目 次
マタイ受難曲だけではなく、バッハの名作が続々大幅値下げで再発売
前回、カール・リヒターが指揮するバッハのマタイ受難曲の素晴らしい演奏の映像(動画)を収めたDVDを紹介したところだが、実はマタイ受難曲だけではなく、他にもカール・リヒターが指揮をしたバッハの名作中の名作が、続々と大幅に値下げされて一斉に再発売された。
そのラインナップがものすごい。前回のマタイ受難曲の記事で触れたようにカール・リヒターが指揮したバッハの名作の演奏映像は全部で4種類残されていた。紹介済みのマタイ受難曲を含めてであるが。
それらは全て既に15年前に、先ずは輸入盤で販売され、しばらく遅れて国内盤も揃って発売されたのだが、いずれもかなりの高額だったのだ。マタイ受難曲のDVDと同じ経緯である。
細かいことが気になるという読者がいるかもしれないので、念のために触れておくと、マタイ受難曲の記事で詳細に触れたDVD出現以前のマタイ受難曲が発売されたVHD規格では、マタイ受難曲しか発売されていなかったことを付記しておきたい。
だから、15年前にいきなりDVDで、VHDでしか観ることができなかったマタイ受難曲を観ることができるようになった感激はもちろんだったのだが、それに加えて、想像すらしていなかった他の名作が3種類も一気に発売されることになって、狂喜乱舞というか、本当に度肝を抜かされたのである。
それも、「ヨハネ受難曲」と「ロ短調ミサ曲」。そして「ブランデンブルク協奏曲」と、バッハの全作品の中でも、1、2位を争う屈指の名作ばかり。これは、あの当時、本当に大きな事件だったと言っても決して過言ではない。
それらが全て、この秋(2021年9月)に大幅な値下げで再発売された。いずれも初回限定なので、迷わず購入してもらうことを勧めたい。
再度カール・リヒターのこと
マタイ受難曲の記事の繰返しになるが、カール・リヒターは、現在、主流となってしまった古楽器(オリジナル楽器、最近ではピリオド楽器と呼ばれている)、バッハが生きていた当時の古い楽器を用いて演奏する潮流が出現してくるまでは、誰一人として異存を挟む余地のない正に世界最高のバッハ演奏家であった。
敢えてバッハ指揮者と呼ばないのは、指揮者であることはもちろんだが、リヒターは素晴らしいオルガン奏者であり、チェンバロ奏者でもあった。正にマルチのバッハ演奏家だったのである。
今をときめくあのバッハ・コレギウム・ジャパンの鈴木雅明も全く同様。トン・コープマンというこれまた大変な実力者も、指揮者にしてオルガンとチェンバロでも超一級の人である。
バッハを得意とする音楽家にはこういうマルチの才能の持ち主が多いのだが、これもカール・リヒターが先陣を切ったわけだ。
すごい人なのである。
スポンサーリンク
リヒター vs 古楽器演奏
というわけで、カール・リヒターは今では考えられないモダン楽器でバッハを演奏している。つまり一世代前の今となっては古びた演奏スタイルということになる。
だが、だからといってあのカール・リヒターが忘却されてしまっていいはずがない。
あらためて古楽器演奏について整理しておこう。不思議な構図なのだ。
バッハの時代の古い楽器で演奏する方が新しい演奏スタイルであり、新しい現代の楽器で演奏する方が古い演奏スタイル、少しクロスした関係となる。
要はちょうどカール・リヒターが頂点を極めた1960年代後半から70年代にかけて、全く新しい試みとして、バッハのような古い時代の音楽(バロック音楽)を演奏するに当たっては、バッハらが活躍していた17世紀から18世紀のその当時に実際に使われていた楽器を用いて演奏するべきだという潮流が一部の演奏家たちから巻き起こり、様々な紆余曲折を経ながらも、最終的には、それらの古楽器スタイルが完全に席巻してしまったのだ。
これは長い音楽演奏史を通じての空前の大革命と言ってもいい。
その古楽器演奏スタイルが音楽界を完全に席巻する中で、旧スタイルとなってしまったかつてのチャンピオンであるカール・リヒターの存在も影を潜めてしまったというわけだ。
だが、ここに来てしみじみと思う。実際のところどうだったのだろうかと。
リヒターの演奏は古くなってしまったとして、ゴミ箱に葬ってしまっていいのだろうか。
問われるべきことは演奏の中身の充実であって、使っている楽器がモダン楽器なのかピリオド楽器なのかという問題ではないのではないか?!
最近になってつくづくそう思う。
スポンサーリンク
ヨハネ受難曲について
バッハの「ヨハネ受難曲」は、「マタイ受難曲」に比べると、少し小ぶりな作品であり、時間的にも2時間半弱であるが、その音楽の充実度は「マタイ受難曲」に勝るとも劣らないものだ。
「マタイ受難曲」がバッハの最高傑作として微動だにしない特別な位置をキープしているが、バッハファンの中には「マタイ受難曲」よりも「ヨハネ受難曲」の方が好きだという人がかなり多いのも事実。
かくいう僕自身も好き嫌いで言えば「ヨハネ」の方が好きかもしれない。
とにかくコンパクトにまとまっているのである。そして一番の特徴はイエスの受難そのものに単刀直入に切り込み、ドラマ性が極めて高いことで、ここでの主役は合唱になることが何よりも嬉しい。
「マタイ」の偉大さには及ばないものの、ドラマをストレートかつコンパクトに伝えるあたり、非常にいい作品だといつも感心してしまう。もちろん深い感動にも事欠かない。
DVDに収められたリヒターの演奏は
収録:1970年。ディーセン修道院附属教会(アンマーゼー)
カール・リヒターは「ヨハネ受難曲」でも圧倒的な傑出した録音を残している。このDVDの演奏は、教会でのライブで、これも実に素晴らしい演奏である。
受難曲で一番重要な役割を担う福音史家(エヴァンゲリスト)は、あの「マタイ」のDVD同様にあの当時の世界最高のテナー歌手だったペーター・シュライアー。
イエスも「マタイ」と同じシュラムであり、こちらでも相変わらずの素晴らしさだ。あのユリヤ・ハマリもいる。
主役を演じることになる合唱はもちろんリヒターの手兵であるミュンヘン・バッハ合唱団。ここでも魂の籠った圧倒的な歌唱を聴かせて圧巻だ。
ただ、惜しむらくは、このDVDに収めされた映像は、演奏会のライブの記録であって、あの圧倒的な感銘を与える「マタイ受難曲」のDVDのような極めて印象的な演出や特別なカメラワークを駆使した、映像そのものに特別な魅力があるわけではないことだ。
どうして、あのすごいマタイと同じ会場で、同じスタンツで撮影しなかったのだろうかと残念でならない。
もう一つ不満がある。かなり頻繁にイエスの受難にかかる絵画が映し出されるのだが、これが余計でハッキリ言って邪魔と言ってしまいたくなる。あの絵をあんなに映すくらいなら、とことんリヒターの指揮姿を追いかけてもらいたかったと思う。
このようにいくつか不満があるのだが、演奏そのものは素晴らしいもので、このような受難曲では、使われている楽器がオリジナル楽器なのかモダン楽器なのかなんて問題は、全くどうでもいい瑣末な問題のように思えてくる。
ロ短調ミサ曲について
「ロ短調ミサ曲」は、バッハの全作品を通じての最高傑作の一つ。「マタイ受難曲」と並ぶ双璧である。
2時間を超える大ミサ曲。素晴らしいアリア(独唱曲)も多いが、冒頭から終曲まで合唱曲で埋め尽くされ、その合唱曲が言語を絶する美しさと超絶技巧を誇る。
バッハは対位法の空前の大家で、フーガという何声部ものメロディが複雑に絡み合う音楽様式を頂点にまで高めた作曲家なのだが、その難解極まる複雑なフーガを歌い切ることを合唱に課したのである。
全体を通じて、仰ぎ見るしかないような長大にして複雑極まる大フーガが数え切れないほど出てくる。
例えば、あのベートーヴェンの有名な第九の第四楽章の合唱では、曲の頂点でフーガが出てくるのだが、わずかに一つだけ。それでも第九を歌ったことのある人なら分かるように、第九の合唱の中ではあのフーガ部分が一番難しい。
だが、その第九のフーガもバッハの「ロ短調ミサ曲」のふんだんに出てくる大フーガに比べれば稚技に等しいと言ったら言い過ぎだろうか。
とにかく「ロ短調ミサ曲」の数多くの大フーガの演奏の困難さは、次元が違う。
そして、肝心な点は演奏が困難ということでは決してなく、それらのフーガが限りなく魅力的で美しさを極めたものである点だ。本当に感動的なフーガであり、見事な合唱曲なのである。
古今東西の最高の合唱作品
僕は合唱指揮者として、また熱烈なクラシック音楽ファンとして、古今東西のあらゆる合唱曲に通じていると自負しており、その多くを歌ったことがあったり、指揮をしたりしているが、このバッハの「ロ短調ミサ曲」はモンテヴェルディが作曲した「聖母マリアの夕べの祈り」と並んで、人類が作曲した最高の合唱作品だと断言できる。
僕はこの「ロ短調ミサ曲」を昔から熱愛していて、世界中で発売されているありとあらゆるCDを収集しようと買い込んでいたが、次から次へと限りなく新しい録音が出てくるため、さすがに最近は断念した。それでも40種類は優に下らない。
スポンサーリンク
DVDに収められたリヒターの演奏は
収録:1969年9月。ディーセン修道院附属教会(アンマーゼー)
合唱でも、バッハに代表されるバロック音楽が、オリジナル楽器による演奏で席巻されてしまった構図は当てはまる。ほぼオリジナル楽器演奏が隆盛を極めるのとほぼ同時代に、合唱団の技術的な演奏レベルが一気に進んだのである。
これはモダン楽器 vs オリジナル楽器の対立と必ずしも連動するわけではないのだが、1970年代以降、合唱団のレベルが従来までと全く別次元というほどに高度になった。
どこまでも透明感のある軽やかで、美しく響く真っ直ぐな声が好まれ、分厚く力で押してくるような合唱はほとんど放逐されてしまった。
人数も少なくなり、ひと昔前までは50人、60人、更に100人を超えるような大合唱団も多かったのだが、最近では30人を超えるようなことはあまりなく、20人以下が主流を占める。
そして肝心な点は、その少人数の合唱団メンバーはほとんどがプロあるいはセミプロであり、一人ひとりが傑出した歌い手であることが多い。
つまり、誤解を恐れずに言えば、一人ひとりに多少課題のあるアマチュアは人数でごまかすが、少人数の合唱団は精鋭の歌い手を揃えている言わばプロ集団なのである。
前置きが長くなったが、リヒターが指揮をするミュンヘン・バッハ合唱団は、皆アマチュアであって、人数はかなり多い。今回のこのロ短調ミサ曲での演奏では、少なく見ても60人は下らない、100人近い大合唱団である。
少し重くて野暮ったい、洗練とは少し遠いイメージである。つまりひと昔前の合唱団の姿なのだ。
しかし、声を大にして言っておくが、このリヒターが指揮するミュンヘン・バッハ合唱団は相当にレベルが高く、かなり上手な合唱団と言っていい。確かに今日の耳で聞くと少し洗練さに欠ける気はしなくもないが、十分に満足できる第一級の合唱である。今回あらためてじっくりと聴いてみて、しっかりと確認した。素晴らしいものだ。
それだけではない。このミュンヘン・バッハ合唱団の演奏は実に感動的なのである。一心不乱に全力で歌う姿に圧倒されてしまう。今日、もっと美しく、洗練された合唱はいくらでもあるだろうが、感動の深さでは、このミュンヘン・バッハ合唱団に勝るものはそうはない。
大合唱で聴くロ短調ミサ曲の醍醐味を満喫することができる。
特に冒頭の「キリエ」の第一声は、これ以上感動的なものはなく、何度聴いても魂を激しく揺り動かされる。リヒターの深い音楽性のなせる技だろう。
これは是非とも観て、聴いてほしい。本当に感動できる演奏だ。
演奏会場のアンマーゼーのディーセン修道院附属教会教会の内部の美しさも特筆ものだ。これが1,600円ちょっとで入手できるなんて、考えられないこと。何て素晴らしいことだろうと喜ばずにはいられない。
ブランデンブルク協奏曲について
「ブランデンブルク協奏曲」は誰でも良く知っているバッハの最も人気のある名作である。
誰でもバッハに夢中になるきっかけはこのブランデンブルク協奏曲から始まるのが常ではないだろうか。僕自身も以前にブログに詳しく書かせてもらったとおり、ブランデンブルク協奏曲でバッハを体験した。
全6曲。楽器編成は一つとして同じものはなく、それぞれが独自のカラーで美しい輝きを放っている。
全6曲の全てが飛び切りの名曲ばかりだが、特に人気の高いのはチェンバロが縦横無尽の活躍を見せる第5番。リコーダーが何ともチャーミングな第4番などだが、本当に優劣がつけられない。
僕は一般的には一番地味で目立たないとされている第6番にとりわけ愛着を感じている。聞くほどに良さが増してくるかけがえのない名曲だ。
DVDに収められたリヒターの演奏は
収録:1970年4月。ミュンヘン、シュライスハイム城
当然モダン楽器で演奏しており、その意味では、これはもう今ではほとんど無視されている演奏ということになってしまう。
今、バッハのブランデンブルク協奏曲を聴こうとするときに、リヒターの演奏を聴こうなんて考える人は皆無だろう。すっかりそういう時代になってしまったのである。
ところがである。
今回、もう一度、あらためてこのDVDに収録されたリヒターの演奏を聴いたところ、実に素晴らしくて感動と驚嘆が収まらず、嬉しくてたまらなかった。
リヒターにはこのライブの他に正式なスタジオ録音があり、それはこのライブ収録の3年前。僕は若い頃からこのリヒターの録音をずっと聴いてきたので、リヒターの演奏スタイルが完全に身に付いているということは確かにあるのだろうが。
様々な楽器のソリストには超一流の名手をズラリと揃え、妙技を競い合う。実に見事なものだ。そして何よりも嬉しいことは、リヒターの指揮姿をふんだんに見ることができることだ。
その指揮は極めて理知的で、分かりやすく的確なもの。曖昧なものがない明確な指揮は見ていて本当に気持ちがいい。
そして指揮だけではないチェンバロの妙技も存分に披露してくれるのが嬉しい。
特に有名な第5番のチェンバロのアクロバティックなまでの超絶技巧が圧巻で、思わず息を飲まされる。これは本当にすごい。リヒターの神技に言葉を失ってしまう。
リヒターの演奏は古楽器演奏スタイルを先取りしていたのではないか!
そして肝心な点は、リヒターは楽器こそ今ではあり得ないモダン楽器を使っているが、器楽編成、全体の人数配置始め、演奏スタイルは、決して古めかしいものではなく、むしろ斬新、現代の古楽器演奏スタイルの先取りをしているようにさえ思える。
現在の最先端の古楽器演奏連中のスタイルをこの段階で既に先取りしていた、遅れてやって来た連中は、楽器こそ新しい別の楽器(古楽器)を用いているが、彼らがやっていることは、実はリヒターのコピーだったのでないか。そう思えてしまうのである。
偉大なり、カール・リヒター。
リヒターは1981年に54歳と比較的早く亡くなったので、その後、古楽器派がバッハ演奏を完全に席巻し、あっという間に自分は過去の存在に追いやられてしまったことを知らずに、世を去っている。気の毒なほどの激変だった。
それでも、更にその先をズッと見据えていたリヒター。すごいことだ。
今回はあらためてそのあたりを発見、確認することができて、本当に嬉しくなってしまった。
演奏会場はミュンヘンの有名な観光名所でもあるシュライスハイム城。いかにも美しい城で、その装飾を凝らした部屋の中でバッハの名曲を味わう幸福感は、何ものにも変えがたい。
リヒターのDVD再発売は、再評価のために願ってもない朗報
今回の4種類のかけがえのないDVDの国内での格安再発売を契機に、日本でカール・リヒターの再評価がなされることを切に願うものである。
そのためには、先ずは一人で多くの方にこれらの素晴らしい演奏に接してもらう必要がある。
今回、大幅に廉価となった動画で観るカール・リヒターによるバッハの貴重な遺産。本当に安い。
僕としては「マタイ」の時に書いたとおり少し高くなっても構わないので、画質を上げてブルーレイにしてほしいと熱望しているのだが。
この格安のDVDは本当に貴重なもの。CD1枚分よりも遥かに安いのだ。迷わずご購入いただきたい。初回限定版。急いだ方がいい。
☟ 興味を持たれた方は、どうかこちらからご購入ください。
いずれも本来の定価1,980円(税込)のところ、かなり割り引かれてお求めやすくなっています。
① ヨハネ受難曲 1,637円(税込)17%off 送料無料。
② ロ短調ミサ曲 1,630円(税込)17%off 送料無料。
③ ブランデンブルク協奏曲 1,678円(税込)15%off 送料無料。
J.S.バッハ:ヨハネ受難曲 [ リヒター ミュンヘン・バッハ管弦楽団・合唱団 ]
J.S.バッハ:ミサ曲 ロ短調 [ リヒター ミュンヘン・バッハ管弦楽団・合唱団 ]
バッハ:ブランデンブルク協奏曲(全6曲) [ リヒター ミュンヘン・バッハ管弦楽団 ]
スポンサーリンク