シューベルトのピアノトリオがある映画に!

続いてピアノ三重奏曲第2番の紹介だ。この曲の詳細に触れる前にどうしても書いておきたいことがある。1本の映画のことだ。

このシューベルトのピアノトリオ第2番はある有名な映画に使われている。僕がこの音楽を知ったのはこの映画を通じてだった。

そしてその映画というのが、僕が今までに観てきた数えきれない程のたくさんの映画の中でも最も気に入っている特別な映画の1本だったのだから、冷静になってと言う方が無理なのである。

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キューブリックの「バリー・リンドン」の音楽

それがあのスタンリー・キューブリック監督の「バリー・リンドン」である。

このピアノトリオを語るに当たっては、どうしてもキューブリックの「バリー・リンドン」について触れないわけにはいかない。

シューベルトとキューブリック

スタンリー・キューブリックのこと

スタンリー・キューブリックは何と言ってもあの「2001年宇宙の旅」を作った驚異的な天才というか鬼才で、それに相前後する「博士の異常な愛情」「時計じかけのオレンジ」「バリー・リンドン」など驚嘆すべき作品を次々に作り続けた究極の天才映画監督だ。

他にも「現金に体を張れ」「ロリータ」「突撃」「シャイニング」「フルメタル・ジャケット」など、いずれも完成度が異常なまでに高い神がかり的な作品ばかりを作っている。

僕が最も熱愛している映画監督であることは言うまでもない。

スタンリー・キューブリック
キューブリック映画のブルーレイ・コレクションのジャケット写真。
キューブリック映画のブルーレイ・コレクションの裏ジャケット写真。それぞれの映画のコントを読んでほしい。空恐ろしくなるようなラインナップだ。

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「バリー・リンドン」という稀有な映画

そのキューブリック作品の中でも、ことのほか美しく驚嘆すべき作品が18世紀のヨーロッパの貴族社会を描いた「バリー・リンドン」である。

貧乏で身分も低いある若者が(ライアン・オニール)不祥事をやらかして、故郷から逃げ出すことになるのだが、持ち前の才覚とイケメンぶりとでチャンスを得て、貴族へと上り詰めていくものの、やがて破滅していく波乱万丈の生き様を、信じがたいほどの美しい映像の中で描き切る3時間超の大作である。

キューブリックの映画にはクラシック音楽が使われることが非常に多く、「2001年宇宙の旅」や「時計じかけのオレンジ」は全編がクラシック音楽に覆われているが、「バリー・リンドン」も全く同様で、この作品は3時間に渡ってヨーロッパの高級美術館とコンサートホールの中に身を置くような稀有な映画なのである。

「バリー・リンドン」のチラシ。本当に懐かしい。
「バリー・リンドン」を演出するキューブリックの姿。

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「バリー・リンドン」とピアノトリオ第2番

映画冒頭に堂々と鳴り響く非常に印象的なヘンデルのサラバンドと共に、この映画の中で頻繁に流れてくるのが、他ならぬシューベルトのピアノトリオ第2番の第2楽章である。

非常に美しくて忘れ難い音楽。僕は初めて「バリー・リンドン」を観た際、この何とも魅力的な音楽がシューベルトの作品だとはお恥ずかしながら、想像すらできなかった。

当時はシューベルトのピアノトリオのことは知らなかった。

映画の全編に渡って満ち溢れている目を疑うような驚異的な映像美に全く見劣りしないばかりか、これ以上フィットする音楽はないと思われた何とも快い音楽が、まさかシューベルトの作品だったと知って、大いに驚かされたことを鮮明に覚えている。

本当に今となっては恥ずかしい限りだが、僕は「バリー・リンドン」を通じてこのシューベルトの美しい音楽を知った

シューベルトとは思えない斬新な響き

あまり感傷的にならない、それでいて心の一番深い部分を少しかき乱すような絶妙な響き、言って見れば「乾いた悲しみ」のような独特な響きは、ロマン派の音楽というよりは近現代音楽のようにも思えたし、時代を遡ってバロック音楽のように思えなくもなかった。

どうしてもシューベルトの音楽とは一線を画しているように思えてならなかった。

その思いは今でもあまり変わらない。

今までこのブログで取り上げてきた様々なシューベルトの音楽は、その曲想が感情的にかけ離れたものであっても、いずれもシューベルトの音楽として納得できるものばかりだった。すなわち、暗い曲でも明るい曲でも、それはやっぱりシューベルトの音楽として納得できたのだ。

ところが、ピアノトリオ第2番の第2楽章は、ちょっと違う。何だかもっと「あか抜けた」ものなのだ。

そして、今ここで初めて演奏される音楽のような斬新な響きに惹きつけられた。手垢にまみれていない妙に新鮮な音楽なのである。

クラシック音楽のメロディを突き抜けているような、何だか妙な感じなのである。

どうやらこのメロディそのものは、スウェーデン民謡の「太陽は沈み」から取られているようだ。

 

この音楽は一体何なんだ?誰が作曲したものなのか?もしかしたら現存の映画音楽の作曲家が、クラシック音楽を模してオリジナルで作曲したものではなかろうか?と思った程である。

既存のクラシック音楽ばかりを使うキューブリックなのだから、そんなことはあり得ないと分かってはいたのだが。

そんなこともあって、僕にとってはこの音楽は益々シューベルトの音楽というよりも「バリー・リンドンの音楽」となっている。

これほど映画の映像とテーマにぴったりと合致した音楽は他にない。

この選曲はキューブリック自身がチョイスしたものなのだろうか。いずれにしてもこの映画にこの音楽を付けた慧眼にひたすら感嘆し、舌を巻いてしまう

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だが、紛うことなきシューベルトの音楽

僕個人の特別な感想を強調し過ぎてもいけない。こんな感覚はあくまでも僕の個人的な感想だ。

ハッキリと断言できることは、このピアノトリオ第2番第2楽章は、正真正銘シューベルトが作曲した音楽であり、「バリー・リンドン」で繰り返し流れた音楽も、紛うことなきシューベルトの音楽なのである。

これはシューベルトという作曲家の幅の広さ、大きさの証明以外の何物でもない。シューベルトはこんなに雰囲気の違う曲も作曲していた、というシューベルトの偉大さの証明に他ならない。

シューベルトの肖像画
このブログで何度も取り上げてきたシューベルトの肖像画。

だからこそピアノトリオを聴いてほしい

僕がこの前のピアノトリオの記事の冒頭で、どんなにシューベルトの音楽を聴き込んだ人であってもピアノトリオを、特に第2番を聴かずしてシューベルトの全体像が掴めないとか、シューベルトの中の最も大切な何かを知らないことになる、なんて少し大袈裟なことを言っているのは、全てこのせいのである。

シューベルトの肖像画
こちらもお馴染みのシューベルトの肖像画。これはシューベルトの生前に描かれたものである。

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ピアノ三重奏曲第2番 変ホ長調 について

あらためてシューベルトのピアノトリオ第2番の概要を示しておく。

シューベルト ピアノ三重奏曲第2番の概要

ピアノ三重奏曲第2番 変ホ長調 作品100(D.929)約42分半
第1楽章 Allegro                              約16分 
第2楽章 Andante con moto            約 9分半
第3楽章 Scherzando (Allegro moderato) 約 7分半
第4楽章 Allegro moderato         約19分半   

全体は45分近い長い作品であり、特に最初の第1楽章と最後の第4楽章が、それぞれ20分近い時間を要する室内楽の常識的なスケールを遥かに上回る大作だ。

【第1楽章】

曲の開始はいかにも堂々としている。40分超の大作に相応しいスタート。

二つの弦楽器の響きの中から流麗なピアノが主役に踊り出してくる。中盤以降の珠を転がすような非常に美しく印象的なピアノの妙技に、耳が釘付けになる。

第1楽章の全編に渡って、いかにもシューベルトらしい歌に満ち溢れていて、本当にこれは美しい。

【第2楽章】

これが「バリー・リンドン」で用いられた音楽だ。この音楽のことについては上述させていただいたとおり。

上で触れなかった点としては、この何とも新鮮で美しい乾いた悲しみの音楽は、ある意味であまり深刻になることなく淡々と進んでいくのだが、後半で雰囲気が一変し、かなり激情的な装いを帯びるに至る。

シューベルトの最後の超傑作群に付きものの、赤裸々なまでの感情爆発である。特に顕著なものとして弦楽五重奏曲の第2楽章やピアノソナタ第20番の第2楽章に突如出現する例のあの強烈な音楽だ。

胸が締め付けられ、苦しくなってくる程の慟哭、憤怒。あれだ。

ここでは、そこまで激烈ではないのだが、明らかにこの時期のシューベルトならではの感情披瀝なので、どうか聴き逃さないでほしい。

【第3楽章】

何かユーモアを湛えたお茶目な音楽のように感じる。シューベルトの人懐っこさがストレートに伝わってくるような感じだ。

そしてこのユーモア感覚に、僕は非常に現代的なものを感じてしまう。このピアノトリオはやっぱり斬新なのである。

【第4楽章】

冒頭はうっとりしてしまうような美しくて清々しい音楽だ。

チャーミングな音楽と言ってもいいかもしれない。何のとまどいもなく、愛苦しさを発散する。

やがて第2楽章の例の一番の聴きどころが戻ってくるのだが、その辺りの構成も何とも粋で、あか抜けている。お洒落な音楽だなぁって思う。

全体的に極めて上機嫌な音楽で、途中に何度か出てくる軽快なシンコペーションのリズムを聴くと、こちらの身体も一緒に動き出してしまいそうな実に快活な音楽だ。

だが、そこはシューベルト。突然、曲想が変わって第2楽章のあの乾いた悲しみのメロディが流れ始める。

メロディを切々と歌うチェロを支えるピアノは、そのメロディに寄り添うというよりも、ちょっと違う感じの流麗なピアノを奏で続ける。こういう対位法的な音楽の用い方もシューベルトの空恐ろしい部分。

悲しい音楽と上機嫌な音楽、あるいはデモーニッシュな悪魔のような音楽と清々しい音楽が表裏一体で、隣りあわせどころか、時には同時に流れるようなことさえある。

まるで万華鏡のように変幻自在に変わっていく音楽。しかもそれが全く不自然ではなく、いとも容易に軽々と変わっていく。

本当に惚れ惚れとさせられる音楽の妙技。

シューベルトの天衣無縫の天才を感じさせる一瞬だ。

すごいなあシューベルトは、と心の底から感嘆してしまう。

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シューベルトのピアノトリオをじっくり聴いて

シューベルト渾身のピアノトリオの2曲。いずれも屈指の傑作で、一卵性双生児のようでいて、その音楽の印象は随分と対照的だ。

シューマンが指摘したように第1番変ロ長調の女性的、抒情的に対して、第2番変ホ長調の男性的、劇的。

一般的には第1番の方が良く知られているようだが、シューマン同様に僕は圧倒的に第2番が好きだ。

いずれにしてもどちらも名曲中の名曲

どちらが自分の趣味と好みに合うのかの確認の意味でも、どうかこの2曲をじっくりと聴いてほしい。

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シフ・塩川・ペレーニのトリオが最高の演奏だ

演奏はシフのピアノ、塩川悠子のヴァイオリン、ペレーニのチェロによる演奏が素晴らしいの一言に尽きる。

何と言ってもシフのピアノの美音に酔わされてしまうのだが、日本人の塩川のヴァイオリンもペレーニのチェロにも全く不足はない。

3人のアンサンブルも申し分なく、これは本当にお勧めだ。2枚組のCDが信じられない程安く、しかも日本語の解説も充実している。

実は、この2枚組のCDにはあの「アルペジオーネ・ソナタ」まで入っている

ペレーニのチェロと、シフの繊細にして美しいピアノが何とも素晴らしく、こんなに魅力的なCDはそうあるもんじゃない。

このCDでシューベルトの魅力をトコトン味わってほしい。本当に素晴らしいCDだ。

 

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何故か画像がないけれど、これが僕の最大のお薦めのシフのピアノ、塩川裕子のヴァイオリン、ペレーニのチェロによる素晴らしい演奏。しかもアルペジオーネ・ソナタの演奏も入っている絶対のお薦めだ。

値段の2枚組なのに、この格安の値段。これは買うしかない代物。


シューベルト:ピアノ三重奏曲第1,2番、アルペジオーネ・ソナタ、他 [ シフ/塩川悠子/ペレーニ ]

 

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シューベルト、シューマン&ブラームス:ピアノ三重奏曲集 [ アルトゥール・ルービンシュタイン ]

 

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シューベルト:ピアノ三重奏曲 第1番&第2番 他 [ ジャン=フィリップ・コラール ]

 

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音楽と音楽家 改版 (岩波文庫 青502-1) [ シューマン ]

 

 

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