【前編】からの続き
目 次
事件の概要は巻末【資料】で確認してほしい
本書は3人の男性の殺害と詐欺、詐欺未遂、窃盗の計10件の罪で起訴された木嶋佳苗の裁判の傍聴記である。
いつ誰がどのような経緯をたどって亡くなり、佳苗の罪がどうして問われているかなどの事件の詳細を説明することは、このブログの中では困難であり、人の命が係わる問題だけに簡単に説明することもままならない。
幸い、本書の巻末に【資料】として、「週刊朝日」(北原みのりによるこの傍聴記を連載していた)編集部による事件概要があるので、それを読んでいただけるとありがたい。
参考までに以下の図を掲げておく。これは、下に写真がある宝島社から出版された「木嶋佳苗劇場」(現在入手不可)からの転用である。
北原みのりの本にも似たような図があるのだが、こちらの方がずっと詳しく分かりやすい。
ポイントだけ確認しておきたい。
3件の殺人事件について、直接的な証拠はなく、物証も乏しかった。木嶋被告は逮捕直後から2件の詐欺以外の容疑を全面的に否認し、取り調べでは黙秘を貫いていた。
検察官は、事件ごとに裁判員を入れ替える「区分審理」ではなく、すべての事件をまとめて審理する「一括審理」を請求した。
その結果、木嶋被告は、出廷予定の証人のべ63人、裁判員の選定手続きから判決まで100日という過去最大の裁判員裁判で裁かれることとなった。
2012年1月10日からさいたま地裁で始まった裁判は、同年3月13日に結審するまで計35回の審理が行われ、4月13日に求刑通り死刑を言い渡し、木嶋被告は判決を不服として、即日控訴した。
本書は100日裁判傍聴記とあるように、このさいたま地裁での死刑判決の言い渡しで終わっているが、その後の状況を示しておくと、さいたま地裁での死刑判決と、木嶋被告の即日控訴の後、2014年3月12日(地裁での死刑判決から約2年後)に控訴審が控訴棄却の判決を言い渡した。木嶋被告はこれを不服として即日最高裁に上告した。
それから更に3年後の2017年4月14日、最高裁が木嶋被告の上告を棄却し、翌月の5月9日に上告棄却の判決訂正申し立て棄却、死刑が確定し、今日に至っている。
死刑の執行は今日(2024年8月25日)現在、行われていない。
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本当に木嶋佳苗が殺したのか判然としない
100日間に及ぶ裁判の経緯については、本書を読んでいただきたい。
但し、この裁判傍聴記は、かつての田中角栄のロッキード事件の裁判を追い続けた立花隆による「ロッキード裁判傍聴記」に比べると、内容的に少し弱いことは否めない。
立花隆と比べてはいけないか。
事実関係と法律論が少し希薄なのが残念
ここでは裁判の争点がどこにあって、検察官がこう主張し、それに対して弁護人はこう答えたという事実関係の詳細と法律論があまり展開されない。
木嶋佳苗の裁判の都度変わる服装のことや本人の表情や声の様子など、裁判の本質以外の情報が多く、その点では若干の不満がある。
この裁判傍聴記を精読しても、結局、木嶋佳苗が実際に3人の男性を殺害したのかどうか判然としない。どこが争点になっているのかも、少しハッキリしない。
本人は最後まで否認しており、物証はなく、あくまでも状況証拠の積み重ねで殺害を認定しているわけで、最後の最後まで真相が判然とせず、気分が悪くなる。
本書の中でも、もう少し裁判で争点になったであろう事実関係と法律論を詳しく展開してほしかったと望みたかった。それはないものねだりというものだろうか。
素人が考えても、これだけの状況証拠が揃っていれば、やっぱり佳苗が殺害したんだろうと考えてしまいがちだが、決定的な証拠は何一つない。
僕が不思議でならないのは、佳苗には殺害の動機がないということだ。いずれの男性からも多額の金をもらっており、むしろ殺してしまったことで、大切な金づるを失うことになるわけで、どうして佳苗が3人を殺す必要があったのか、どうしても理解できない。
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佳苗は過去に数回犯罪を犯していたが
といって、この事件で困るのは、木嶋佳苗は3人の男性を殺害したかどうかの証拠はないのだが、元々かなりの悪(ワル)で、高校時代から多額の窃盗などの犯罪歴があり、今回の一連の事件の前にも、佳苗は詐欺や窃盗で実刑判決を受けている。
したがって、木嶋佳苗が清廉潔白の身でないことはハッキリとしている。だが、だからと言って殺人まで犯しているかどうかは別問題で、しっかりと峻別して考える必要があることは、あらためて言うまでもない。
興味本位ではなく、真摯に佳苗と向き合った渾身作
北原みのりによる「裁判傍聴記」は中々の力作だ。渾身作と呼んでもいい執念の1冊になっている。
北原みのりが、どのような思いで、連日の裁判を傍聴し、それを週刊朝日でレポートし続けた経緯と思いは、「はじめに」にしっかりと書いてある。
北原は、「木嶋佳苗という女が、全く全く全く、分からなかったから」という。
興味はあるのに分からない。だからこの裁判の傍聴を強く希望したという。
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北原の佳苗の容姿評価がおもしろい
実際に傍聴を始めると、北原は自分でも驚いてしまうほど、木嶋佳苗に惹き込まれてしまう。「なんだ、佳苗、魅力的じゃないの。感じがいいし」・・・やばい、既に佳苗に振り回されてる、と北原の弁。
佳苗は一般的にはデブ、ブスなどとその容姿を掻き下ろされているが、北原の観察では時に、「ナマ佳苗は、生き生きと、キレイだった」とまで言わしめている。
そうやって孤独な男性たちをてなづけたのであろうか。
徹底的に女性目線の記事と言われた傍聴記
北原みのりが書きたこの裁判傍聴記は「徹底的に女性目線の記事」と言われていたらしい。それが意味することがなんなのか、僕には分かるようで良く分からない。
いい意味で言っているのか、悪い意味で言っているのか、それすら分からない。
同じ裁判をずっと一緒に傍聴していた作家に佐野眞一がいて、やっぱり同様に裁判の傍聴記を書いているのだが、これが徹底的に佳苗に対して厳しいトーンで貫かれているようで、それとの対比で言われているのかもしれないが、どうなのか。
佐野眞一の本は読んでいない。
おもしろいのは、徹底的な女性目線の記事というと、佳苗に同情的なトーンで書かれているように取れそうだが、実は、木嶋佳苗本人がこの連載を読んでいたようで、佳苗は北原の記事に反発していたらしいことが、本書の中でも語られる。
本当に色々な意味で錯綜し、屈折した一筋縄ではいかない木嶋佳苗という人間と、木嶋佳苗事件なのである。
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佳苗の故郷を訪ねたレポートが圧巻
裁判記録としては少し弱いと感じた僕も、検察官から死刑が求刑され、結審した後で、北原みのりが判決の出る1カ月間の間に、木嶋佳苗が生まれ育ち、高校卒業まで過ごした北海道の別海町まで訪ねたレポートが圧巻だった。
本書の第3章「佳苗の足跡をたずねて」の部分である。これは非常に興味深く、実際に貴重な情報がたくさん得られた。
中央大学の法学部に進学し、弁護士を目指しながらも挫折して司法書士となった父親とは信頼しあえる関係であったが、父親とは全くタイプの異なる社交的な母親とはそりが合わなかったことなど、佳苗の育ってきた家庭環境の情報は特に貴重だった。
そして小中学校時代から成長の早かった佳苗が周りと打ち解けられず、浮いた存在であったことなど、佳苗の人格形成が少しずつ明らかになってくる。
この別海町という遠隔の地で、もがいていた佳苗の姿が浮き彫りになってくる様は、読み応え十分であった。
この狭い閉ざされた世界で、佳苗は事件を起こす。1回目はなかったことにできた事件が、2回目にも及び、遂に発覚してしまう。
女子高生が知り合いの家から700~800万を盗み出すというかなりの事件である。
そして、逃げるようにして東京に出る。
そこから始まる成功と転落のドラマが、すさまじい。
裁判の傍聴記と若き日の北海道の田舎での佳苗の成長ストーリー。
このレポートで、変に佳苗に先入観と偏見が生まれてはいけないが、木嶋佳苗という人間を考えるに当たっては、非常に重要なかけがえのないレポートだと評したい。
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本書を読んでも佳苗を理解できない掻痒感
本書を精読しても、木嶋佳苗という人物が判然としない掻痒感がやり切れない。
そもそも実際に木嶋佳苗が3人の男性を殺害したのかどうかも、死刑判決は確定したとはいうものの、佳苗自身は最後まで犯行を否認しているわけで、真相は闇の中だ。
その上、一番困るのは、佳苗が3人の男性を殺害する動機がハッキリしないこと。
木嶋佳苗という人間が何を考え、何を望み、何に怒っていたのか。
殺人の有無はともかく、佳苗が多くの男性を騙し、詐欺行為を行うなど、数多くの犯罪を重ねてきたことははっきりしている。その狙いと目的、佳苗は本当に何を得たかったのか?世の男性全体に対する怒り、復讐だったのだろうか?
それは恵まれない容姿と関係あるのだろうか?
そのあたり、色々なことが最後まで分からない。
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巻頭の佐藤優との対談が読み応え十分
そんな掻痒感を少し解消してくれるのが、新装改訂版に収録された佐藤優との対談だ。この19ページに及ぶ対談は実に濃密である。
内容は非常に充実している。木嶋佳苗事件の一番重要な核心に迫ると共に、本書の果たした役割が明確に伝わってくるばかりか、未だに問題は何も解明されていないこと。このまま死刑が執行されても、何も解明されない危機感と焦りも伝わってくる。
佐藤優に失望させられた僕だが、こういうものを読まされると、さすがだなと感銘せずにはいられない。
死刑確定後の木嶋佳苗
死刑確定(2017.5.7)からもう7年以上が経過した。現時点で死刑は執行されていないが、この間、木嶋佳苗は小説を発表し、何と獄中で3回もの結婚を繰り返している。
獄中結婚というものがどういう実態のものなのか想像もできないが、元々結婚相談所や婚活サイトを舞台に繰り広げられた殺人事件だっただけに、死刑が確定した後で、佳苗が実際の結婚に踏み切ったことは衝撃だ。
事件とのギャップというか違和感が半端じゃない。しかも3回である。
いよいよ木嶋佳苗という人物が分からなくなってくる。
恐ろしく根の深い事件だったのではないかと、痛感させられるのである。
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☟ 興味を持たれた方は、どうかこちらからご購入ください。
実は、本文中でも少し触れたが、何とこの傍聴記、文庫本(講談社文庫)は現在、絶版となって入手できない模様。何たるスキャンダル!
但し、幸い電子書籍は入手できますので、電子書籍をお買い求めください。
748円(税込)。