【前編】からの続き
目 次
原爆実験の迫真性がものすごい
前半の最大の見どころは遂に完成させた原子爆弾の実験のシーンである。前半の見どころどころか、3時間に及ぶこの映画全体の最高にして最大のみどころであることは言うまでもない。
この実験はオッペンハイマー自身によって「トリニティ実験」と名付けられた。トリニティはキリスト教における三位一体のことだが、命名の真意は必ずしもはっきりしていない。
実際に原爆が投下された広島と長崎の壊滅状況が一切描かれない以上、このトリニティ実験だけが、映画の中で描かれる原爆の破壊力とすさまじさを思い知らされる唯一の映像となる。
このトリニティ実験の映像の中に、原爆という兵器の未曾有の破壊力と恐ろしさの全てが描き尽くされる。
それに値するだけの圧倒的な映像である。度肝を抜かされる凄まじさだ。
ジワジワと煽り立てる音楽もすごい
爆発の瞬間を捉える映像が凄まじさの限りだが、その爆発の瞬間に至るまでの緊張感とスリルの盛り上げ方がノーランならではの圧倒的な演出力と映像の力で、観るもの全てを画面に釘付けさせてしまう。
映画を観るあるとあらゆる人が固唾を飲んで、映像との対峙を余儀なくされる。その剛腕ぶりに圧倒される。
映像の凄まじさもさることながら、ここで非常に印象に残るのは、音楽と音の使い方だ。
準備万端整い、いよいよ爆発実験まで20分を切って、最後は秒刻みのカウントダウンに至るまでの、観るものの神経を逆なでし、否が応でも感情を盛り立てる細かいリズムで鼓動し続ける音楽。これが驚くほど効果的だ。
誰だって間違いなく、煽られてしまう。感情がドンドン高まっていく。
もう一つ強調しておきたいのは、音そのものの使い方の見事さ。
ある意味で古典的な手法とも言えるのだが、原爆が凄まじい爆発を起こした直後の炎に包まれる衝撃的な映像の真っただ中にあっては、音が一切封印される。完全な無音。
真っ赤な炎だけがスローモーションで荒れ狂う竜の如くに描かれる。
誰もがこの圧巻の映像に釘付けにされて目を離せなくなるのだが、音は一切ない。その凄まじい炎を散々見せつけられた後、突然、耳をつんざくような大音量で爆発音が鳴り響く。遅れて襲ってくる。
この凄まじい音に、思わずのけぞってしまうこと必至だ。
このような手法が数回出てくる。その都度、衝撃を受け、のけぞってしまう。
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トリニティ実験は45年7月16日だった!
この人類最初の核実験は45年の7月16日に行われたものだと知って、仰天してしまう以上に怒りが抑えられなくなる。
その直後に、原爆が、実際に、日本に、落とされた。広島に8月6日、長崎に8月9日。
初めての原爆実験から、人が普通に生活している地域での実際の使用まで、わずか2週間あまりである。あまりにも拙速だ。
人類にどれだけの災禍をもたらすものなのかを最終的に確認し、本当にこんな激烈な破壊力と殺傷能力の高い悪魔のような爆弾を人間の頭上で爆発させていいのかどうかを、十分に検討、検証する間もなく、原爆は、実際に、日本に2発も落とされたのだ。
そこでどれだけの地獄絵が繰り広げられたのかは、上述のとおりこの映画の中では全く描かれていない。
これは確かに残念なことではあるが、これが直接描かれなかったといって、映画の価値が減ずることは決してないことも、既に書いたとおり。
この映画は、徹底的にオッペンハイマーの第一人称で描かれている。つまりオッペンハイマー自身が直接見聞きしたものしか描き出されないのが特徴だ。
オッペンハイマーは広島、長崎の惨状を直接は目にしていないのである。
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映画で描かれる広島・長崎の被爆状況
但し、映画の中でも広島の惨状を軍や政界の幹部、マンハッタン計画に携わったスタッフたちが集まって、写真や映像で見る場面が映し出される。
ところがあまりの悲惨さに、オッペンハイマーは見ていられなくなって、何と視線を落としてしまう。オッペンハイマーは原爆の被害を確認しようとはしなかった。写真ですら見ていないのだ。
天才物理学者として、あの原子爆弾が人間に使われた場合に、人がどうなってしまうのかは想定がついていたのであろうか。
映画の中では、オッペンハイマーが広島、長崎への実際の原爆投下後に、成功に酔いしれて熱狂するマンハッタン計画に携わったスタッフの前で、成功を祝う演説シーンが出てくる。
聴衆は熱狂し、オッペンハイマー自身も成功を鼓舞する激しい演説を繰り広げ、苦楽を共にした仲間たちを慰労するのだが、実はもうこの時点で、オッペンハイマーは悔恨の思いにさいなまれている。
そんな中、目の前の女性スタッフの顔が原爆の被害で崩れるシーンが出てくる。
これは日本では「きれい過ぎる、実際にはもっと悲惨だった」と批判されているが、問題は、この時点で、オッペンハイマーが自分が開発した原爆は間違いだったと自覚し始めていることだ。
このシーンの強烈さも、ノーランならではのものだ。
それ以降、オッペンハイマーは反核兵器、特に水爆開発に反対する立場を鮮明にしていく。
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ノーランの映画作りに圧倒される3時間
3時間という長い映画ではあるが、ドラマとしても細かい映像テクニックとしても、ノーランの圧倒的な映画作りに打ちのめされてしまう。
ノーランの類まれな力量をあらためて痛感させられる3時間となる。本当にすごい映画。
トリニティ実験のすさまじさもさることながら、ここで印象に残るのは、オッペンハイマーの心理描写である。人類そのものを破滅に導くような凶悪な兵器を作ってしまったことへの後悔の思いが日増しに強まり、彼を追い詰めていく。
上述の成功を祝う演説のシーンもその最たるものだ。
そのあたりの心理描写が非常にきめ細かく、見ていて胸を締め付けられてしまう。
トルーマンとの会見
英雄として時のアメリカ大統領のトルーマンに招かれた会見シーンが、とりわけ印象に残る。
戦争終結後の10月、オッペンハイマーはトルーマン大統領にホワイトハウスに招かれ、初対面を果たす。
その際、オッペンハイマーは「自分の手が血塗られているように感じます」と語る。トルーマンは「人々は原爆を作った人ではなく、落とした人を憎む。あなたは気に病むな」と慰めるが、不愉快を隠し切れない表情で、オッペンハイマーが部屋を出るのも待たずに、「あの泣き虫、二度と連れてくるな!」と怒りを露わにした。
そのときのオッペンハイマーのやり切れない表情が、胸に突き刺さる。
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苦悩の深さに胸が締め付けられる
こうして、戦後、オッペンハイマーは、自らが作り出した原爆の破壊力や人道的、倫理的影響を鑑みて、核兵器は人類にとって脅威であり、人類全体の破滅をもたらしかねないと考え、自ら先頭に立って、核軍縮を呼びかけ、ソ連との核兵器競争を防ぐための運動を展開していく。
特に水爆開発に反対し、映画にも再三に渡って登場する「水爆の父」と呼ばれたエドワード・テラーとの対立を深めていく。
原爆は決して平和を作りえなかった
オッペンハイマーはこの究極の新兵器は、人類に平和をもたらすと信じていた。ところが、そうはならなかった。
でき上がった原子爆弾は、生みの親の意思を離れ、もうオッペンハイマーには全くコントロールできなくなっていく。
だからこそ、オッペンハイマーは反核運動を進めるのだが、そんな運動が実るどころか、オッペンハイマー自身が国家から糾弾されてしまう。
本当に、その心情をおもんばかるに、やりきれなくていたたまれなくなる。
この映画は、そのあたりを実に丁寧に、妥協せずに描いている。だからこそ、稀有の名作となったのだ。
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救国の英雄が公職追放の憂き目に
決定的だったのは有名なジョセフ・マッカーシーによる赤狩りの対象にされたことだ。
優秀な科学者であり、マンハッタン計画でもオッペンハイマーを支え続けた弟のフランクを始め、学生時代からの恋人であった愛人など、身近に共産党員がたくさんいたこともあって、オッペンハイマーは原子力委員会による連日の調査に引っ張り出され、最終的に機密安全保持疑惑により、事実上の公職追放となってしまう。
これが世にいう「オッペンハイマー事件」である。
この委員会での取り調べの様子が映画のスタート早々から、原爆開発と同時進行で描かれる混乱は先に述べたとおりだが、これをみれば、当時のアメリカが如何に常軌を逸した反共産主義、反ソ連の熱病にかかっていたのか、良く分かる。
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主演のキリアン・マーフィの演技が絶品
すっかり意気消沈し、生気を欠いたオッペンハイマーの表情が、あまりにも痛々しい。
それらを淡々と、それでいて心の奥深く秘めたいたたまれなさをキリアン・マーフィは見事に演じた。アカデミー主演男優賞に輝いたのも納得の名演だ。
栄光時の自信に満ちた表情と、自らの行いを後悔し、しかも国家から裏切りものとして糾弾される生気を失った表情との、乖離を見事に演じてみせた。
決して派手な演技ではないのだが、この人の表情は、映画を見終わった後になってジワジワと心の中に響いてくる。さりげない苦渋の表情が却って胸を打つ。
実に味のある素晴らしい俳優だ。
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特典映像3時間半超、類をみないブルーレイ
このブルーレイの素晴らしい点は、特典映像だけを収録したもう一枚のブルーレイが付いていること。この特典映像ブルーレイが凄すぎる代物なのだ。
何と特典映像が217分もある。実に3時間37分。
映画「オッペンハイマー」の本編は180分。ちょうど3時間の大作だ。その映画本編よりも長い特典映像なんて聞いたことがない(笑)。
予告編集はもちろん、メイキング、そして映画に関わる様々な特典がこれでもかと出てくる。ノーラン監督が盛んに出て来るのも嬉しい限り。
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一人でも多くの人に観てほしい稀有な名作
これは本当にすごい映画。10年か20年に1本あるかないかの映画史に残る歴史的な傑作である。
映画としての表現力と完成度も半端ではないのだが、何と言っても原爆という日本にあれだけの悲惨な被害を与え、今日もなお、その恐怖から逃れる術のない究極の最終兵器である原子爆弾の誕生を描いた映画として、これはどうしても一人でも多くの日本人、いや世界中の全ての人に観ていただきたい映画である。
言ってみれば「人類の必見映画」。
こんな素晴らしい映画の誕生を大いに喜びたいが、実は、一人でも多くの人に観てもらいたいと言いながら、この映画は一つだけ問題を抱えている。
生々しいSEXシーンが出てくる難点
2カ所ほど、エロいシーンが出てくるのだ。僕は個人的にはこれらのシーンの必要性を理解するのだが、「全人類の必見映画」と言いながらも、例えば、この映画を子供と一緒に観るには、正直なところ抵抗がある。
生々しいSEXシーンが出てくる。
オッペンハイマーの人生に非常に大きな影響を持った学生時代の恋人で、結婚後も付き合い続けたいわば愛人との愛欲シーンなので、必要性は分かるが、もっと控えめに描いてくれれば問題はなかったのだが、正直言って、子供には見せられない代物だ。
このシーンがあることで、子供に見せられなかったり、家族が揃って一緒に鑑賞できないのは、映画そのものが素晴らしいもので、極めて良心的な誠実な映画だけに、残念でならない。
ちなみにこの映画は、日本での公開に当たってもR指定(R15+)とされて、15歳以下は観ることができなかった。これはあまりにも残念なことだ。
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15歳以上は迷わずドンドン観てほしい
そんな思わぬ障害があるのだが、映画は再三書いているように本当に素晴らしいものだ。
「日本人必見」「全人類必見」の言葉は決して大袈裟ではない。
どうか原爆と世界の平和に関心がある方は、一日も早く観てもらいたい。原爆の恐ろしさと苦悩する人間の真実が、ここにはギッシリと詰まっている。
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