークのウエスト・サイドに集まってきた移民の不良グループの対立と、敵と味方として対立する中で激しい恋に落ちる主人公。禁断の恋も一因となってその対立がエスカレートし、遂に殺人事件にまで発展し、思わぬ悲劇が起きるまでのホンの数日間の出来事を活写するミュージカルだ。
現在でもアメリカ合衆国の自治的・未編入領域で、コモンウェルスという政治的地位にあるカリブ海北東に位置する「プエルトリコ」からの移民グループの不良が結成した「シャークス」と、アメリカ人でありながらもルーツはポーランドなどヨーロッパ系の移民グループの「ジェッツ」とが激しく対立していた。
ジェッツのリーダーはリフ。そのリフと一緒にジェッツを結成したものの刑務所からの服役を済ませ、現在は経過観察中のトニーは、今ではすっかり改心し、暴力は二度と用いないと決心していた。一方のプエルトリコ人の「シャークス」のリーダーはべルナルド。恋人のアニータと妹のマリアの3人で暮らしていたが、あるダンス会場でしぶしぶダンスに参加したトニーと初めてダンスに参加したアリアは、たちまち激しい恋に落ちてしまう。
2つの不良チームは決闘で決着をつけようと不穏な動きが増す中で、トニーとマリアの恋はエスカレートし、それぞれが願っていたのと真逆の方向に突き進んでいって、遂に思わぬカタストロフィが起きてしまう・・・。
音楽、歌、ダンスシーン、カメラワークなどは最高
これは素晴らしいリメイクだと断言できる。
61年版のオリジナルがあまりにも素晴らしい映画史上の傑作だけに、あれを超える評価は絶望的にも拘らず、大変な仕上がりであの傑作のリメイクとしては十分な及第点。本当に立派なリメイクを作ってくれたと心から感謝したい。
仮にあの傑作のリメイクということではなく、今回のスピルバーグ監督作品が初めての映画化だったとしたら、それこそ空前の評価を得ることができたと思う。そのくらいの完成度を誇っていることは明らかだ。
何と言っても、バーンスタインの音楽と歌、ダンスシーンは圧巻の一言に尽きる。旧作(61年オリジナル版)のダンスシーンと歌ももちろん傑出したものであったが、歌とダンスについてはほぼ互角だろうか。
但し、集団演舞というか大多数の出演者によるダンスシーンは本当に圧巻なのだが、それでもあの61年版のトレードマークとなっていた足を高く跳ね上げるあのポーズが無くなってしまったことは本当に残念だ。あれをそのまま残せば、あの映画そのものになってしまうわけで、スピルバーグとしてもそれだけは避ける決意だったことは容易に想像できるのだが。
あのお得意のトレードマークのポーズなしで、集団演舞を魅せるのは極めて困難を極めたと思う。それは見事に成功したと僕は認めるが、古くからの熱心なファンとしては、そうは言ってもあのシーンは1回だけでも取り入れてほしかった、そう思わずにいられない。
徐々に盛り上がりながらクライマックスに至るダンスに興奮必至
2つの不良グループの最初の登場シーン。音楽は「ジェットソング」。少しずつ前奏が流れながら、映像もメンバーたちが次々に合流しながら街に繰り出し始め、ダンスのさわりをちょっとずつ垣間見せながら、遂にその全容を見せてクライマックスに至る有無を言わせぬ圧巻のダンスシーンに身も心も奪われてしまう。この歌とダンスと映像の持つ力に完全に乗せられてしまうのだ。
観ている側はもうこの歌と音楽、圧倒的なダンスシーンと絶妙なカメラワークに身を委ねるだけだ。体中の血が騒ぎ出すような圧倒的な高揚感にただただ酔い痴れてしまう。
そんなシーンが冒頭から続出する。あの足上げポーズこそないものの、圧巻なダンスシーンと歌。素晴らしい!
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見事なカメラワークに鳥肌が収まらない
この映画の中で非常に印象に残るのは、もちろん圧巻のダンスシーンに他ならないのだが、映画の開幕と同時にスタートするその見事なカメラワークにワクワクドキドキが止まらなくなる。
映画冒頭の移民街を取り壊すべく大掛かりな工事が進められている状況を映像だけで語る長回しの俯瞰撮影が凄すぎる。この冒頭シーンだけで、僕はもう鳥肌が収まらなくなって、期待に胸がときめいた。
全体を通じてその見事なカメラワークが映画全体を支配しており、これを観るだけでもこの映画の価値がある。「シンドラーのリスト」以降ずっとスピルバーグ作品の撮影を担当してきた名カメラマンのヤヌス・カミンスキーの最良のテクニックを満喫できる。このカメラワークがなければ、このリメイクは3流の出来栄えになってしまったのでないかと思われる程だ。
映像的にもう一つ強調しておきたいのは、本物感、リアリティの徹底的な追求だ。これが見事としか言いようがない。この開発が進むニューヨークの移民街の1950年代の忠実な再現。実に本物っぽいのである。古い安アパートなどの建物や工事現場などの建造物がいかにもその時代を再現しているし、車が全てその当時のものを忠実に再現しているようで、全く違和感がない。
このリアリティの高さは最近の映画ではあまり観ることができなかったほどの徹底ぶりだ。
スピルバーグの神業的な力量に脱帽するしかない
スピルバーグの最近の作品の充実度が絶頂期に比べても勝るとも劣らないということを、「ブリッジ・オブ・スパイ」の記事で紹介してきた。
ここにきての更なる充実度を感じさせるのが今回の「ウエスト・サイド・ストーリー」である。スピルバーグという監督は本当に変わった人で、あれだけの名作・傑作を次々と量産しながら、1本の映画を作るのに本当に時間をかけないことで知られているのである。直ぐに撮影を終わらせてしまうという早撮りで有名なのだ。だからこそ、今まであんなに充実した35本もの監督作を量産することができているのである。
何とほとんどまともなリハーサルもなければ、全く信じられないことだが、撮り直しなどということは皆無に近いそうだ。つまり1回だけの撮影で終わりだという。ちょっと信じられない。しかも多くの作品が映画史上の初めてのジャンルであったり、考えられないような究極のアクションシーンだったりするにも拘らずにだ。
今回の「ウエスト・サイド・ストーリー」を観ても、その絶妙なカメラワーク、長回し映像、そして驚異的なダンスシーン、そしてかなり感動的な演技も含めて、アッという間に撮影を終えてしまったらしい。考えられないことだ。黒澤明やS・キューブリック、D・フィンチャーなどが、それこそ1シーンの撮影に何十回、場合によっては100回以上も撮り直すのとは真逆の世界。
それでいてこの完成度なのである。あらかじめスピルバーグの頭の中に映像シーンが完全に出来上がっているので、後はそのとおりにカメラを回せば済むということなのだろうか。天才、全く凄まじい才能としか言いようがない。肝心な点は、その出来上がった映像がいかにも早撮りのチープさを感じさせるものでは決してないということなのだ。
これは本当に凄いことだと思う。
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ところが、ストーリーがダメ過ぎる(ネタバレ注意)
こんな素晴らしい映画を撮ってくれたというのに、ではこの「ウエスト・サイド・ストーリー」をどこまで気に入っているのかというと、実は、かなり微妙なのである。
こんなに見事にリメイクを成功させ、感動的な歌とダンスシーンで満喫させながらも、実は、この映画には不満も多いのだ。
一言で言って、ストーリーがダメ過ぎる。音楽と歌。ダンスシーン。映像的には申し分ないけれど、肝心のストーリーがいただけない。ハッキリ言ってどうしようもないバカな物語。これでは到底感動することができない。
誤解があってはいけないので言っておくが、今回のスピルバーグのリメイクに問題があるのではなく、僕は61年の伝説のオリジナル版でも、そのストーリーには辟易とさせられていたのだ。
登場人物たちがみんな救いようのない愚か者ばかりで、耐えがたかった。
基本的にはオリジナル版でも今回のリメイク版でもこの馬鹿げたストーリーへの不満にはそれ程の違いはないのだが、今回は特にバカバカしく思えて仕方がなかった。
2つの対立する不良グループのメンバーたちが愚か過ぎて共感できないと言われることが多いが、僕はそうではない。あの不良グループはあんなものだろう。僕にはむしろあの時代にあって、彼らの不満と怒り、不良化には共感できる。
僕がどうしようもないなと心からガッカリさせられるのはこの映画のヒーローとヒロイン。主役のトニーとマリアの二人なのだ。
ハッキリいってこの二人は駄目だ。これでは感動なんかとてもできない。
〔ここから一部ネタバレがあります。まだ映画を観ていらっしゃらない方は次の部分は読まないでください〕
救い難い主人公たちに辟易させられる(ネタバレあり)
トニーは事件を起こして服役し、今では改心したばかりか、ずっと決闘を止めようと努力していたのに、どうしてあそこで怒りを爆発させてしまったのか。あそこは最後まで耐えないと。特にどうしてベルナルドを刺し殺してしまったのか。あれはいかんでしょ。
ベルナルドがリフを刺したのは、あくまでもはずみで刺してしまったのだ。殺意はなかった。それなのに、あれだけケンカの仲裁をしていたトニーが、何のためらいもなく、復讐するように恋人の兄を殺してしまうなんて!?ここに飛躍が在り過ぎる。
マリアも、自首しようとするトニーを引き留めて、一緒に逃げようなどというのは考えられない。そんなのは愛ではない。そしていくら何でも兄が殺された日にトニーと肉体関係を持つか!?シェークスピアがそうなっているのだろうか。いかにも薄っぺらい。
トニーが望むようにちゃんと自首していれば、トニーは死ななくて済んだのだ。マリアがトニーの自首を止めなければ、トニーは死ぬことはなかった。マリアが道を誤らせ、トニーを死に追いやったことを本人は自覚しているのだろうか。
更にもう一つ、アニータが恋人のベルバルドを殺したトニーとマリアが恋仲だったことを知った際に、アリアの底の浅い「愛しているの」という一言で、即座に許してしまうのも、どうしようもなく薄っぺらい。
ことほど左様に、このストーリーは主人公たちの行動があまりにも薄っぺらで、真実味に欠ける。人間観察があまりにも表面的過ぎて、説得力が欠落しているのだ。
本当に残念なこと。原作を変えることはできないのだろうが、もう少し主人公たちに深さを加えることは可能だったろうと思われる。
バカなストーリーを無視して歌とダンス、映像を楽しむしかない。
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パンフレット代わりのスペシャル・メイキングブックが感涙もの
前に紹介したリドリー・スコットの「最後の決闘裁判」でパンフレットがないという話しに触れ、どうやら「ウエスト・サイド・ストーリー」にもパンフレットがないらしいということを書かせてもらったが、本当にこの映画にはいわゆる普通のパンフレットがない。ビックリ仰天だ。
ところが、パンフレットは確かにないのだが、その代わりに「スペシャル・メイキングブック」というとんでもない立派な本が用意されている。超豪華なパンフレットと呼んでもいい。立派な装丁のオールカラー約130ページにも及ぶ豪華本。値段も何と2,980円もする破格のものだが、その内容の充実度たるや例がない。
僕はすっかり気に入っている。スピルバーグの演出シーンや絵コンテなどの資料や写真も非常に充実していて、感涙もの。本当にこれはすごい代物だ。何とかこのメイキングブックを普通に購入できないのかと調べたが、不可能だと判明。パンフレットのように映画上映時に限定されて販売されるもののようだ。映画上映の際にはどうかお見逃しなく。
ブルーレイを手元に置いて繰り返し楽しみたい
ストーリーに不満があったり、ベルナルド役はやっぱりオリジナルの61年版のジョージ・チャキリスが圧倒的で、今回は残念ながらチャキリスの魅力を凌駕することはできなかったが、音楽と歌、ダンスシーンは本当に素晴らしい。そして圧倒的なカメラワークとスピルバーグの演出。これは何度も鑑賞するに値する大変なものだ。
どうかブルーレイを所有してもらって、繰り返し鑑賞してもらうことをお薦めしたい。
前述のとおり1950年代の忠実な再現に目を見張らされるのだが、一方で時代を超越したカラフルな色彩感もきらびやかで、観る者を圧倒する。つまらないストーリーは気にせずに音楽とダンス、映像美に酔い痴れたい。
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