きかきロシアのウクライナ侵略戦争がひど過ぎる

2022年3月下旬。目を背けたくなるような本当に酷いことが毎日ウクライナの地で続いている。

ロシアによるウクライナへの侵略は、ロシアが一方的にウクライナに攻め込んだ侵略戦争の開始からほぼ1カ月が経過した。

侵略戦争を開始したプーチンが当初考えていたようなほんの2〜3日でウクライナの首都キエフを陥落させ、ロシアが圧勝すると思われた状況が大きく様変わりして、長期化の様相を呈して来た。

これはウクライナ側が善戦し、ロシアの攻略を食い止めているということに他ならないのだが、その分、ロシアの攻撃はとみに激しさを増しており、思うようにならず計画が狂ったプーチンが焦るあまりに、核攻撃や生物・化学兵器を使う恐れが日増しに強まるばかりか、無差別攻撃が更に激化しそうで、心配で、心配でならない。

プーチンは何ということをやってくれたのか。しかもそれが現在も続いていて、このおぞましい侵略戦争を止める術を自分自身はもちろん、世界が持ち合わせていないことがやり切れなくて、たまらない。

「磔のロシア」に続いて、ソ連絡みの本にどうしても手も気持ちも向いてしまう。

今回はもっと現在のロシアのウクライナへの侵略に直結する本を取り上げる。

ウクライナ生まれでベラルーシ育ちの女性ノーベル文学賞受賞者

取り上げたのは「戦争は女の顔をしていない」という非常に変わったタイトルの本。ノンフィクション、いわゆるドキュメンタリーである。

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチについて

作者はスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ。スラヴ系の名前の表記は難しく、アレクシェーヴィッチ、あるいはアレクシェービッチなどの表記もあるが、女性のジャーナリストにして作家である。

父親はウクライナ人で母親はベラルーシ人だという。ウクライナ出身というのは正確ではなく、父方のウクライナで生まれたが、3歳の時に母方のベラルーシに移り、ベラルーシ大学を出ているので、生まれはウクライナであっても、出身はむしろベラルーシと言うべきなのだろう。

生年は1947年なので、もちろんソ連で生まれ育ったということになる。現在73歳。ソ連の崩壊は1991年なので、45歳まではソ連のジャーナリストにして作家だったというわけだ。

ロシアがベラルーシの支援を受けながらウクライナに侵略している今、読むのにこれ以上ふさわしい、正にタイムリーな本は他にはない。

ベラルーシ大学に進学し、ジャーナリズムを専攻し、卒業後はジャーナリストとして活動。第二次世界大戦やアフガニスタンのソ連侵攻、あのチェルノブイリの原発事故など、戦争や深刻な社会問題を独特の視点から描いたドキュメンタリーの傑作を次々と発表する。

ウクライナ、ベラルーシ、ソ連。実にタイムリーな従軍女性の証言

現在、プーチンが勝手に始めたウクライナへの侵略戦争における、侵略されている側と、プーチンの共犯者であるあの悪名高き「ヨーロッパ最後の独裁者」ルカシェンコがいる侵略している側(ベラルーシそのものはウクライナに兵は送っていないが、ルカシェンコがプーチンを支え、ベラルーシの地からロシアが兵が出していることはもちろんだ)の両方の血を引いた元ソ連のジャーナリストが書いたドキュメンタリーということで、興味は尽きない。

ジャーナリストに初のノーベル文学賞

2015年、今から7年前にノーベル文学賞を受賞ジャーナリストにノーベル文学賞が与えられるのはノーベル文学賞の長い歴史の中でも初めてということもあって、当時はかなり話題になった。僕も良く覚えている。

ジャーナリストに与えられたノーベル文学賞というよりも、ジャーナリストが書いたドキュメンタリー作品がノーベル文学賞を獲得したという非常に画期的な珍しいケースなのである。

過去にも、あのイギリスのチャーチルが「第二次世界大戦回顧録」でノーベル文学賞を獲得した例はあったとはいうものの、ドキュメンタリーがノーベル文学賞の対象となるのかと懸念されたのだが、スウェーデン・アカデミーは「私たちの時代の苦悩と勇気への記念碑」と称え、「文学の新しいジャンルを案出した」と最大級の賛辞を送った。

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「戦争は女の顔をしていない」はどんな本?

本書はアレクシエーヴィチにとって記念すべき処女作である。ジャーナリストとして初めて出版した本だということ。37歳の時の作品。

とにかくタイトルが変わっていて、これを聞いただけでは、どんな内容のドキュメンタリーなのか、全く想像ができない。実際にこれは、実に変わったそれでいて非常に感動的なドキュメンタリーなのである。 

これは僕が前回の「磔のロシア」のブログの中でも書き、過去のいくつかの記事でも触れてきたあの第二次世界大戦中の独ソ戦を舞台に、その戦場に実際の兵士として出兵し、男たちと一緒になって戦った女性兵士たちの証言を集めたものである。

独ソ戦に従軍した女性兵士たちのドキュメンタリー。従軍女性というと一般的にはどうしても、日本軍の悪名高い従軍慰安婦を想像してしまうが、決して誤解しないでほしい。

「従軍慰安婦でなく、従軍した女性兵士」である。実際に敵を殺すために兵士として戦場に送り込まれた女性たちのことだ。

世界史と人類が繰り返してきた戦争・紛争にはかなり詳しい僕も、正式に女性が兵隊そのものとして駆り出され、兵力の一翼を担っていたという例はほとんど聞いたことがない。

あのソ連、スターリン独裁下の独ソ戦では、そういうことが正式に行われていたということに驚かされるばかりだが、その実態に迫った渾身のドキュメンタリーである。

著者のアレクシエーヴィチ自身もとりわけ思い入れの強い本だという。

500人超の生存者に徹底インタビュー 

アレクシエーヴィチの手法はユニークだ。4年間に及ぶ長い独ソ戦において、ソ連の女性兵士が戦場に繰り出されたのは100万人を超えたという。年齢は15歳から30歳くらいまでだったようだが、圧倒的に10代が多かったようだ。

その中で生き残った元女性兵士にアレクシエーヴィチが取材を申し込み、徹底的に本人から当時のことを聞き取ったである。戦場からは生還できても、その後亡くなった者もいたことだろう。

取材を開始したのは1978年からだというので、第二次世界大戦すなわち独ソ戦が終了してから33年後だ。

戦場に駆り出されたのが18歳の女性兵士の場合は、終戦時には22歳。そこから33年後となると、55歳の時に取材を受けていることになる。初老と呼ぶには若過ぎるが、いい年のおばちゃんだ。

取材を申し込んでも「思い出したくない」「語りたくない」と拒否された例が非常に多かったようだが、諦めずに粘り強く取り組んで、結局、約500人からインタビューを受けることができ、貴重な証言が得られた。それを全て当時のカセットテープに録音し、全てをテープ起こしして、証言集としてまとめ上げたのが本書というわけである。

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「戦争は女の顔をしていない」の基本情報

1978年から始められた取材をまとめ、発表されたのは1984年。アレクシエーヴィチの最初の作品ということは既に書いた。ところが完成後2年間は出版が許されず、ゴルバチョフによるあのペレストロイカ後にようやく出版されたことに注目だ。

ベラルーシのあの「ヨーロッパ最後の独裁者」、現在のロシアによるウクライナへの侵略戦争でプーチンを支えている共犯者のルカシェンコ大統領は、アレクシエーヴィチに対し「外国で著書を出版し、祖国を中傷して金をもらっている」と非難し、長い間ベラルーシでは出版禁止とされてきた。

2004年の増補版の内容が凄すぎる

2004年に増補版が刊行されている。ペレストロイカが始まってようやく本書の出版が認められたとは言っても、85年というペレストロイカが始まったばかりの段階では、まだ書くことができないことがかなりあったということだろう。

加筆された部分は内容的にも刺激的な部分が多い。

ここでその内容を披露するのは早過ぎるような気もするが、単刀直入に書いてしまうことにする。

その刺激的な内容の具体例は・・・。

仲間を殺さなければならなかったこと、ソ連軍の男が占領したドイツの若い女性たちを行列を作って一晩中強姦し続けたこと、ドイツ人の占領地で暮らしていた捕虜であったというせいで国賊扱いされ、極寒の収容所に流刑されたことなど。

特に目を引くのは、スターリンに対する痛烈な批判が展開される部分。これはかなりすごいので、原文を引用しておきたい。

『今は何でも話せる世の中になったわ。私は訊きたいの、誰のせいなのかって。戦争が始まったばかりの何ヶ月かで何百万もの兵士や将校たちが捕虜になってしまったのは誰の責任なのか?知りたいの・・・戦争が始まる前に軍隊の幹部を抹殺してしまったは誰のなの?赤軍の指揮官たちを「ドイツのスパイだ」「日本のスパイだ」と中傷して銃殺してしまったのは、戦争が始まる前に赤軍の指導部をつぶしてしまったのは誰なの?(中略)訊きたい・・・もう訊けるわ・・・でも私は黙っている。夫も沈黙している。今だって怖いの。私たち怖がっている・・・恐怖のうちにこのまま死んでいくんだわ』

いやあ、これは。言葉がない。

日本での出版について

日本では三浦みどりさんによって翻訳され、2008年7月に群像社から単行本として刊行された。
2016年に岩波現代文庫として再出版。あの「磔のロシア」と同一の文庫だ。「磔のロシア」も厚くて400ページもあったが、「戦争は女の顔をしていない」は更に厚く、解説等をいれると498ページ、実に500ページとなる。厚くて、非常に長い。

この厚みだと簡単には読み切れない。

だが、基本的にはアレクシエーヴィチが聞き取った一人ひとりの個人の証言、分かりやすく言えば思い出話しの寄せ集めなので、臨場感もありそれぞれの証言内容は非常に読みやすく、その内容の凄まじさもあって、ドンドンとページをめくってしまうことになる。

僕は現代続いているロシアのウクライナ侵略のことが、常に頭から離れないので、そのやり切れなさをぶつけるかのように、本書をむさぼり読んで、1週間足らずで読み終えてしまった。

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独ソ戦の実態について

何度かこの熱々たけちゃんブログでも触れてきたが、ここで改めて独ソ戦について、まとめておきたい。

独ソ戦は第二次世界大戦におけるナチスドイツとソ連との戦争であり、1941年6月22日から1945年5月8日までちょうど4年間に渡った大戦争である。

ヒトラーとスターリンという歴史上、最悪の独裁者二人が存亡をかけて真正面から衝突した人類史上最悪にして、最大規模の戦争。

二人の独裁者の顔。アドルフ・ヒトラー。
二人の独裁者の顔。ヨシフ・スターリン。

ヒトラーとスターリンはほぼ同時代人で、極右と極左という思想的には対極にあり、互いに憎しみ合いながらも、第二次世界大戦開戦の直前に独ソ不可侵条約といういわば軍事同盟を締結し、二人は手を握り合うことになって、全世界に衝撃を与えた。

ヒトラーのナチスドイツによってポーランドへの侵略が始まり、第二次世界大戦が始まると、同盟を結んでいたドイツとソ連はポーランドを始め、東欧諸国をやりたい放題に蹂躙。特にソ連のフィンランドへの侵略は忘れてはならない。

ドイツとソ連は手を取り合ってお互いにやりたい放題にやってから、やおら究極の敵として、当初の予定どおりに独ソ戦に突入したわけだ。

ヒトラーはこのソ連との全面戦争を「イデオロギーの戦い」「絶滅戦争」と名づけ、イギリスなど(フランスなどはあっけなく降伏してしまっている)ヨーロッパ諸国との戦いである西部戦線とは別の「ヨーロッパ大陸最後の戦争」と位置付けていたようだ。

バルバロッサの奇襲に始まり、戦争初期は圧倒的にドイツ軍が有利で、ソ連軍は次々と敗退を続け、この時に膨大な犠牲者を出している。

ドイツ軍の進撃は勢いを増し、キエフ、ハリコフなどウクライナを制圧し、モスクワまで数十キロの地点まで迫る。ところがナポレオンと同様に、いわゆる「冬将軍」に苦しめられることになる。

映画にもなったスターリングラードの戦いなどソ連側の反撃が開始され、最後はソ連軍がベルリンを陥落させ、ソ連側の勝利で終わった。ヒトラーは自殺に追い込まれ、これで第二次世界大戦は太平洋と沖縄本土を舞台に最後の絶望的な戦いを展開していた日本の太平洋戦争だけが残っていたことになる。

独ソ戦における天文学的な死者数

この独ソ戦での死者数には驚愕するしかない。
民間人の犠牲を含めると、双方でザッと約4,000万人が死んだとされる。ソ連側が2,000~3,000万人、ドイツ側が600~1,000万人。現在のロシア当局の公式発表では2,660万人とされている。

もう天文学的な数の死者数である。ソ連の軍人・民間人の死者数は第二次世界大戦における全ての交戦国の中で最も多いことはもちろん、人類史上の全ての戦争・紛争の中で最大の死者数を計上している。

ちなみに日本の死者数は日中戦争、太平洋戦争を通じて、その数は民間人も含めて約310万人と言われている。

ソ連の死者数の膨大さが良く理解できるというもの。約9倍近い。桁が違うというか、乱暴に言えば日本の死者数の約10倍もの犠牲者が出ているのである。驚嘆するしかない。

ソ連ではこの独ソ戦を「大祖国戦争」と呼んで国民を鼓舞したのだが、本当にすさまじい戦争となった。

実はソ連の地、つまりロシアがヨーロッパから(西側から)攻められ、亡国の危機に瀕したのは、歴史上これが初めてではなかった。

ナチスドイツの前にもあのフランスの皇帝ナポレオンにモスクワまで攻められた。トルストイの「戦争と平和」に描かれたあの有名な戦争だ。そのナポレオンとの戦いは「祖国戦争」と呼ばれており、それに勝利したことにあやかっての大祖国戦争というわけである。

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スターリンの大粛清の影響

スターリンの大粛清にも触れておく必要がある。犠牲者の正確な数は未だにハッキリしていないが、数百万人では済まない数の人間が犠牲となった。ソ連建国時の功労者達だけではなく、スターリンの周囲にいた身近な部下たちも、片っ端から死刑にされた。

独ソ戦が始まった当時、ソ連側があまりにも劣勢に立たされたのは、軍の幹部クラス、実力派の将軍達がもう端から殺されていて、名だたる軍人がほとんど残っておらず、軍隊の体をなしていなかったからだというのは、どうやら真相らしい。

歴史上稀な従軍女性という存在

ソ連側の被害が甚大だったわけだが、その戦争に女性兵士が動員されていたのだ。

天文学的な死者数を出した独ソ戦に女性兵士を戦地の前線に送り出していたというのは、俄かに信じ難い話しだが、これはもちろん実際にあった話しなのである。

国家が女性を兵士として戦地の前線に送り込んだ例は、歴史上、このソ連が初めてのことだ。

          (後編に続く)

 

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