目 次
死の直前にまとめて作曲された至高の名作群
シューベルトの作品の紹介が続いている。まだ終わらない。
僕は特別にシューベルトが好きでたまらないというわけでもないのに、どうしてこんなことになっているのか、自分でも不思議でならない。
今回は当初のシューベルト紹介に戻って、31歳という若さで夭折したシューベルトがその死の直前に作曲したとんでもない芸術的な高みに到達した作品の紹介だ。
異常なまでに創作力が高まった死の直前の作品。これについてはこのブログで2つの作品を取り上げた。
この死の直前に異常なまでの創作的高まりを示した作品は、もう一曲ある。
それが最後の3つのピアノソナタなのである。もう一曲といったが、もちろん作品の数としては3曲あることになる。
だが、この3つの最後のピアノソナタは3曲まとめて一気呵成に作曲されたものであり、セットのような作品群なので、今回もまとめて紹介させてもらう。
これはまさしくシューベルトが死の間際にどこまで芸術性を高めていたのか、その創造的な高まりが未曾有の高さに到達していたことを証明する稀有の名作群となった。
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シューベルトのピアノソナタの全体像
シューベルトが作曲したピアノソナタは全部で21曲ある。
ピアノソナタといえば何と言ってもシューベルトが尊敬してやまなかったベートーヴェンが最高の存在であり、全部で32曲もあることはクラシック愛好家なら誰でも知っていることだろう。
シューベルトの21曲はこれに次ぐものである。
作曲された数だけで比較するなら、ハイドンには約65曲のピアノソナタがあり、これが最多。あのモーツァルトにも番号付きが18曲ある。
それらを踏まえると、わずか31歳しか生きられなかったシューベルトが21曲もピアノソナタを作曲したというのは、すごい数だなと思わずにはいられない。
「レリーク」(第15番)、「幻想」(第18番)など愛称の付いた作品もあるが、やっぱりベートーヴェンの愛称付きの作品群とは到底太刀打ちできないというのが、一般的な評価だろう。
多くの著名なピアニストが全曲録音を残しているが、シューベルトのピアノソナタの全体が広く知られるにはまだまだ時間がかかりそうで、真の評価はこれからだと思われる。
そんな21曲の中にあって、最後にまとめて作曲された3つのピアノソナタは別格的な存在で、これはベートーヴェンの傑作ピアノソナタの真横に置いても少しも遜色のない傑作中の傑作なのである。
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最後の3つのピアノソナタの概要
作曲されたのは1828年。正にシューベルトの死の年だ。
シューベルトが31歳の若さで夭折したのは、1828年の11月19日のこと。兄のフェルディナンドの家で死去している。
この3つのピアノソナタはほぼ同時に作曲されており、それが1828年の9月だという。つまり、この至高のピアノソナタの3部作はシューベルトが亡くなる2ヵ月前に一気呵成に作曲されたものなのである。
この3部作。時間的にも大変な大作なのである。
第19番 ハ短調D958 全4楽章 約32分(ポリーニ) 約29分(ブレンデル) 約31分(内田光子)
第20番 イ長調D959 全4楽章 約40分(ポリーニ) 約39分(ブレンデル) 約42分(内田光子)
第21番 変ロ長調D960 全4楽章 約40分(ポリーニ)約39分(ブレンデル)約45分(内田光子)
3曲は、死の直前にわずか1カ月で一気呵成に作曲されたわけだが、どうして体調も最悪の中でそんなことがなし得たのか、これは音楽史上の奇跡と呼ぶしかないものだ。
3曲は19番は多少短めとはいうものの、20番と21番は40分から45分近い演奏時間の大ピアノソナタである。
いずれも4つの楽章からなる。モーツァルトやベートーヴェンを引き合いに出すまでもなく、ピアノソナタは3楽章のものが多いだけに、これは異例のことで驚かされる。
これらの3つのピアノソナタはいずれも深い曲想に満ちており、力強さにも事欠くことなく、本当に揃いも揃って立派な感動的な作品ばかりなのである。
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モーツァルトの最後の3大交響曲に匹敵
音楽史上最大の天衣無縫の天才モーツァルトの全作品の中でもひときわ愛されている最後の3大交響曲。
第39番・第40番・第41番ジュピター。
この驚嘆すべき至高の3つの交響曲が、わずか2カ月あまりで作曲されたことはよく知られていて、そのことがモーツァルトを類い稀な天才の証にもしているのだが、この天才モーツァルトによる3大交響曲も2カ月かかっったというべきか。
シューベルトの「3大」ピアノソナタは、死の直前のわずか1カ月間で完成されているのだから、恐れ入る。
上には上があったものである。作品の出来もシューベルトの3大ピアノソナタは、モーツァルトの3大交響曲に劣ることのない傑作だ。
それなのに、シューベルトの最後の3つのピアノソナタは、3部作と言われることはあっても3大ピアノソナタと呼ばれることはない。
なぜだろうか?
ピアノソナタ第19番 ハ短調 D958
ハ短調という調性で、第1楽章は悲愴感をも感じさせる力強さに満ちている。ここに聞こえてくるのは、死を2カ月後に控えた病人の音楽とは到底思えない、いかにも若さの充満した挑戦的な音楽である。
第2楽章のアダージョは一変して非常に落ち着いた音楽で、明と暗が万華鏡のように入れ替わる味わい深さが印象的だ。
非常に快活な短い第3楽章の後にくる終楽章の第4楽章が非常に素敵。
いかにもシューベルトらしい軽快な歌に溢れた音楽が流れ出す。10分近い楽章で、中盤に入ってからの高音で珠を転がすようなピアノの美音にうっとりとさせられる。これぞシューベルト!といいたくなる魅力的な音楽が繰り広げる。
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ピアノソナタ第20番 イ長調 D959
何と言っても僕は3曲の中で、圧倒的にこの2つ目のピアノソナタ、ピアノソナタ第20番イ長調D959が好きなのだ。
一般的には3つ目の、シューベルト最後のピアノソナタである第21番が最高傑作とされ、人気も高いようだが、僕は断然20番D959だ。
この曲も他の2曲と同様に4つの楽章から構成されており、全曲の演奏には40分以上もかかる大作であり、ピアノソナタとしては異例の長さを誇る長大な曲であるが、僕はこの曲の全てが大好きだ。
4つの楽章の全てが最高の音楽、シューベルトならではの歌に満ちた清冽な美しさと軽快さ、その一方で、シューベルトの絶望的な心情が存分に盛り込まれた特別な音楽になっている。ここには明と暗、希望と絶望、喜劇と悲劇、笑いと涙など人間の持つ相反する感情の全て、もっと言えば喜怒哀楽の全てが封印されている。
喜怒哀楽とは言っても、この未曾有の天才シューベルトはこの後、2カ月あまりで31歳と言うあまりにも短すぎる生涯を終えることが運命付けられていた。
激烈な感情が爆発する第2楽章が圧巻
とすれば、どうしたって深刻かつ暗黒の地獄を覗き込むような暗い音楽が中核になってくる。
この20番のピアノソナタを聴いていると、シューベルトは意識してそのような暗い音楽を書いたのでなく、感情の赴くままにありのままに作曲を続けたところ、結果としてこのいかにも絶望的な嗚咽を伴う激烈な音楽が生み出されてしまったという感じなのだ。
特に圧巻の第2楽章。美しさがしたたり落ちてくるような哀切感に満ちた音楽が静かに奏でられた後で、にわかに曲想が変わり始めて、冷静には聴いていられないような感情が突如爆発する空恐ろしいまでの激烈な音楽に一変する。突然、堰を切ったように涙が溢れ出してきて止まらなくなり、嗚咽するようなとんでもない音楽だ。
この衝撃は相当なもの。思わず身を乗り出して聴き込んでしまう。そして激しく胸を揺さぶられてしまうのだ。
シューベルトの音楽にはこういう展開がままある。これがある意味でシューベルトの音楽を聴く醍醐味でもあるのだが。
既に紹介した作品の中では、あの名作、弦楽五重奏曲。そして歌曲集「白鳥の歌」のハイネ歌曲集。特にあの影法師ことドッペルゲンガーだ。
いずれも死の直前に異常なまでに創作力が上り詰めた最後の最後の作品群。
本当にこれは大変な音楽である。
何度も書いてきたが、あまりにも死が早過ぎた。早く死んでしまった。せめて後1年の生命をシューベルトに与えてくれたら、どこまで到達してくれたのか。後の音楽史が大幅に変わってしまったことだけは間違いない。
清涼な第4楽章に涙が止まらなくなる
軽妙にして遊び心にも事欠かない短めの第3楽章を経て、最後の第4楽章がまた聴き物だ。あの感情爆発の激烈なまでの第2楽章の後で、シューベルトはこういう音楽を書いてくれたのだ。
この音楽はやさしさと静けさ、どこまでも清らかな美しさに溢れた信じられないような癒しの音楽なのである。まるで天国にいるかのよう。
僕はこれを聴く度に目頭が熱くなって、ついつい涙してしまうのである。
あれだけの辛さ、苦しさ、絶望を抱え込みながら、最後はこの優しさと美しさに包み込まれた心安らぐ世界を展開してくれる。
これを聴いていて、「そっくりだな」といつも思い知らされるのは、例のこの曲とほぼ同じ時期に作曲された歌曲集「白鳥の歌」の終盤だ。
ハイネの詩に付けた深遠な音楽、特にその最後は背筋が凍り付くような凄まじい「ドッペルゲンガー」なのだが、その直後、歌曲集「白鳥の歌」の終曲は、ガラッと曲想が異なる優しさに満ち溢れた「鳩の使い」。あの凄絶な白鳥の歌を聴いていて、最後の最後に「鳩の使い」が歌われることで、誰もがホッとして救われる。
それと同じことが起き、同じような感情に陥るのがこのピアノソナタ第20番の第4楽章なのである。
本当に素晴らしい音楽。これを聴く度に心から感動してしまう。
なお、シューベルトには同じイ長調のピアノソナタがあり(第13番)と比較して、「イ長調の大ソナタ」とも呼ばれている。
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ピアノソナタ第21番 変ロ長調 D960
最後は21番だ。上述のとおりこの曲がシューベルトのピアノソナタの最高傑作と言われている。演奏時間も45分ほどかかるピアノソナタとしては異例の大作である。
確かに素晴らしい音楽で、僕ももちろん好きな作品ではあるが、個人的には20番の方がずっと好きだ。
第1楽章はこの部分だけで20分近く要する長大な曲だ。冒頭ゆったりと静かに始まるメロディはいかにもシューベルトらしい歌謡性に満ちたものだが、それが頻繁な転調を繰り返しながら次々と展開されていく。
第2楽章のアンダンテ・ソステヌートは非常にしっとりとした静謐な音楽だ。特に冒頭の3分程は極めてデリケートにして繊細の極みのような音楽で、音も少なめで聴く方がしっかりと耳をそばだてないと逃げて行ってしまいそう。
中盤からにわかに光が差し込んできて、シューベルトならではの歌の世界に誘導してくれる。
この第2楽章は、先日のNHKで放映されたポリーニの追悼番組の中で演奏されて、思わず目と耳が釘付けとなってしまった。何と奥深くて感慨に満ちたいい曲なんだろうと思ったら、この21番の第2楽章だった。
聴き込むほどに味わいを増す名曲だ。
高音が美しく響き渡る優美にして軽快な第3楽章を経て第4楽章へ。
堂々たる力強さと軽快な優美さが絶妙に混在したいかにもシューベルトならでは音楽だ。明と暗も頻繁に入れ替わる。歌謡性にも事欠かず、いかにもシューベルトの音楽といっていいだろう。
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あのポリーニが亡くなった
あのポリーニが死んでしまった。今年(2024年)の3月23日のことだった。このニュースに僕は大変な衝撃を受けた。
イタリアが生んだ天才ピアニスト。多分、古今東西のありとあらゆるピアニストの中にあって、その技巧、ピアニストとしての技術面、テクニックとしては空前の高みに達し、誰もポリーニ以上に完璧に弾きこなすことはできないだろうと言われてきたピアニストである。
享年82歳。いつ亡くなっても不思議はない高齢ではあったが、何故か大変な衝撃を受けた。あんな空前の天才も確実に歳を取り、いずれは死んでいく。こんな当たり前のことが不思議なまでに僕には衝撃だった。
どんな難解な曲でも技術的に完璧に弾きこなしたポリーニ。彼の手にかかればどんな曲でも、楽譜に書かれた作曲家が望んだように弾きこなすことができた。それには限界がなかったように思う。
それが故に、一部の心ない評論家どもによって、徹底的に揶揄され、蔑まれて、こき落され、めちゃくちゃな誹謗中傷を浴び続けた人でもあった。
このブログの中でも何度も書いてきたが、ポリーニを全く評価せずに、ヒステリックなまでに批判する著名評論家どもがいて、偉そうにしていることに腹が立ってたまらないが、まああんな言葉による暴力を臆面もなしで使いまくって大物然としているクズな評論家のことは無視しておけばいい。
僕が衝撃を受けたのは、ポリーニのようにどんな難曲であっても完璧に弾きこなしてしまう人間離れしたピアニストで、80歳になるホンの数年前まで全く年齢による衰えを感じさせなかった超人(ここでも紹介したベートーヴェンの最後の3つのピアノソナタ集のCDとブルーレイの演奏が凄かった)でも、いずれは死んでしまうこと。あの人間離れした超人ピアニストにも死を免れる術は持っていなかった。
やはり人間というものは、いずれ確実に死んでしまう運命から逃れられないという、あまりにも当たり前のことを、改めて思い知らされたのである。
あのポリーニが遂に死んでしまった。
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ポリーニはやっぱりショパンだろうが
ポリーニは18歳の時に出場したショパン国際コンクール(第6回大会。1960年)で審査員の満場一致で1位を獲得し、その時の審査委員長であったアルトゥール・ルービンシュタインが、「今ここにいる審査員の中で、彼よりも巧く弾けるものが果たしているのであろうか」と言ったコメントが伝説になっているほどの空前の逸材だった。
そういう意味ではやっぱりポリーニはショパンがいいのかもしれないが、僕にとってポリーニは、ベートーヴェンの人だった。あの後期ピアノソナタ集を始め、ベートーヴェンのピアノソナタはポリーニで聴いてきた。
それと同じくらい繰り返し聴いてきたのが、今回取り上げたシューベルトの最後の3つのピアノソナタだった。そういう意味では、僕にとってポリーニはベートーヴェンとシューベルトの人だったのだ。
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ポリーニのシューベルトが最高とは思わないものの
その後、シューベルトのピアノソナタを様々なピアニストの演奏で聴いてきた。何と言っても日本が世界に誇る稀有のピアノにストの内田光子や大巨匠のブレンデルなど。古い演奏ではケンプなど、シューベルト弾きとして一世を風靡した名演の数々を聴いてきた。
そうするとポリーニのシューベルトに多少の課題があったり、もっと深い味わいの演奏があることが分かってきたが、そうは言ってもポリーニのこの演奏の良さは微動だにしないというのが僕の考えだ。
もっといいものもあるが、だからといってポリーニの演奏の価値が下がるわけではない。
総合的に聴くと、ポリーニの演奏が相変わらずトップの座を譲らないようにも思える。これだけの名曲である。1種類の演奏に絞り込むなんてことは全くナンセンス。色々な演奏で楽しめばいいい。
僕はポリーニとブレンデル。それといわゆる古ピアノであるハンマーフリューゲルを弾いたシュタイアーの演奏に非常に強く心を惹かれている。
そのブレンデル盤もシュタイアー盤の現在廃盤となっており、輸入盤でも入手が困難であることが判明した。何というスキャンダル!ありえないことが起こっている。
ハンマーフリューゲルによる演奏は特殊であるとしても、あのブレンデルのシューベルトが聴けないのは許し難いことである。
幸い亡くなってしまったポリーニ盤はしっかりと現役である。
このCDを聴いてポリーニを偲びながら、シューベルトが死の直前に作曲した奇跡と呼ぶしかない名曲揃いのピアノソナタ3部作を堪能してほしい。
☟ 興味を持たれた方は、どうかこちらからご購入をお願いします。
2,000円(税込)。送料無料。CD2枚組。
このポリーニの名盤が現在は驚きの2千円。これはどうしても購入していただいて、じっくりと聴いていただきたいものだ。
シューベルト:ピアノ・ソナタ第19番~第21番 アレグレット、3つの小品 [ マウリツィオ・ポリーニ ]
☟ 内田光子盤はこちら。先ずは20番を聴いてください。
1,464円(税込)。送料無料。
シューベルト:ピアノ・ソナタ第19番・第20番 [ 内田光子 ]