【前編】からの続き

田中信昭と僕の感動エピソードを披露

こんな不滅の業績を合唱界に残した田中信昭に、僕は個人的な接点があり、それがちょっと考えられないほどの感動的なエピソードなので、ここで披露させていただく。

僕が高校3年生のときの出来事である。
何年、いや何十年前のことだ!?(笑)。答えは半世紀?(笑)。

ことの発端はこうだ。

我が家にある田中信昭が指揮したCD。三善晃作品が突出している。

定演に「わたしの願い」を選曲したが

僕は高校時代を長野県の松本市で過ごした。松本市内にある県立高校だ。その高校には「音楽部」という名前の合唱団があって、非常に珍しいことに音楽の教諭が指揮者となって指導するのではなく、部員の高校生が指揮者となって練習を進め、メンバーを指導し、演奏会でも指揮をした。

僕はその音楽部で高校2年の夏から指揮者となった。

合唱団としての最大のお披露目の場は、「○○祭」と呼ばれた文化祭での定期演奏会である。

選曲も指揮者が決める中で、僕は演奏会のメインプログラムに高田三郎が作曲し、高野喜久雄が作詞した「わたしの願い」という曲を選んだ

それは当時の日本中の多くの合唱団メンバー員が一様に憧れた高田三郎作曲・高野喜久雄作詞のあの有名な「水のいのち」という混声合唱組曲を高校1年の文化祭で歌って、大変な感動を得ていたからだった。

「水のいのち」という曲は今でも不動の人気を誇る邦人合唱組曲の最大のヒット曲であり、僕もそれを実際に歌って、すっかり心を奪われてしまったという次第。

この高田三郎作曲・高野喜久雄作詞という黄金バッテリーはその後も続々と混声合唱組曲を作曲し続け、最終的には5つの作品が残された。

そうは言っても「水のいのち」が空前の大ブームとなった当時には、「水のいのち」に先だって作られた「わたしの願い」という曲があるだけだったのだ。

「水のいのち」にすっかり心を奪われてしまった僕は、この「わたしの願い」に目を付けて楽譜を入手し、色々と検討すると、前後2曲しかないものの全体では20分もかかる難解な曲で、特に高野喜久雄の詩が内容的に非常に難しいものだったが、音楽は実に魅力的な素晴らしいもので忽ち惹きつけられた。

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高校3年の僕は田中信昭に手紙を送った

ところが、こちらは「水のいのち」とは打って変わって、あまり演奏される機会もなく、レコードも出ていなかった。いわゆる音源が何一つない中で、僕には楽譜しか拠り所がなかったのである。

高校生が指揮をするにはあまりにも情報がなく、さすがに不安が大きかった。冒険以外の何物でもないようにさえ思われた。

楽譜には「わたしの願い」の初演のデータが記されていた。

何と田中信昭が初演の指揮をしていたのである。合唱団はもちろん東混だ。

と言うと、この「わたしの願い」も例の田中信昭が高田三郎に作曲を委嘱したのか、つまり460曲の中の1曲だったのかと思われるだろうが、実はそうではない。

この曲も委嘱されたものだったが、委嘱したのはNHK。1961年(昭和36年)のことだ。同年の芸術祭賞を受賞した。初演はNHKならではの放送初演。それを受け持ったのが田中信昭と東混だったのである。

初演指揮者に録音を聞かせてと直訴

「わたしの願い」の実演をどうしても聴きたかった僕は、思い切って初演を受け持った指揮者の田中信昭に手紙を書くことにした。

どうして田中信昭の住所が分かったのか、細かい経緯は全く記憶にない。とにかく高校3年生だった僕は、東混の常任指揮者の田中信昭に手紙を書いて送ったのだ。

こんな趣旨の手紙だったと思う。コピーなんて当時は発想すらなかった。

自己紹介に続き、
『私は高田三郎が作曲した「わたしの願い」を演奏会のメインプログラムに取り上げることにしたが、この曲にはレコードも出ていなければ、一度も聴いたことがないので演奏するに当たって非常に自信がない。どうしてもこの曲の演奏を聴いてみたい。

田中先生はこの曲の初演をなさっているので、その時の初演の際の演奏がカセットテープなどに残っているのではないか。どうかその初演の録音テープを聞かせていただきたい』云々。

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何と直筆の返事が届いた!

縁もゆかりもない信州の片田舎の一高校生のこんな依頼が、日本の合唱界の第一人者の田中信昭が、そもそも手紙を読んでくれるのかどうか。

読んでくれたとしても、実際に録音テープを貸してくれたりするものだろうか?
あり得ないな。返事だってくるわけがない。

当時もそう思っていた。返事なんて来るわけがない。

ところが、実際に田中信昭その人から、僕宛てに直筆の手紙が届いたのである。定演の直前だった。

これには驚かされた。

田中信昭先生からの手紙は確かに僕に届いた。

信州松本の我が家に、田中先生の直筆の手紙が定期演奏会にギリギリ間に合うタイミングで、届いたのだった。

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信じられないほど感動的な手紙だった

便箋3枚に田中先生ご自身の非常に読みやすい丁寧な直筆で、ビッシリと書かれていた。

その内容。信じられないような感動的なものだった。

こんな内容だった。以下、手紙に書かれていた趣旨を披露させていただく。

田中先生は僕のこと、当時高校3年生だった僕のことを「貴君」と書いてくれていた。

田中信昭先生から僕宛てに届いた手紙の内容

『ご依頼の「わたしの願い」の初演の際の録音は、残念ながら残っていません。

ですが、そもそもそんなものは全く必要はなく、貴君は自分の思うまま、感じるままに演奏すれば良いのです。

人の演奏を気にする必要なんかない。

貴君は若いから自信を持てないというかもしれませんが、それはわたしのように経験が長いものでも同じです。

自分の音楽性と感性を磨き、努力するしかありません。

一人の人間が自分の全てをかけて心からの演奏をすれば、必ずや、聴く者を感動させることができるはずです。

頑張ってください。』云々

これを読んだ時の僕の感動と興奮を想像できるだろうか。

心が震え、立っていられなくなるような感動に襲われた。天にも舞い上がるような気持ちだった。

僕はいたく感動し、その先生のアドバイスのとおり全身全霊で演奏に臨み、田中先生の書いてくれたとおり、演奏を聴いてくれた多くの人に感動を与えることができたようだ。

実際、この演奏は実際に非常に高く評価された。この演奏を聴いてくれた聴衆の中に、特別に深く感動してくれた人がいて、後にこれが思わぬことに発展していくことは、まだ先のことだ。

文化祭での定期演奏会が終わると3年生は実質的に引退し、受験勉強に専念することになるのだが、3年生を交えての部員全体による懇親の場(食事会)で、僕は部員たち全員の前で、この先生からの手紙を読み上げて、みんなと感動を共にした。

あの時の感動を忘れることができない。

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この手紙はその後の僕の人生を決めた

こうして田中信昭は僕にとって特別な存在というよりも、神になった。 

この手紙はもちろん僕のかけがえのない宝物となり、大切に保存して、折に触れ繰り返し読み返してきた。

そしていつの間にか、この田中信昭先生の教えは完全に僕の中に浸透し、血と肉になっていった

その後の僕の人生に決定的な影響をもたらすことになった

指揮をする晩年の田中信昭。
晩年の田中信昭。歳は取られても矍鑠としていた。

その後の指揮活動の拠り所に

高校を卒業し、京都の同志社大学に進学した僕は、その同志社でも3年間に渡って某混声合唱団の指揮者を務めることになったのだが、指揮活動をするにあたっては、常に田中先生のあの言葉、珠玉の金言が拠り所となり、支え続けられた

やがて、指揮活動や音楽活動だけではなく、人生そのもの、生き方にも深く影響を及ぼすようになっていく。

田中先生の金言を僕流に勝手に解釈して、人生の支えの言葉になっていった。

こんな風に応用させるようになった。

晩年の田中信昭。メガネの下の眼光が鋭い。
談笑する田中信昭。笑顔の田中先生はいかにも優しい。
指揮をする晩年の田中信昭。NHKニュースからの写真。

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僕の人生そのものにとっても拠り所に

仕事や人生で何かに迷ったとき、あるいは前例がない新しいことに取り組む際に、自信が持てないときでも、次のように自分に言い聞かせて来た。

先生の手紙から得た人生訓みたいなもの

右往左往することなく、自分の感性と今までやってきたことを信じて、自分のやりたいことをやりたいように、自信を持って前向きに推し進めていくしかない。

僕という人間が自分の全てをかけて全身全霊で取り組めば、必ずや、周囲の人たちを感動させ、動かすことができるのではないか。

これが僕の最大の人生訓のようになって、今日に至っている。

実は、あの田中先生からの手紙は、これだけで終わらなかった。

なんと僕は、その後、田中信昭先生と直接お目にかかる機会を得る。それだけではなく、あの手紙が更なる感動を引き起こすことになった。

その思わぬエピソードは、【後編】で披露させていただく。

 

【後編】に続く。

 

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